即時一杯の飯に如かず

及川まゆら

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東京ミルクチーズ工房

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 和真は俺と同じ年で、出会った頃は遊び仲間のひとり。
 飲み上がり潰れて…
 翌朝、一杯のみそ汁で目覚めた和真に言われた。
 
 「いいお嫁さんになれるね」

 男の嫁なんて聞いたことない。
 和真が同性愛者だと知ったのは半年後
 電話に出ないのでアポなしで借りていた本を返しに行った時、玄関のドアが開いて制服を着た少年が笑いながら振り返り…和真が、友達が、女とすることを同性と…俺は壁を背に隠れた。

 誰にだって、秘密はある。

 初めて見る和真の「男の顔」に強い衝撃を受けたまま距離を置いた。

 どんな風に接したらいいのか
 不用意な一言で友達を傷つけてしまうくらいなら、避けた方が賢明だ。それからは随分といろんなことを考えた。和真に求められたら…余計な心配ばかりして和真と過ごした楽しい日々を思い返してる俺はひょっとして和真のことが好きなのか?
 顔が全てといわれる界隈で、群を抜いて顔面偏差値ルックスは出来高。
 和真を人に紹介すると「羨ましい」と言われ、まるで自分を高評価された錯覚を覚えてしまう。冴えない自分が特別なハイクラスの仲間入りを果たしたような気持になれる、それを心地よく思う卑しい思想に愛も友情もない。
 己が呪縛となった俺は、和真に打ち明けることを決めた。

 「あーそう、絢斗にしては頑張った方じゃない?」

 ゲイ、と呼ばれる人達はもっと男臭くて押しが強い支配的な印象を深めていたが、久しぶりに会う和真は心なしか肌艶も良くセクシーで、優雅さを放っていた。
 「一概に同性愛者といっても、わかりやすい系だけじゃなくて…まぁ自分と似たような奴が寄って来る世界観?ではあるよね」
 「そう…なんだ…あ、ごめん俺、今」
 「いいよ気にすんなって」
 通路を歩く女性たちが和真を見て、色めき立つ。
 どこに居ても目立つ、天然フェロモンという名の香水を俺自身が嗅ぎつけていたのかも知れないと指摘された時は「そうかも知れない」何とも形容し難い理解を飲み込んだ。
 
 和真に対する気持ちは、恋じゃない。
 同性としての憧れと尊敬を抱く目標だ。

 学生時代は勉強しかしてなかった俺は大人になって初めて恋をした。でも友達を作ったり、良好な関係を変わらず継続させるのは難しい。和真は唯一それが叶う相手であり、俺の料理を喜んで食べてくれる大切な人。失えば患ってしまう程に…好きだ。
 
 「よくわかったけど、妬ける」

 腕組みを解く路嘉はグラスを置いて顔を反らした。
 関係を疑われるのは不本意であり、和真に迷惑をかけないで欲しい。改めて要点を伝えた先で宗一郎との出来事を省く罪悪感に耐えかねて吐き出しそうなところ理性で抑え込む。
 ここで路嘉を傷つけ、俺自身の評価を落とすのは得策ではない。
 平和主義で喧嘩をしたくない俺と違って、路嘉は本質的に強いものを持っている。自分の意思との別に、着地点が他人にある不快感はある程度の経験した今でも恐怖の対象。付き合いから生じる性的な関係が…


 俺は、怖い。


 男同士の世界は快楽を重要視している人が半数を超える。路嘉もそのひとりであることに気が付いていたから受容れ難い感情を顕にしていた。今も腕を掴まれて動けないでいる。

 「ひとつ、聞きたい事がある」
 「答えられる範囲なら」
 「セックスしたことある?」
 「…お、男と?」
 「うん。その時どっちだった…タチ?」
 
 最期の言葉に、喉を鳴らして息を飲み込む。
 男同士の場合体の内容は同じで、使う場所が異なる。タチは挿れる方…俺は受容れる方、ネコといわれる方だが個人的にそれを言いたくない。あんな行為で感じる変態だと悟られたら最後、宗一郎のように…路嘉は会社の部下で、年が一回りも離れている禁忌。

 「俺、ネコだけは絶対に無理なんだよね」

 わかる、お前はタチ特有の気質で間違いない。
 男の体はどちらもあるのでバイタリティーに富む、スキルさえ身につければリバーシブルも可能だが本心的な性分から一方に定める男もいる。路嘉のセクシャルは想定内だ。

 「絢斗タチでしょ?だから合わないのかな、と思って」
 「では性格の不一致ということで」
 「そんな簡単なことじゃねぇーだろ」
 
 興奮した犬みたいに下から唇を狙ってくる路嘉を交わしながら、掴み合いの攻防戦に発展する。嫌がる相手にキス強要、酔っ払いの中年みたいなことを23歳のお前がやるな!しつこいと一瞥くれる俺に乱暴な言葉ひとつでは済まない気の強さ。
 腹が立つより正直、相手にしたくない。
 女の子みたいに可愛い顔しているのに、俺の前では益荒男。内弁慶か?
 コーヒー飲みながらふてくされて喋らない気まずさから、テーブルの上で包み紙を広げる。

 「また餌付け…」
 「チーズのお菓子だ。嫌いか?」

 レトロなCOWマークの箱から出て来た銀の包み紙を開けると、乳製品の香りが心地よくラングドシャにカマンベールチーズのチョコをサンドした薄いクッキーが現れる。
 開封時のフレーバーによる幸福感が非常に高いことで知られる
 「東京ミルクチーズ工房」
 ソルト&カマンベールクッキーは東京駅のお土産リスト上位をキープしていると噂の代物。北海道産の牛乳とフランス産ゲランドの塩を使った生地は、ほろりとした触感にチーズの甘みが溶け合うナチュラルテイスト。
 出張の土産物にと買ったのを忘れていて賞味期限が、あと数日で終るところだった。
 こうなると会社にも持って行けず、俺ひとりでは…
 最近では和真もすっかり寄り付かない食の低迷期だ。男っぽい事情より食べる幸せをもう一度、心の底から楽しみたい。俺の趣味を、路嘉はどこまで理解してくれるだろうか。

 「なぁ…路嘉、体の関係って…必要か?」
 「そういうの嫌いな人だとは思ってた」
 「すまない」
 「逆にそればっか求められても俺が嫌だ」
 「俺はお前の上司で、年の差もある」
 「ああ、うん…」
 「会社での態度を改めてほしい」
 「ごめんって」
 
 包み紙を引いて、中身を差し出すと路嘉は指先で抜き取りながら

 「俺のこと、好き?」
 「お前ならもっといい男を選べるだろう」
 「それな、答えになってない」
 「プラトニックな関係が嫌になったら別れてくれて構わない。ただ会社で効率が悪くなるようなら俺もそれなりに対処する」
 「どういうこと?」
 「そのうちわかる。ほら、これ最後の一枚だぞ」

 路嘉の甘えを精一杯の気持ちで交わす。
 俺だって本当は…でも一線を越えるには、まだ時間が掛かりそうだ。
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