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黎明叙情録

7/鬼に弁天-後編-

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 忠興ただおきは美しい容姿に不思議な瞳の色で、器用にも大人に取り入る。
 疑わしきは用心棒の多々羅に葬られることから長男・一馨かずよしは事態を重く受け止め家を出た。

 離れで暮らす3人の子供たちは本家へ。
 父・いづるから贈られた記念樹の桜を眺めて過ごす。
 11歳の冬
 3人で暮らす最後の年。
 忠興は都内の有名私立小学校で優秀な成績を収め、京都府にある中高一貫の進学校を受験すること決まった。裏口ではなく実力で戦う忠興だが弟・青之郎せいしろうの身を案ずる。

 6年間、離れて暮らす弟を守れるだろうか?

 およそ450㎞の遠距離は伝書レース鳩を使っても4時間を要し、一分一秒を争う命の危険に晒されれば立ち会うことは不可能。
 だが学歴に拘るのには理由があった。
 黒鬼家の生業において学歴不要。地頭の良さが命運を分かつと云われてきたが、任侠道を重んじるいづるの教えは学歴社会に対応できる人材を育成し、組織の結束を図ること。若くして経験を積むことで成立してきた一馨のやり方は冷酷なだけで人としての魅力に欠ける「恐怖政治は時代遅れ」だと、聡明な忠興に期待を寄せていた。
 親の期待に応えることで自分の存在理由を明確にする危険な性質を自ら育む忠興を他所に、甘えん坊で女中の千鶴子ちづこに懐く純粋な青之郎は幼い思考で性的な遊びにこの頃から夢中になりやすかった。
 寝屋で千鶴子の乳房にあやされ、若衆の相手も…その際に性的暴行を受けた被害者である青之郎に"責任があるという趣旨"の発言を浴びせて傲慢な性欲を正当化する男達にセカンドレイプされ続ける事実を突き止めても打つ手はなかった。

 先天的な魔性を持つ
 異能の双子の運命はここから分かれていく。

 入学後、寮生活が始まると上級生の副班長が厳しい面持ちで竹刀の先を引きずり、列を乱す、新入生を見世物に暴力で躾ける。
 その様子に青ざめて恐怖を植え付けられる同級生だが、正義感の強い忠興は手を挙げて見物している寮長に問う「なぜ、このような屈辱を受ける必要があるのか」以降、生意気な新入生と記されたが忠興は入試の結果が上位。
 入学後の学力テストは学年1位でAクラスに振り分けられ才色兼備で聡く、何よりも容姿が美しいことから同級生の間で話題になり、入学から僅か2カ月で特別監査の特待生に選抜された。

 通常1年生は4人部屋だが、特待生は上級生と相部屋になる。

 日常的な身の回りの世話や掃除、時には校内で呼び出されて用立てる事もあるが全て快く応じる忠興には秘策があった。
 科戸家の莫大な財産が背景にあり、多々羅の運用により個人資産を増やし、御曹司が集まるこの学園で人脈を構築する為には<仲間>が必要だ。

 相部屋の上級生、中等部3年・稲田篤いなだあつし

 祖父は国会議員で当選回数は10回以上…いわゆるベテランで選挙区は大阪、地元の権力者として有名。堅い家柄だが三男坊で大らかな性格が功を奏し、実に付入りやすい第一被害者が稲田篤である。
 中等部は一般入試で定員40名、普通科のみ。高校受験の無いエスカレート式だが、A・B日程の面接と試験に合格した生徒のみ進級。
 高等部の偏差値70以上、当時は一般入試が最難関といわれる倍率で水増し定員に入り込めるのは裏口からの案内も当時は多く、特進(特別進学コース)は中学3年間の成績と内申点が審査対象となる為、成績優秀な上位15名が入選。その後、有名大学へ進学、医療や金融、研究者、幅広い分野の公務員や士業などに就く卒業生を数多く輩出している名のある学園だと入念に調査した上で受験を試みた忠興の狙いは的を得ていた。

 実際は懲役6年と呼ばれる超・難関男子校。

 寮生ともなれば上級生は絶対的な存在で、規則を誇る偉人たちを崇める日々。
 目を付けられたら最後、将来を潰されること請け合いな土俵で忠興は堂々と、そして自由に振る舞い、稲田から正当な評価を受けて2年目の春は学園史上初となる二年生で一人部屋の快挙を成し遂げた。
 一人部屋の特徴は一般の生徒が暮らす棟と分かれており、上級生の部屋に下級生の出入りが許可されている。他、限られた日時に家族を直接部屋に呼べること。

 来年は下級生と相部屋で過ごす。
 そうなれば家族を部屋に招き入れることは出来ないだろう。
 この1年間、愛しい弟と語らう為だけに必死に耐え忍んできた甲斐があったと感慨深い忠興の期待とは裏腹に、いづると青之郎は待てど暮らせど姿を見せなかった。

 付き添いの千鶴子がやっとの思いで青之郎を連れて、寮に到着した頃には面会時間が30分しか無かった。
 学生寮は女子禁制。見送る千鶴子を他所に、身分証明書を提出してサインを書く…

 「青之郎。遠い所から来てくれて、ありがとう」

 顔を上げる姿に感情を堪えきれない忠興が抱きしめる。
 頭ひとつ分背の低い華奢で桃色の声を上げる、青之郎が頷いて頬を染めると周囲から青い吐息が溢れ返った。

 「可愛いなぁ…妹?」
 「まさか、だってここ女子禁制だろ」

 ―――――てことは?

 性別不明による疑惑の声を掻い潜り、部屋のドアを閉めると深呼吸をひとつ。
 もう一度、ゆっくりと優しく青之郎を抱きしめた。

 「忠興ってホモなの?」

 断じてそうではない。
 感動の再会に浸っているのにいつも茶化す、弟は窓の外の景色を眺めながら片目だけ虹色に輝く瞳で振り返る。

 「学生寮って女子いないの?」
 「男子校だから女性はいません。僕じゃ不満かな」
 「……あ、学校生活どう。彼女できた?」
 「毎日勉強と部活で、忙し…」
 「じゃあ合コンしよ!可愛い女の子紹介するよ」

 口を開けば女の話ばかり。
 思春期どころか変質者が露出して闊歩かっぽするようなものだ。
 さすが身内の恥と呼ばれるだけあると納得する一方で女性への強い拘りは不安な証拠だと察する。寂しさから女を抱いているに違いない、そうじゃなければ悪魔的な儀式だと笑う忠興の横で、他愛もない会話を楽しむ弟との面会はあっという間に終わった。
 生徒玄関まで見送ると案の定わんわんと泣き出す始末。
 <やめてくれ、お前が泣いたら「良き兄」を演じてしまうじゃないか>
 忠興はハンカチでそっと虹色の瞳から溢れる涙を拭いて囁く。

 「これを…頼む」
 「わかった。お父様には?」
 「内緒だよ。次は夏の長期休暇に僕から会いに行くよ、それまでいい子に」
 「うん!お兄ちゃんも元気でね」

 公然の場で美しい兄弟愛を繰り広げながら密に、機密事項を点にして打つ信号の受子を引き受けてくれた可愛い弟に手を振る、悪魔の申し子は怪しさを潜ませて別れた。

 「え!?弟ってことは、お、と、こ…嘘だろぉおおお」
 「なんて残酷なんだ、神よっ!!」
 「科戸君もスター級の顔面偏差値やろ、お前らどこ見とん?」
 「せやな~まっ天使と見紛う弟クンの麗しさは犯罪ギリギリっちゅ~こって」

 様々な方言が飛び交う学生食堂は双子の美少年の話題で大興奮の坩堝、だが新しい寮長の登場で一気に静まり返る。
 生徒会とは別の組織にあたる学生寮の最高顧問である寮長・花山院峻臣かさんいんたかおみ公家くげの出身、皇族を家代とし資産家であることから高等部の一般入試で合格を勝ち取った水増し定員のひとり。大人びた雰囲気があり体格に恵まれているのは留学して18歳だから、俯瞰的ふかんてきなあの態度は妙に苛つかせる…忠興の勘ぐりは「よく当たる占い師」予知能力者の小夜子に匹敵する判断が出来るほど成長していた。

 消灯時間を過ぎた頃
 花山院の命により呼び出された忠興は厳しい折檻を受けた。

 朝になって漸く解放された忠興は鬼の形相で、中庭の木陰に隠れて目を閉じる。
 眷属けんぞくという名の砦に住まう、花山院のやり方はこうだ。
 家柄も然る事ながら父親が官庁事務次官、一族も政府の役人で国が認めるお墨付きの権力者。学園は既得権益を守る為に岩盤規制を敷き、生徒が自由に暮らせる規制緩和すら認めない組織の頂点に立ち、全てが思いの儘…忠興が黒鬼家の出であろうとお構い無しに性的搾取し続け、断れば債務不履行と見做され退学処分。

 その実刑に充てられた稲田篤は壮絶ないじめと暴力を苦に、寮内で自害に至った。

 テスト期間が終われば、近郊に住まう生徒は週末に外泊許可が下りて帰省する。
 稲田は外出した様子もないまま行方不明になり、数日後…中等部の学生寮で無残な姿が発見された。


 忠興と暮らした3階の相部屋。


 当時、空部屋だったが用務員が点呼でドアを開いた先で稲田は変わり果てた姿で、既に死亡。
 ここを最後の場所に選んだ稲田の心境に悔やみきれない遺族は主犯格が花山院だと知りながらも訴え教唆きょうさと殺人の両方から捜査の手が入り、学生寮の運営が明るみになる事で学校責任として問題をすり替えた。
 しかし社会的隠蔽は数年間に渡り続き、せめてもの弔いとして、若くして尊い命を失った稲田の為に献花台が供えらる程度に扱われた。多くの関係者が集まり、いじめが大きな社会問題として取り上げられたこの年、15歳の忠興は高等部の特進科へ入選すると同時に全寮制は廃止された。

 <これで鬱陶しい生活ともおさらば…だ>

 解体された寮の跡地には大学付属の医務室を設けた複合施設が建てられ"生徒の健やかなる成長を第一に"学校教育を掲げる大人たちを嘲笑うように忠興は高等部特進科を主席で卒業。
 
 「…どうした?」忠興の言葉に、肩を並べる友人が続く。

 「なんや、今になって…悔し涙出てきよったわ」
 「勉強でいっぺんも勝てへんて科戸の頭どうなっとう?」
 「俺らどんだけ勉強した思てんなぁ科戸ぉおおお。これで最後とか嘘やろ」

 号泣する青春の一頁に、貴様ら如き下等生物にこの俺が負けるなど万に一つも無いとあえて答えない忠興は高校3年間、生徒会長など目立った地位を得る事はなく壇上に立つのは最期でいいと宣言通り、成績優秀な卒業生に与えられる答辞を美しい声で読み上げる最期の勇姿に在校生は皆、涙を流して別れを惜しんだ。

 稲田の死後
 不可解な事故が相次ぎ、学生寮の廃止と共に、スポーツ強豪校の礎も破られた暗い学生時代ではあったが忠興は親の教えを守り、義理人情に深く、学年に隔たりなく優しく勤め上げ、その内容は生徒手帳に記されている通りの人物であった。
 在学中、生涯の友と呼べる人材と出会えたことが唯一の幸運だと笑いながら校門の桜吹雪を抜けると卒業名物と云われる他校の女子生徒が集い…

 「兄上、ご卒業おめでとうございます」

 美しく成長した弟の姿しか、忠興は捉えることが出来なかった。

 「立派なご挨拶でしたね」

 形式で筆書きの用紙を手に持ってはいたが、一度も視線を落とすことなく読み上げていたのを誰もが見ていた。
 一度見たものは全て覚えられる。
 勉強など人がいう程のものではなく心配事を紛らわす術でしかない。
 懲役6年、支配からの卒業である証書を眺める弟は笑いながら返す、そして…

 「ご学友との時間を邪魔するわけには行かないので、私はこれで失礼します」
 「待て、青之郎」
 「お気になさらず…」
 「待てと言ってる。お前その女と何処へ行くつもりだ」

 弟のことになると口数が多くなるのはいつものこと。
 もっと他に、言うことは?お前に会えるよう悪しき寮を叩き潰し、邪魔者を悉く始末した上でお前が会いに来てくれるよう学生寮をアパートも個室に改革したのに…ただの一度も弟は来なかった。

 「だって、男しかいないんだもん」という理由だけで、忠興の策は一切通じない。

 やっと釈放されたのに、俺より女を選ぶなど言語道断。
 大学は東京から海外へ進出するつもりだが、ここで思わぬ事態が忠興の身に降りかかる。
 最愛の弟・青之郎は黒鬼の家業である歌舞伎一座に入団していることが判明。
 歌舞伎一座とは移動カジノの運営で表向きにはストリップショーや外国人の簡易的な風俗営業を行う巡業を「股旅芸者」と呼び、文字通り旅らいながら凌ぎを削る、弟は歌舞伎青嵐という源氏名でAV男優として現在活躍している事を初めて聞いた忠興は酷く落ち込んだ。
 一座に名を充てられたら最後、足抜けは出来ない。
 自ら望んで堕ちたとはいえ、いつか弟を連れて逃げる覚悟を決めていた忠興にとって絶望に臥す事の次第に言葉は無かった。



 
 私と命を分かつ弟は 人 ではなく…
 檻の中で飼われる 獣
 せめて、人らしく生きられるように。


 いつまでも…… 僕 だけの ……青嵐でいてね。




 声が途切れて目の前が真っ暗になる
 ああ、俺―――また夢を視ていたんだ。漆黒に透明の輝く泡が昇り、揺らぐ世界は重く深く罪の匂いがした。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

やっこ凧
2022.04.26 やっこ凧
ネタバレ含む
及川まゆら
2022.04.26 及川まゆら

感想ありがとうございます。
とても丁寧な読み込みをしてくださり光栄です。設定が男性的なサディストの思考であることから大変読みにくい一人称の表現が多く私自身、読みやすさよりも表現を中心に綴っており、商業誌を読んだことがありません。ファンタジー、確かに幻想郷的な…章…ではありますがおじさまとの再会は申し訳ありませんまだ構想中です。駆け引きは複線として用意してありますので探してみてくださいね。

解除
2022.02.14 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

及川まゆら
2022.02.15 及川まゆら

お気づきいただき、ありがとうございます。
書きためて推敲、更新の流れです。

解除
2021.10.15 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

及川まゆら
2021.10.15 及川まゆら

感想ありがとうございます
やりたい放題につき大変読みにくいかと思いますが宜しくお付き合い下さい。

解除

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