語るに乏しい僕の祖父

藤崎 柚葉

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世界線α・被験者「藤城廣之」の受難

第十三話 友情の存在証明

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 皆川さんはまだマスターと話す事があるらしい。僕は祖父の墓の場所をマスターに伝えて、山近と先にジャズバーを後にした。
「愛は偉大だね」
「え? 急に何の話?」
 最寄り駅までの道すがら、山近が不意にそんな事を言ってきたので僕は思わず聞き返した。毎度の事ながら、僕には山近の思考回路が全く読めない。
「マスターがジャズバーで言っていたじゃないか。思考の自由のヒントは、愛とか思いやりだって。あの時はよくわからなかったけど、やっと理解したよ。未来への希望は、人との縁の数だけあるんだね」
 隣にいる山近は僕と目線を合わせる事なく、少しだけ下を向いて歩いていた。横顔だけど、その表情はいつもと何ら変わらないように見えた。
 建物の影を踏んだ山近が話を続ける。
「みんなの言う通りだ。例えそれが愛だとしても、自分の意見で相手を縛っていては、互いに自由にはなれない。ましてや、相手を憎んだり、不安な現実ばかり見ていたって何も始まらない。本当の自由は、自分で作るもの……か。まだまだ知らない事が多いね」
「当たり前だろ。僕らはまだ高校生だぞ? そんなすぐに人生を達観できるわけないって」
「……確かにそうだね。それが普通だ」
 感心したように話す山近が声の調子を落とす。
「藤城くん」
 湿気を含んだ夏風が、不安げな山近の声を僕の耳に運ぶ。
 山近が急に立ち止まったので、僕もつられて山近の少し前で足を止めて後ろを振り返る。僕の目線の先には、大きな影の中で真剣な面持ちをした山近がいた。
「どうか君は変わらないでほしい。僕はこの縁が切れない事を願っているんだ。今さら消えてしまっては、名残なごり惜しいからね」
 山近は未だにひとり影の中に閉じ込められている。
 数年前までいじめられていた山近が今、僕とどんな気持ちで一緒にいるのか、初めてわかった気がした。山近が遠くに置いてきたであろう寂しさは僕の心をじっと見つめている。僕にとって、それは不快な視線ではなかった。
 ずっと人と距離を置いてきた山近は僕を試しているのかもしれない。こたえる側にいる僕には謎の安心感があった。山近が望む答えは、すでに僕の望みでもあったからだ。
 こういう形で結ばれる友情だってある。それなりの人間関係を築いてきた僕は山近の孤独に寄り添いたかった。そう思うくらいには、僕はとっくの昔に彼を信頼していた。
「ありがとう、山近。そう言ってくれて嬉しいよ。僕は能天気な自分を変える気がないから安心してくれ」
 変わりゆく世界でも、変わらない関係がある。それを僕たちで証明したい。
 僕たちなら、きっとできるはずだ。
「……そっか。良かった」
 山近を和ませたくて軽い自虐で笑いを誘ってみた。すると、珍しく口元を緩ませた山近との間に、ほわほわとした空気が生まれる。何だこれ。想定と違って、僕だけがこそばゆい気持ちになってきたぞ……。
「山近、そろそろ帰りの電車が来るんじゃないのか? 早く駅に行こう」
「まだ大丈夫さ。しばらく来ないから。熱くなってきたし、ゆっくり歩こうよ」
「……そうだな。急ぐ必要ないか」
 照れくささを誤魔化そうとした僕の提案は、正当な理由で山近にあっさり却下される。
 強い日差しが真上から降り注ぐ中、僕たちは駅に向かって再び足を動かした。
「ところで、気付きの種はどんな花を咲かせると思う?」
「えっ? 山近は相変わらず突然だな」
「ふと思っただけだよ。ねえ、藤城くんだったら、どんな花を咲かせたい?」
 半ば強引な運びで質問の答えを考えてみたけど、あいにく僕は花に詳しくない。パッと答えが浮かばなかったので、僕は逆に山近に質問してみた。
「山近のイメージだと、僕は何の花を咲かせると思う?」
「君の場合は、綺麗な紅い椿の花だろうね」
 山近の即答で僕は目を見開いていた。紅い椿の花はどちらかと言うと、祖父のイメージが強かったからだ。ここで意図せず僕の無駄な想像力が働き、僕の脳裏には、椿の木を頭から生やしている自分の姿が浮かび上がる。ちょんまげのように立派に鎮座する椿の木の存在を完全にスルーし、何食わぬ顔で日常生活を過ごす自分の姿は、あまりにも間抜けな絵面だ。
 これでは山近の思考回路のおかしさに文句が言えない。自分自身にげんなりした僕は、間抜けな絵面を消すべく、山近に話題を振った。
「山近は? 自分の気付きの種からどんな花が咲くと思う?」
「僕の花は……ユリか、ヒマワリだったらいいな」
「えっ? 二つも候補があるのか?」
 意外と欲張りな奴だ。どうせだったら僕にも何パターンか用意してくれ、と思ってしまう。
「なあ、何でその花なんだ?」
「……さあね」
 影を背負った山近はどこか遠くを見つめて小さく笑うだけで、僕の問いには答えなかった。
 僕らは見つけたばかりの希望の中にいる。それでも、互いにどこかでほんの少しの不安を抱えていたのかもしれない。それは、突拍子もなく大切なものを奪っていく不可解な現象のせいだ。
 僕はこの瞬間を大事にしたいと心から思った。何ものにも代えがたいこの縁は、誰にも奪われたくない。
 思いを確かめ合うように言葉を交わす僕らの間を、例年と変わらない熱風が通り過ぎていく。いつもはうざったいその風が、僕の重苦しい感情を吹き飛ばす。
 背中に感じていた風が爽やかに肌をかすめると、僕は失った夏の風物詩を一つだけ取り戻せた気がした。
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