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幽韻之志

68/騎虎下り難し、艶漢を埒す。

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  金 ……無いのに、どうすれば。


 服を借りるにしても俺と似た背格好の男はいない。
 あ、たすくなら。今はエルフ感強めな高身長だが昔は俺と同じくらいだった。ブランド物の一着くらい、あるだろ。

 「は?金が無くて人から施しを受けるなど、恥を知れ」

 高圧的な態度で睨みを利かせる丞こと丑若松うしわかまつの迫力に押し切られ、御所まで歩いて来たのにどうしたものか。

 「無理を言ってすまない」
 「金が無いなら体で稼ぐのが筋。貴様は腐っても歌舞伎青嵐だろ」

 俺を買ってくれる人なんて…言いかけて口を閉ざす。
 そうだな、急拵えで味噌や醤油を借りる手前とは訳が違う。これから物入りがあるのだから現金は必要、その為に就職先を探さないと。まぁ無難にアルバイト情報誌を眺めて外に出ると雨、天気予報と男の口約束は宛てにならないとはよく言ったものだ。
 降り始めた雨風に吹き曝し、足を阻まれると傘を差し出すひとりの男に救われた。

 「御所から戻られたと聞いて、探しました」
 「すまない…お前が濡れるから入って」

 俺を気遣う景虎かげとらだが、ひとりで帰れると見上げた先で前髪から雫がこぼれて泣いてるように見えたのか、一瞬はっとした表情で肩を抱かれた。
 路上で男同士が抱き合うなんて、どう考えても正気の沙汰ではない。
 しかしこの雨だ、詫びを入れて車のシートに落ち着いたが高級車の近未来的な空間に居心地をみつられず、手ぬぐいで濡れた髪を拭き取り話癖で「すまない」ばかり繰り返していると景虎はため息ひとつ、こう言った。

 「昔、同じような事がありました」

 景虎は性奴隷という身分の低い位置付けで種馬スタリオンの称号を経て、青輝丸の隷属になった成り上がり。側近の役職を持つ隷属とは異なる為、性的な雑務をこなす日々の中で青嵐にどれほど救われたかを語る。


 「サディストは皆、気難しく衝動的に嗜虐を好むどこか猟奇的な存在だと思っていたのに対して、青嵐様は思慮深く控えめ、驕り高ぶった物言いは決してしない。あのお方の優しくて残酷な素顔を見てしまったら…もう知らなかった頃には戻れない感情に襲われます」


 青嵐の言葉は、悪魔の紙縒こより
 生まれつき備わった 魔 性 が相手を狂わせる。
 俺はそれが怖くてずっと抗ってきた。人から優しくされるのは苦手だ。裏切られ、捨てられ、今の俺は何処にも安心して身を寄せられる場所が無い。
 いや、無くして来たんだ。自分のせいで…

 「青嵐様に傘を差し出したあの日も、すまないと。俺が濡れるから傘に入る様言って私は必要とされなかった」

 信号が変わるとワイパーの動きに合わせて雨が流れる。
 景虎が何を言わんとしているのか?想像はしていたが、実際に言われてみると腹が立つ。
 ――― 歌舞伎青嵐と似ている。
 同様とされる度に嫌気で、どうでもよくなる。このまま意識を失って永久に全ての人々の記憶から消え去りたいと願う、漆黒の絶望を真の暗きに鎮めて、またひとつ…すまない…妄言を連ねた。

 ◇
 
 「あ、あの…」踏みしめると濡れた足袋から雨水が漏れ出す。
 足元を気にして動けない俺は拾われた動物のようにタオルに包まれて丁寧に爪先まで拭き取られ、目を開けると景虎が柔らかな瞳で俺をみつめていた。

 「寒くありませんか」
 「シャワー借りてもいい?それから…」

 言いかけて止める、意気地の無い俺は濡れた着物を脱いで、肌着を洗濯にかけながら風呂場に入った。
 ここがどこなのかもわからない。ただ目の前のシャワーヘッドが高い位置にあり、背伸びをしてやっと手が届く。レバーを降ろし、温かいシャワーが噴き出すまで時間は要さなかった。

 「昌宗様。明かりは宜しいですか」
 「あっ…いい!点けないで」
 「わかりました…は…しても…」

 水音で掻き消される声がじれったくてドアを開けると、景虎の視線に留められる。
 湯気立つ俺の肢体は数々の折檻で焼かれた痕がそのまま残っており、まるでGoogleアースで見る地表の如く、傷や火傷が帯状に白く辿り斑に皮膚の色が違う。左腹部に残った銃創は<死者の証>と呼ばれる代物で…まぁいい。

 「汚れ物のタオルがあれば貸してほしい。着物は染物だから色落するんだ」
 「水が切れたら乾かしますか」
 「帰ったら洗い直す。全部借り物だから、下手に出来ないんだ」

 俺の着物は科戸さんと劉青りゅうせいから譲り受けている物で、返せと言われたら身ひとつで何も残らない。
 裸でいるのが気恥ずかしくてタオルを受け取り、頭から被ると用意された着替えに手を伸ばし…圧倒的なサイズ感の違いにふたりで驚く。
 普段は結んでいる白髪ストレートをそのままに…
 シャツ一枚で事足りる俺の格好は、まるで彼氏のシャツをブカブカに着こなすエロい彼女の構図そのもの。新品ローライズはデカ過ぎて脱げそう(引っかかって脱げない程度)シャツ捲り上げて見せると、景虎の隠しきれない欲情が膨らむ。

 「種馬ってみんな♂デカいの」
 「性器の大きさは対応力という認識です」
 「俺、一度もタチやったことないけど…業界完全未経験で稼げないかな?」

 肩から落ちるシャツを指先で直しながら、上目遣い、唇を噛みしめて視線を逸らすと誘い込まれる景虎が目の前に立つ。

 「どういうご了見で」
 「身銭で稼ぐことしかできないんだ。俺のこと、買ってくれる?」

 見つめ合う視線の先に近づく顔と顔が重なる既に、躊躇い…
 顔を背けると顎を指ですくわれる。

 「キスはNGですか」
 「だって男同士、だよ。いいの?」
 「……ん?わからないので理由を教えて下さい」
 「キスは結婚する人とするんじゃないの?チャラい男だと思われたくない」

 今にも泣き出しそうな表情で訴えると目を見開く景虎は足元がおぼつかないあまり壁にぶつかりながらリビングのソファーにやっとの思いで倒れ込む。息も耐え絶え、欲情と葛藤している象徴をギンギンに突っぱねて苦しそうに念仏を唱えて精神統一を始めたまで間髪入れずに遮る。

 「性教育が著しく遅延してると噂に聞きましたが、まさかここまでとは」
 「俺じゃ…ダメ…?」
 「その言い方ほんとにやめて!襲いますよ!!」
 「優しくしてくれるなら…」
 「無理です。まって、昌宗様は男性経験…?…ありますよね」

 唇の前で指を立て、首を傾げる。

 「ちょ!パンツ脱げてる…」
 「……えっ?!見ないで、う・わ・ぁああ……っ!!」
 
 足首に落ちたローライズに足を取られて景虎の胸にまんまと・・・・と転がり込む。
 これだけやっても我慢できれば青輝丸の躾は上出来。
 結果、泣きながら玲音に電話してお前のご主人様はどうかしてる今すぐ迎えに来いと切迫するが生憎、玲音は京都の鍛冶場で刀を打っており…


 「戯け。有事の際は貴様の命は愚か、主の首、即刻貰い受ける」


 無情のガチャ切りで、試合終了。

 「お前が買ってくれないなら、仕事を紹介して欲しい」
 「私が紹介できるのは男風ですよ?」

 男風俗は女性に性的な接客サービスを行う風俗のこと。
 種馬は対象が男性。男性が同性を接客するのは下の下"底辺"という位置付けだが、俺にはお誂え向きだ。
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