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世界線α・被験者「藤城廣之」の受難
第十八話 この世の構造《後編》
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ついに眠れる人類がリアルを直視する時が来たらしい。現時点で僕が確信を持って言えるのは、映画のような頭脳戦が始まっていたのはバーチャル上の話ではないという事だ。
人は自覚がないまま脳の認知機能によって事象を誤認する場合があり、それを悪用している連中がいる。山近と皆川さんの話によると、この世の構造とはそういうものらしい。
祖父を始めとするみんなのためにも、誰かがこの悲劇と茶番を終わらせなければいけない。一部の界隈では仮想現実と呼ばれるこの世界で、僕らは世界の秘密を解き明かす分析官のような立場にいたはずが、いつの間にか人知れず勇者の立ち位置に来ていたようだ。もちろん僕にも、この世に平和を取り戻したいという意気込みはある。けれど、この時の僕が感じていたのは、民を救って英雄になれる事を期待した高揚感ではなく、巨悪との認知戦に勝たなければ全員もれなく生存競争から脱落してしまうというプレッシャーだった。
僕は肩に乗ったその重圧を振り払うように上半身を揺らして姿勢を正した。すると、ちょうど座り直したタイミングで山近が僕に声をかけた。
「藤城くん。ここから少し科学的な話をしようか。平行世界に移動した僕らは、良くも悪くも選ばれたと言える。僕たちや、藤城くんのお爺さんもそうで、遠い平行世界にいた自分と一瞬にして入れ替わったんだ。今更だけど、君はその仕組みに検討はつくかい?」
「いいや、まさか。僕に分かりっこないよ」
「君って人は……潔いね。少しは考える素振りを見せてくれよ」
肩を落とした山近は、仕切り直すようにずり落ちた眼鏡を中指で押し上げた。それを見た僕は「あんな重たそうな眼鏡だと目の周りの筋肉が凝りそうだな」と思った。
「それじゃあ僕の考えを話そう。僕たちが今この世界にいるのは、地球が持つ独自の磁場と、それぞれの平行世界が発する磁気エネルギーが影響していると思う」
「それって、つまり…… 平行世界の移動には、磁石と電流のエネルギーが関係しているって事か?」
「その通り。磁場は腕時計などに使用される永久磁石はもちろん、電流の流れる導線周辺にも存在する。この磁場が地球上にもあって、人間だって誰もが磁場を持つ電気的存在なんだ。なんなら、万物がそれに当てはまるよ」
山近の話はこう続く。全ての物質には磁気がある。有名なストーン・サークルは回路を表していて、地球から出ている音の周波数を表しているらしい。
「ここで面白い話をしようか。なんと、ある学者の実験で磁石に液体酸素がくっついたんだ。これは電子だと有り得ない。この現象を説明するには、音の共鳴波が最も適しているのさ」
山近曰く、電子力学がそもそも説明できないとの事だ。電子的な質量はお互いに反発して散らばるならば、お互いに作用する別の性質があるはずだ。しかし、それは未だに化学会で説明されていない。義務教育で人々に電子を教えたのは、万物が磁気を帯びている事を隠すのが狙いだったとか。
「だからって、音と磁場に関係があるのか?」
「大ありさ。簡単に言うと、音は磁場を形成し、磁場が生み出す一連の動作で電気を生むって話だよ。僕たちは今までそれを意図的に教えられていなかったんだ。それと、全てのものには磁気があるって事もね。教育と洗脳は紙一重だ」
「なんでそんな事をするんだ?」
僕は癖で反射的に山近に理由を尋ねていた。山近は僕を突き放すようにはっきりとした口調で答えを告げる。
「この世が資本主義で動いているからさ。一部の人間は儲けるために、本来なら代替が効く不要なものを生活必需品と結び付けて売るんだよ。万物にある磁気を利用すれば、もしかすると無尽蔵で環境に良いエネルギーだって作れるかもしれない。そうなれば一番困るのは、エネルギーを買う消費者じゃない。売り手の方さ。富や資源の分配は、支配や独占とは真逆だからね」
「お金が中心の支配体系ができているって事だよな? 洗脳って、そんな身近なところから始まっていたのか……」
僕が初めて知る事だった。背中に冷や汗がじわりと纏わり付く。僕はまた禁断の領域に踏み込んだのかもしれない。でも、知的好奇心が走り出していて、僕は山近の話を止める気にはなれなかった。
「まあ僕らも経済成長の恩恵を受けているわけだし、科学の発展を否定する気はないよ。ただし、進化の過程で嘘が混ざっている事をみんなが知るべきだと思う。消費者の物欲は、広告で偽の価値観を押し付けられている場合がほとんどだからね」
「騙される人は、そうやって自分の健康も、環境も、文化も破壊している。無知が招いた結果だな。無知は罪って事か」
こういう時の皆川さんの声音は、勝負の大事な局面で止 を 刺す名手のように冷淡になる。少し前から軽食を作りに奥に引っ込んだマスターは、皆川さんのこういう一面を知っているのだろうか。僕でも皆川さんのギャップにはちょっと引いてしまう。
「無関心が罪になる……」
「山近?」
山近は意味ありげな様子でぽつりと呟いたが、話の続きを促す僕の視線を感じてハッと我に返った。
「ともかく、物体や生物の仕組みを少しでも知れば、商品の真価や、商品を流通させようとする背景も自ずと見えてくるんだ。事実、万物には磁気があると提唱したニコラ・テスラは、エジソンに直流と交流の闘いで勝ったものの、歴史の闇に消されたよ」
さて、資本主義社会と科学の関係はここまでにしよう、と山近は無理やり話を終わらせた。
流れでさらっととんでもない事を言われてしまった。まさか地球の裏側でそんな駆け引きが行われていたなんて知らなかった。僕は突然知ったこの世の仕組みに驚きを通り越し、開いた口から絶望を丸呑みしていた。山近は衝撃を受ける僕にお構いなしに話を進める。
「平行世界の移動の話に戻ろう。地球も磁石と一緒さ。仮想現実がバーチャル世界の事を指すなら、この世も磁力線を持っていて、磁力の流れがあるはずだ。平行世界で似た世界線が連なっている場合は、違う極同士だから接着する。逆に同じ極同士だと反発する。つまり、誰かがあり得ない位置の平行世界からやって来る時も、異なる世界線同士が互いに相手を遠ざけようとするはずなんだ」
「ん? それでもさ、僕らはこの世界にやって来たじゃんか。反発力なんか一切感じなかったけど、どういう事だ?」
僕は必死に頭を動かし、頑張って喉から声を絞り出した。
「可能性として考えられるのは、僕らの生体電場が誰かの手によって操作されたかもしれないって事さ。だから僕らは平行世界を移動しても何の抵抗力も感じず、元の世界とは異なる極の性質を持つこの世界に適応できているんだ」
また山近の爆弾発言だ。
人間の生体情報の書き換え。遺伝子組み換えのようなそれは、正しく神の領域じゃないか。
「いやいや、そんな……。どうやって?」
「簡単さ。人間の衣食住の中に、それとなく生体電場を狂わす毒物を組み込むんだ。考えてもみなよ。どうして食品添加物が安全とされれる一方で、市場にオーガニック食品があるのかを。風邪だって、人間は元々たくさんの菌やウイルスを保持しているのに、発症するのは限定的だ。生物の基本は、免疫力が弱ると病気に罹りやすくなる。知っているかい? 除菌のしすぎは、却って自分の免疫力を破壊しているんだ」
俗に言うと、意識高い系と揶揄される分野の話だ。なるほど。どこからか刷り込まれた概念によって、人々の関心の矛先が「安さ」だったり、「無菌状態」にずらされていたらしい。これが認知戦というやつか。
「さて、藤城くん。どちらが理に適った行動かな? もしくはリスクが大きいのは、どちらだと思う?」
「そんなの……今の話を聞いちゃ選びようがないじゃないか」
山近は巧妙な罠の種明かしをした上で、僕に選択肢を提示した。嘘に本当の事を混ぜて詭弁を使うとは、敵は中々に狡猾だ。
「これで分かっただろう? 対となる考えや選択肢が共存しているのに、その理由を考えず、一方を徹底的に排除する事の危うさを。排除の仕方が証拠に基づく論理的な思考ならまだいいけど、『あの人が言っていたから。みんながこうだから』なんて他責思考じゃ、たかが概念に人は簡単に騙されてしまう」
眼鏡の奥の小さな瞳が、僕の弱い心を射抜く。山近は熱がこもった目で僕を見つめていた。まるで真実に気付いてくれと言わんばかりだ。
「藤城くん。いいかい? これは個人の生存を賭けたサバイバルゲームなんだ。誰しも自由に考える権利があるのに、それを放棄した人間から負けが確定してしまう。今回は世界線の変化を経て、自分の頭で考えられない人間は篩に掛けられた。そして気付きの種が芽吹き、進化を果たした人間だけが次のステージに行けるんだ」
「次のステージ?」
「未来の事さ。一連の騒動は宇宙人の実験と言うより、進化のために人間が与えられた試練みたいだね」
宇宙人にとってはただの実験が、人間にとってのサバイバルゲームになっている。山近はそう話すが、僕はゲームというより、全国共通テストを受けているような感覚があった。強いて言うなら競争相手は自分であり、これは団体戦だ。僕だって、みんなと共に学ぶべき事がまだたくさんある。なんたって今は個人の思考力を試されているのであって、それには議論を交わす場が必要だ。つまり、全体のレベルの底上げが急がれている。それにできるなら僕は隣人を蹴落とすよりも、掬い上げる方を選びたい。
「なあ、篩から落とされた人間はどうなるんだ?」
自分から山近に聞いておいて、僕はすぐに意識が逸れた。
そもそもだ。山近はなぜそこまで知っているのだろうか。どこで情報を手に入れたのか、僕には不思議だった。
山近は不快そうに僕を睨む。
「その先は言わせないでくれよ。気が滅入るじゃないか」
「それで、山近くんは俺たちがどうすべきだと思うんだい?」
僕が山近に質問する前に、皆川さんによって話を遮られてしまった。真実ばかり追っていても話が長くなりそうだし、僕もこれ以上は山近に聞くのはやめておこう。
「前提として、僕たちはこの平行世界への移動を止められません。異なる世界線同士を無理やり接着したのは、奴らの仕業ですから。結果、二つの世界線が互いに相手を遠ざけようとしました。その衝撃で弾き飛ばされたのが僕らです」
さらに山近は悪魔の理論を展開した。
「僕らが磁気エネルギーによって他の空間に移動したんですから、それに伴って移動エネルギーが発生します。もし、磁気エネルギーと移動エネルギーがぶつかって時空の歪みが生じたのなら、それに巻き込まれた人がいるはずです」
「まさか……婆ちゃん?」
本当の犠牲者は誰なのか。嫌な予想を立てた僕よりも先に、山近は全てを見通していた。
「そうとも。実験で狙った人間が真相究明に乗り出した時、それを食い止めるべく別の仕掛けが発動したんだ。僕らにできるのは、狭められた選択肢を使って大切な人を護る事だよ」
山近は何もかも静かに受け止めていた。
僕が思うよりも、この世はずっと複雑で陰謀まみれだ。
人は自覚がないまま脳の認知機能によって事象を誤認する場合があり、それを悪用している連中がいる。山近と皆川さんの話によると、この世の構造とはそういうものらしい。
祖父を始めとするみんなのためにも、誰かがこの悲劇と茶番を終わらせなければいけない。一部の界隈では仮想現実と呼ばれるこの世界で、僕らは世界の秘密を解き明かす分析官のような立場にいたはずが、いつの間にか人知れず勇者の立ち位置に来ていたようだ。もちろん僕にも、この世に平和を取り戻したいという意気込みはある。けれど、この時の僕が感じていたのは、民を救って英雄になれる事を期待した高揚感ではなく、巨悪との認知戦に勝たなければ全員もれなく生存競争から脱落してしまうというプレッシャーだった。
僕は肩に乗ったその重圧を振り払うように上半身を揺らして姿勢を正した。すると、ちょうど座り直したタイミングで山近が僕に声をかけた。
「藤城くん。ここから少し科学的な話をしようか。平行世界に移動した僕らは、良くも悪くも選ばれたと言える。僕たちや、藤城くんのお爺さんもそうで、遠い平行世界にいた自分と一瞬にして入れ替わったんだ。今更だけど、君はその仕組みに検討はつくかい?」
「いいや、まさか。僕に分かりっこないよ」
「君って人は……潔いね。少しは考える素振りを見せてくれよ」
肩を落とした山近は、仕切り直すようにずり落ちた眼鏡を中指で押し上げた。それを見た僕は「あんな重たそうな眼鏡だと目の周りの筋肉が凝りそうだな」と思った。
「それじゃあ僕の考えを話そう。僕たちが今この世界にいるのは、地球が持つ独自の磁場と、それぞれの平行世界が発する磁気エネルギーが影響していると思う」
「それって、つまり…… 平行世界の移動には、磁石と電流のエネルギーが関係しているって事か?」
「その通り。磁場は腕時計などに使用される永久磁石はもちろん、電流の流れる導線周辺にも存在する。この磁場が地球上にもあって、人間だって誰もが磁場を持つ電気的存在なんだ。なんなら、万物がそれに当てはまるよ」
山近の話はこう続く。全ての物質には磁気がある。有名なストーン・サークルは回路を表していて、地球から出ている音の周波数を表しているらしい。
「ここで面白い話をしようか。なんと、ある学者の実験で磁石に液体酸素がくっついたんだ。これは電子だと有り得ない。この現象を説明するには、音の共鳴波が最も適しているのさ」
山近曰く、電子力学がそもそも説明できないとの事だ。電子的な質量はお互いに反発して散らばるならば、お互いに作用する別の性質があるはずだ。しかし、それは未だに化学会で説明されていない。義務教育で人々に電子を教えたのは、万物が磁気を帯びている事を隠すのが狙いだったとか。
「だからって、音と磁場に関係があるのか?」
「大ありさ。簡単に言うと、音は磁場を形成し、磁場が生み出す一連の動作で電気を生むって話だよ。僕たちは今までそれを意図的に教えられていなかったんだ。それと、全てのものには磁気があるって事もね。教育と洗脳は紙一重だ」
「なんでそんな事をするんだ?」
僕は癖で反射的に山近に理由を尋ねていた。山近は僕を突き放すようにはっきりとした口調で答えを告げる。
「この世が資本主義で動いているからさ。一部の人間は儲けるために、本来なら代替が効く不要なものを生活必需品と結び付けて売るんだよ。万物にある磁気を利用すれば、もしかすると無尽蔵で環境に良いエネルギーだって作れるかもしれない。そうなれば一番困るのは、エネルギーを買う消費者じゃない。売り手の方さ。富や資源の分配は、支配や独占とは真逆だからね」
「お金が中心の支配体系ができているって事だよな? 洗脳って、そんな身近なところから始まっていたのか……」
僕が初めて知る事だった。背中に冷や汗がじわりと纏わり付く。僕はまた禁断の領域に踏み込んだのかもしれない。でも、知的好奇心が走り出していて、僕は山近の話を止める気にはなれなかった。
「まあ僕らも経済成長の恩恵を受けているわけだし、科学の発展を否定する気はないよ。ただし、進化の過程で嘘が混ざっている事をみんなが知るべきだと思う。消費者の物欲は、広告で偽の価値観を押し付けられている場合がほとんどだからね」
「騙される人は、そうやって自分の健康も、環境も、文化も破壊している。無知が招いた結果だな。無知は罪って事か」
こういう時の皆川さんの声音は、勝負の大事な局面で止 を 刺す名手のように冷淡になる。少し前から軽食を作りに奥に引っ込んだマスターは、皆川さんのこういう一面を知っているのだろうか。僕でも皆川さんのギャップにはちょっと引いてしまう。
「無関心が罪になる……」
「山近?」
山近は意味ありげな様子でぽつりと呟いたが、話の続きを促す僕の視線を感じてハッと我に返った。
「ともかく、物体や生物の仕組みを少しでも知れば、商品の真価や、商品を流通させようとする背景も自ずと見えてくるんだ。事実、万物には磁気があると提唱したニコラ・テスラは、エジソンに直流と交流の闘いで勝ったものの、歴史の闇に消されたよ」
さて、資本主義社会と科学の関係はここまでにしよう、と山近は無理やり話を終わらせた。
流れでさらっととんでもない事を言われてしまった。まさか地球の裏側でそんな駆け引きが行われていたなんて知らなかった。僕は突然知ったこの世の仕組みに驚きを通り越し、開いた口から絶望を丸呑みしていた。山近は衝撃を受ける僕にお構いなしに話を進める。
「平行世界の移動の話に戻ろう。地球も磁石と一緒さ。仮想現実がバーチャル世界の事を指すなら、この世も磁力線を持っていて、磁力の流れがあるはずだ。平行世界で似た世界線が連なっている場合は、違う極同士だから接着する。逆に同じ極同士だと反発する。つまり、誰かがあり得ない位置の平行世界からやって来る時も、異なる世界線同士が互いに相手を遠ざけようとするはずなんだ」
「ん? それでもさ、僕らはこの世界にやって来たじゃんか。反発力なんか一切感じなかったけど、どういう事だ?」
僕は必死に頭を動かし、頑張って喉から声を絞り出した。
「可能性として考えられるのは、僕らの生体電場が誰かの手によって操作されたかもしれないって事さ。だから僕らは平行世界を移動しても何の抵抗力も感じず、元の世界とは異なる極の性質を持つこの世界に適応できているんだ」
また山近の爆弾発言だ。
人間の生体情報の書き換え。遺伝子組み換えのようなそれは、正しく神の領域じゃないか。
「いやいや、そんな……。どうやって?」
「簡単さ。人間の衣食住の中に、それとなく生体電場を狂わす毒物を組み込むんだ。考えてもみなよ。どうして食品添加物が安全とされれる一方で、市場にオーガニック食品があるのかを。風邪だって、人間は元々たくさんの菌やウイルスを保持しているのに、発症するのは限定的だ。生物の基本は、免疫力が弱ると病気に罹りやすくなる。知っているかい? 除菌のしすぎは、却って自分の免疫力を破壊しているんだ」
俗に言うと、意識高い系と揶揄される分野の話だ。なるほど。どこからか刷り込まれた概念によって、人々の関心の矛先が「安さ」だったり、「無菌状態」にずらされていたらしい。これが認知戦というやつか。
「さて、藤城くん。どちらが理に適った行動かな? もしくはリスクが大きいのは、どちらだと思う?」
「そんなの……今の話を聞いちゃ選びようがないじゃないか」
山近は巧妙な罠の種明かしをした上で、僕に選択肢を提示した。嘘に本当の事を混ぜて詭弁を使うとは、敵は中々に狡猾だ。
「これで分かっただろう? 対となる考えや選択肢が共存しているのに、その理由を考えず、一方を徹底的に排除する事の危うさを。排除の仕方が証拠に基づく論理的な思考ならまだいいけど、『あの人が言っていたから。みんながこうだから』なんて他責思考じゃ、たかが概念に人は簡単に騙されてしまう」
眼鏡の奥の小さな瞳が、僕の弱い心を射抜く。山近は熱がこもった目で僕を見つめていた。まるで真実に気付いてくれと言わんばかりだ。
「藤城くん。いいかい? これは個人の生存を賭けたサバイバルゲームなんだ。誰しも自由に考える権利があるのに、それを放棄した人間から負けが確定してしまう。今回は世界線の変化を経て、自分の頭で考えられない人間は篩に掛けられた。そして気付きの種が芽吹き、進化を果たした人間だけが次のステージに行けるんだ」
「次のステージ?」
「未来の事さ。一連の騒動は宇宙人の実験と言うより、進化のために人間が与えられた試練みたいだね」
宇宙人にとってはただの実験が、人間にとってのサバイバルゲームになっている。山近はそう話すが、僕はゲームというより、全国共通テストを受けているような感覚があった。強いて言うなら競争相手は自分であり、これは団体戦だ。僕だって、みんなと共に学ぶべき事がまだたくさんある。なんたって今は個人の思考力を試されているのであって、それには議論を交わす場が必要だ。つまり、全体のレベルの底上げが急がれている。それにできるなら僕は隣人を蹴落とすよりも、掬い上げる方を選びたい。
「なあ、篩から落とされた人間はどうなるんだ?」
自分から山近に聞いておいて、僕はすぐに意識が逸れた。
そもそもだ。山近はなぜそこまで知っているのだろうか。どこで情報を手に入れたのか、僕には不思議だった。
山近は不快そうに僕を睨む。
「その先は言わせないでくれよ。気が滅入るじゃないか」
「それで、山近くんは俺たちがどうすべきだと思うんだい?」
僕が山近に質問する前に、皆川さんによって話を遮られてしまった。真実ばかり追っていても話が長くなりそうだし、僕もこれ以上は山近に聞くのはやめておこう。
「前提として、僕たちはこの平行世界への移動を止められません。異なる世界線同士を無理やり接着したのは、奴らの仕業ですから。結果、二つの世界線が互いに相手を遠ざけようとしました。その衝撃で弾き飛ばされたのが僕らです」
さらに山近は悪魔の理論を展開した。
「僕らが磁気エネルギーによって他の空間に移動したんですから、それに伴って移動エネルギーが発生します。もし、磁気エネルギーと移動エネルギーがぶつかって時空の歪みが生じたのなら、それに巻き込まれた人がいるはずです」
「まさか……婆ちゃん?」
本当の犠牲者は誰なのか。嫌な予想を立てた僕よりも先に、山近は全てを見通していた。
「そうとも。実験で狙った人間が真相究明に乗り出した時、それを食い止めるべく別の仕掛けが発動したんだ。僕らにできるのは、狭められた選択肢を使って大切な人を護る事だよ」
山近は何もかも静かに受け止めていた。
僕が思うよりも、この世はずっと複雑で陰謀まみれだ。
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