語るに乏しい僕の祖父

藤崎 柚葉

文字の大きさ
上 下
13 / 31
世界線α・被験者「藤城廣之」の受難

第十三話 友情の存在証明

しおりを挟む
 皆川さんはまだマスターと話す事があるらしい。僕は祖父の墓の場所をマスターに伝えて、山近と先にジャズバーを後にした。
「愛は偉大だね」
「え? 急に何の話?」
 最寄り駅までの道すがら、山近が不意にそんな事を言ってきたので僕は思わず聞き返した。毎度の事ながら、僕には山近の思考回路が全く読めない。
「マスターがジャズバーで言っていたじゃないか。思考の自由のヒントは、愛とか思いやりだって。あの時はよくわからなかったけど、やっと理解したよ。未来への希望は、人との縁の数だけあるんだね」
 隣にいる山近は僕と目線を合わせる事なく、少しだけ下を向いて歩いていた。横顔だけど、その表情はいつもと何ら変わらないように見えた。
 建物の影を踏んだ山近が話を続ける。
「みんなの言う通りだ。例えそれが愛だとしても、自分の意見で相手を縛っていては、互いに自由にはなれない。ましてや、相手を憎んだり、不安な現実ばかり見ていたって何も始まらない。本当の自由は、自分で作るもの……か。まだまだ知らない事が多いね」
「当たり前だろ。僕らはまだ高校生だぞ? そんなすぐに人生を達観できるわけないって」
「……確かにそうだね。それが普通だ」
 感心したように話す山近が声の調子を落とす。
「藤城くん」
 湿気を含んだ夏風が、不安げな山近の声を僕の耳に運ぶ。
 山近が急に立ち止まったので、僕もつられて山近の少し前で足を止めて後ろを振り返る。僕の目線の先には、大きな影の中で真剣な面持ちをした山近がいた。
「どうか君は変わらないでほしい。僕はこの縁が切れない事を願っているんだ。今さら消えてしまっては、名残なごり惜しいからね」
 山近は未だにひとり影の中に閉じ込められている。
 数年前までいじめられていた山近が今、僕とどんな気持ちで一緒にいるのか、初めてわかった気がした。山近が遠くに置いてきたであろう寂しさは僕の心をじっと見つめている。僕にとって、それは不快な視線ではなかった。
 ずっと人と距離を置いてきた山近は僕を試しているのかもしれない。こたえる側にいる僕には謎の安心感があった。山近が望む答えは、すでに僕の望みでもあったからだ。
 こういう形で結ばれる友情だってある。それなりの人間関係を築いてきた僕は山近の孤独に寄り添いたかった。そう思うくらいには、僕はとっくの昔に彼を信頼していた。
「ありがとう、山近。そう言ってくれて嬉しいよ。僕は能天気な自分を変える気がないから安心してくれ」
 変わりゆく世界でも、変わらない関係がある。それを僕たちで証明したい。
 僕たちなら、きっとできるはずだ。
「……そっか。良かった」
 山近を和ませたくて軽い自虐で笑いを誘ってみた。すると、珍しく口元を緩ませた山近との間に、ほわほわとした空気が生まれる。何だこれ。想定と違って、僕だけがこそばゆい気持ちになってきたぞ……。
「山近、そろそろ帰りの電車が来るんじゃないのか? 早く駅に行こう」
「まだ大丈夫さ。しばらく来ないから。熱くなってきたし、ゆっくり歩こうよ」
「……そうだな。急ぐ必要ないか」
 照れくささを誤魔化そうとした僕の提案は、正当な理由で山近にあっさり却下される。
 強い日差しが真上から降り注ぐ中、僕たちは駅に向かって再び足を動かした。
「ところで、気付きの種はどんな花を咲かせると思う?」
「えっ? 山近は相変わらず突然だな」
「ふと思っただけだよ。ねえ、藤城くんだったら、どんな花を咲かせたい?」
 半ば強引な運びで質問の答えを考えてみたけど、あいにく僕は花に詳しくない。パッと答えが浮かばなかったので、僕は逆に山近に質問してみた。
「山近のイメージだと、僕は何の花を咲かせると思う?」
「君の場合は、綺麗な紅い椿の花だろうね」
 山近の即答で僕は目を見開いていた。紅い椿の花はどちらかと言うと、祖父のイメージが強かったからだ。ここで意図せず僕の無駄な想像力が働き、僕の脳裏には、椿の木を頭から生やしている自分の姿が浮かび上がる。ちょんまげのように立派に鎮座する椿の木の存在を完全にスルーし、何食わぬ顔で日常生活を過ごす自分の姿は、あまりにも間抜けな絵面だ。
 これでは山近の思考回路のおかしさに文句が言えない。自分自身にげんなりした僕は、間抜けな絵面を消すべく、山近に話題を振った。
「山近は? 自分の気付きの種からどんな花が咲くと思う?」
「僕の花は……ユリか、ヒマワリだったらいいな」
「えっ? 二つも候補があるのか?」
 意外と欲張りな奴だ。どうせだったら僕にも何パターンか用意してくれ、と思ってしまう。
「なあ、何でその花なんだ?」
「……さあね」
 影を背負った山近はどこか遠くを見つめて小さく笑うだけで、僕の問いには答えなかった。
 僕らは見つけたばかりの希望の中にいる。それでも、互いにどこかでほんの少しの不安を抱えていたのかもしれない。それは、突拍子もなく大切なものを奪っていく不可解な現象のせいだ。
 僕はこの瞬間を大事にしたいと心から思った。何ものにも代えがたいこの縁は、誰にも奪われたくない。
 思いを確かめ合うように言葉を交わす僕らの間を、例年と変わらない熱風が通り過ぎていく。いつもはうざったいその風が、僕の重苦しい感情を吹き飛ばす。
 背中に感じていた風が爽やかに肌をかすめると、僕は失った夏の風物詩を一つだけ取り戻せた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!

幻の鳥

空川億里
SF
バード・ウォッチングが趣味の主人公は、幻の鳥を追い求めるのだが……。

空腹のドナウ〜欲望が基準の世界で楓正樹は何を望む〜

ゴシ
SF
宗教団体の創始者の息子である楓正樹。 家族と仲良く暮らして美味しいものだけ食べれればいい正樹が、ある男との出会いを境に状況が大きく変化する。 神機と言われる神の機体が存在し、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰の欲望が隣り合わせの世界で正樹は戦う。

DEADNIGHT

CrazyLight Novels
SF
Season 2 Ground は執筆中です。 公開時期に関しては未定となります。ご了承ください。 1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。 21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。 そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。 2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。 ― 日本語版:CrazyLight Novels 公式サイト、小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Patreon 英語版 :Wattpad、Patreon 原作  :CrazyLight Novels 公式サイト

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...