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黎明叙情録

2/拝啓、お兄様へ。

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 午前9時
 客から受け取った金額は全て受け取りで本日の生産が終了。

 突発的な宿泊コースでアガリ6万、想定外の売り上げ。
 男風俗は一般的に60分で6000円、10分1000円の日払いで雑費を引かれて1人あたり4000円が相場だが、写真指名・本指名2000円が上乗せになり1人の接客で1万の計算になる。
 初日から完売
 若葉マークは伊達じゃない…だが、客が多額の別途料金を払い込んでいる。
 
 青木昌宗というハイブランドが60分1万円で本当に・・・買えるなら…
 それはお伽話に過ぎない。

 五反田に本店がある会員制SМクラブ・アナスタシア勤務ではナンバー入り、通称「予約が取れないご主人様」年に一度の全日本風俗総選挙SМ部門で絶対王者の青輝丸あおきまるに次ぐ投票数を稼ぎ出す、伝説の調教師・青木昌宗。
 現役を退いて失踪後、二代目・歌舞伎青嵐の番として再び現れ、リゾで配信する俺が男風俗を始めるなんて誰も想像しなかった異常事態だ。
 店の面接で「安全の保証はできません」と言われたことにも納得がいく。
 たった一晩で…
 様々な憶測が飛び交い、港区男子が沸く。
 求人情報にアクセス殺到して面接が終わらないと嬉しそうに嘆くスタッフに愛想笑い「お疲れ様です」マンションのロビーから出るとバイクのエンジン音に振り返る。

 「初出勤、お疲れさん」

 ハンドルにもたれかかる朝からセクシーな晃汰も明けで、拳をぶつけて笑う。
 バイクに跨り晃汰の腰に腕を回すと爆音で空を切り裂き走り出す。

 ◇

 都内の位置関係が町名でピンと来ないが千駄ヶ谷は昔、玲音と暮らしていた場所であの辺りは今でも変わらないのか思いを巡らせ、新宿を通って四ツ谷で止まった。

 見覚えのある物件
 初めて来た時はコンビニでナンパされたんだっけ。
 男に、それも晃汰に声かけられたら俺じゃなくても有頂天でお持ち帰りされると昔話に花を咲かせながら玄関に入ると乱雑に脱ぎ捨てられた草履が二足。
 見たところ同じデザインだが、晃汰が着物を?

 顔を上げると劉青りゅうせいが立っていた。

 「アフターかい?」

 あ、また違和感。
 この頃よくある劉青に感じる独特な雰囲気 ――青嵐みたい―― で嫌になる。
 まぁ実子であり影武者なんだから似てないとお話になりません。

 青嵐は耳の裏に青い痣がある
 けど、髪を降ろしていれば見えない。
 劉青は全身に入墨がある
 けど、服を脱いだら最後 ――皆、死ぬ――

 落ち着け、青輝丸の御所でご隠居生活しているじゃないか。
 カシャン
 缶ビールのプルを開ける音に続いて、ソファーで横になってる極楽鳥がもう一羽。

 
 劉青が、ふたり―――…どちらかが…本物の歌舞伎青嵐?


 鋭い悪寒に膝から崩れて、胸の痛みを絞って堪えるよう、わざと窮屈に体を屈めると心臓から吹き上がる血の巡りから鼓膜が震えて、耳が熱い。
 視界が揺れるのは目が泳いでるせいだ。
 冗談…だろ?なんで青嵐が…ここに…どっちが青嵐なんだ?

 「あーここ立寄り所なんで、気にしないで」」 

 ビールを飲みながらいつものようにウインクして見せる晃汰の飲みかけを受け取り、口をつけるのはどっちなのか。混乱して後退りながら感情を吐き出す。

 「どっちかなんて、わかんねぇーよ!!」
 「父さんしか見分けつかないって」
 「じゃあ今まで劉青だと思ってたのが、せ、せ…青…っ…てこと?」
 「別にどっちでもよくね」

 青嵐の名を口にするだけで吐き気がするのに今までふたりは入り変わっていた、としたら初めて会った時にキスしたのはどっち?違いがわからなくて混乱する俺を見ながらビールを飲み干して缶を置く。

 「僕たちはふたり・で・ひとり・だから」
 「どっちが青嵐ということなく」
 「どちらも青嵐なんだよ」

 惹かれ合うように指を絡めて寄り添う
 麗しの美獣がまさか四ツ谷のアパートに隠れていたなんて。




 
 「青嵐が逃げ出した、ですって!?」




 非常用の黒電話の受話器を上げる、手を止める。
 「忠興。それはいけない」床の間にある鳴らない電話がどこへ繋がっているのか?息堰き止めるだけの理由があるのだろう。
 ダイヤルから指を離す科戸さんは視線を外し…チン…それは途切れた。

 「私にあの子を宛がうのは 懲 役 かい?」

 交換線を抜いて放り投げる艶めかしさ、そのままに…
 膝と膝を突き合わせるようにして科戸さんの目の前に座り、下から覗き込む。

 「歌舞伎青嵐としての人生が終わった私は只の老輩。余生は好きにさせてくれると言ったのは忠興、お前じゃないか」

 事の次第は項だ。
 二代目・歌舞伎青嵐の後継者は隷属であり養子の青輝丸が元老の反対を押し切って襲名。期待の新人・瑠鶯るおうは隷属に選考されず青の一門は青輝丸に託された。
 俺の失踪後、実娘・明神麗子が謎の死を遂げ、生み落とされた娘・あおちゃんの親権を巡り、誘拐。
 未だ適合する父親は不明。
 余りにも不可解な出来事が続く後継者問題に防黴ぼうばい措置として瑠鶯の花形であり親方の丙對馬ひのえつしまが新たな門徒・青木派を立ち上げ、旧青嵐派の青輝丸と対立。
 俺の身柄は元老・青魄そうはく(青嵐の双子の兄・科戸忠興)が統べる六喩会ろくゆかいに預けられたが泪町で…暗殺…六喩会の恩恵を受け命を取り留めた。西隈にしくま青厳そうげんの伝統である<法制の理>を唱える俺は青木昌宗として再び活動する事で派閥の関係性はタイアップされたが、水面下は穏やかでは無い。

 「御所は最も安全な牢であり、私は御八代おやしろとしての務めを…」
 「では聞こう。あの男を依代雛よりしろびなに引っ込む理由は?」
 「私からの 贖 罪 です」

 俺の視線を振り切って続ける。

 「親に捨てられ、何も選ぶことができなかったとめきに情状酌量を与える了見は認めても善かろう」
 「お前がうちの子を誘拐したんだろ」
 「今となっては草の根掻き分けても、貴方がを名乗る資格はない」

 それは青嵐にとって頂門の一針。
 後継者に青輝丸が選ばれるのは定められた宿命だ。
 いつか劉青が言っていた。
 青嵐は俺を見限った訳ではないと、だが現実はこうだ。
 青の一門に一般選考で隷属に成り上った風変りな俺は『忌子』と呼ばれ、衝動性から自制できず足抜けを繰り返し、恐怖で支配できない上に、死に招かれやすい性質から玲音を与えられた。連れ子のあおちゃんを後嗣として養女に迎てくれた科戸さんの懐は深く、絶対服従の血塗られた契約は永遠。

 羅刹を瞳に宿す
 俺は、尊きに縋らなければ生きられない。

 鎖に繋がれた先に在る者が"誰でも"構わないと絶望に心を閉じる、俺を逃がすまいとする青嵐の次なる一手とは。

 「とめきを返さないのなら、私にも考えがある」

 足袋の裏で畳を踏みしめ片膝を立てて着物の裾をたくしあげる愚弟はさながら青い稲妻の様、無表情で受けるその先に放つ。
 新たな宿命と戯れに、俺の悲鳴が弾けて飛び散る。
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