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幽韻之志

67/因し純潔の少女たち

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 車が大門を通ってブレーキの圧でスピードが緩むと、あおちゃんの表情が歪む。
 窓の外にはあおちゃんの帰りを待ち詫びて、心配をする連中ばかり。
 幼稚園の報告は教育係の玲音に一択されているので提出物を差し出して様子を伝えると…誰か…男に誘われなかったか…?俺をみつめて訪ねて来た。

 「女の子に何度か遊びに誘われました。名前の確認はしていません」
 「は?口説かれたの」
 「俺が声かけられるわけ…無い…だろ」
 
 玲音は俺の前に出て、歩みを止める。

 「常識のない親もいますから」

 まっすぐな目で見られても俺の身は潔白だ。
 着衣の乱れが無いか目視する玲音の執着に、万が一の事があってもお前には言わないから…あしらうと襖がバァーン!音を立てて分かれると四つん這いになった男に跨る暴れん坊あおちゃんが現れる(例の時代劇BGMが流れます、ご注意ください)

 「とめきに意地悪するなんざ、100万年早いわ!成敗してくれる」

 決め台詞の後、単鞭シングルウィップを振り下ろして男の背中から飛び降りるあおちゃんはプリントを割いて俺の前に飛び出し、単鞭の先を玲音の顔面に突きつける。

 「遊び疲れて帰ると誰もが期待していたのに」
 「アンタらオッサンと違って私はにゅーさんが出ないの」
 「いいですか、次からはしっかりと遊んで昼寝を…」
 「おりゃー!!」

 低い位置で単鞭を振り捌き、突き上げる連続攻撃をステップで交わしながら踵で蹴ると鞭が撓む反動で回転しながら玲音の手に渡る先制に押されて、あおちゃんは俺の背に身を隠す。
 自宅でこんな遊びがまかり通るのに幼稚園で何をして来たんだと言われても運動量の質が違う。
 もっと子ども扱いすれば…とはいえ俺が口出しできる筈もなく、あおちゃんを抱いてあやすと安心して眠る。袖を掴む小さな手が離れそうになる度、握り直して、顔を埋める姿はまだ幼く柔らかで愛おしい。
 ここには抱いて寝かしつけてくれる人は居ない。
 でも、世の中の子供がどれだけ親に抱かれて眠るか…なんて…定かじゃないと口を紡ぐ。
 
 ◇

 何度目かのプレ幼稚園で、担任に呼ばれて職員室に入った。

 「青凰ちゃんの成長がゆっくりなのは、ご存じですか?」

 ……は、はい?
 聞き返しそうになって返事が遅れる。

 「2歳平均で体も小さく会話が…返事など意思疎通はできますが、心配ではありませんか」
 「申し訳ありません。同い年の子と比べる機会が無くて」
 「こちらとしても大切なお嬢様を預かる上で…」
 はい、はいと慌てる様子もなくベビーシッターとしての努力を強要されていることも含めて理解を努め、謝罪。
 職員室から出る頃には社会不適合者として見られている事を重々承知で頭を下げて、視線を落とす。
 青輝丸の御所で出会って以来
 善かれと思って手を差し伸べて来たが、ここに来て関わり方に思い悩む。
 基より、上司である親の家庭に身を寄せている奴隷の分際で出過ぎた真似をしていると自己嫌悪したところで、全うに働いて独立できる状況ではない。もう25歳になるのに勇気ある決断ができないまま、この子に何を教え心に携える言葉を送ればいいのか。
 俺を頼りにしてくれる虹色の瞳を裏切らないよう、そっと微笑む。

 「青木さん、少しいいですか?」

 帰り支度を整えていると担任に声をかけられ、足を止める。
 まだ何かあるんだろうか?ここでは、という雰囲気に嫌気がさしたが態度に出ないよう一度あおちゃんを送迎車
に乗せてから担任の所に戻ると、緑色の付箋を手の中に隠して受け取った。
 そこには、アドレスの走り書きと…
 俺が身バレしていることが記されており「終わった」肩を落として帰りは徒歩を選んだ。

 「青木さん…ご本人…ですよね?」

 幼稚園の担任・二階堂ののかは副業で風俗店勤務の女性。
 まず、それを先に述べた上で俺のファンだと話を切り出した。

 「お恥ずかしながら。今は現役を退いてますが、配信を…ご存じですか」
 「はい。青凰ちゃんを見た時から…それで担任を希望しました」
 「ご尽力ありがとうございます。この件はどうかご内密にお願いします」

 窓際の席で濡れるグラスを指先で撫でる、ののか先生は嬉しそうにしながらストローを吸い上げる。
 お互い隠し事が絶対的な上限関係に悪影響を及ぼすことは目に見えているが、連絡先の交換をした先で勤務先がハード系では名の知れたメンズエステ店だと調べが付いた。
 源氏名・ましろ
 髪をおろしてメイクをすると別人だ。
 19歳の色白・巨乳・黒髪清楚系に眼鏡で知識度アップ、やり方としては王道だが裏引き本番パパ活で月収300万稼ぐ保険として有名私立幼稚園の保育士を営むのは珍しいことじゃない。
 売春について「今しか稼げない」という若年層は増加傾向にある。
 若い身空で高収入を得る一方で、性的搾取される境遇に陥り、感覚が麻痺して一般社会から外れて労働力を上げ風俗人口は確保される。
 この業界はキャリアで稼げるので、若さは武器にならない。
 本質的に成功する人と、若さを食い潰して腐る末路を嫌というほど見て来た。
 ののか先生から届くメッセージの内容は勤務状態やスタッフに対する不満、客との出来事は逐一報告するのは現代病の一種だと認識している。スカウトやアテンドのような風俗嬢を管理する立場ならまだしも、俺は他人だ。

 ――― 相手にする必要は無い、そう…思っていた。

 「あおちゃん、おはよう!今日は初めてのお弁当の日だね」

 ののか先生の声に見上げる虹色の瞳が、きゅんと潤む。
 本日のスケジュールはお庭遊びとランチ会。
 大型遊具・オーバルプールで元気よく遊ぶ子供たちの中で、つば付き帽子のリボンを揺らすあおちゃんはお友達におもちゃは交代で使うよう促し、並んでいる列からはみだすと押えて並ばせ、後ろから点呼してる。
 誰よりも年下なのに面倒見がいい。
 意図して喋らないことを発達の遅れと指摘されたが、周囲の大人をまんまと騙して仲間を従える悪知恵が働く程に科戸さんの躾が厳しくなる方が心配だ。小さな子供は死なない様に生かされるが、あの家庭は意味合いが違う。

 着替えたらランチルームでお弁当を広げる面々に緊張が走る。

 す、すげぇ…
 ベビーシッターが作るお弁当が高級料亭みたいな華やかさ、こんなの日常的に食べてるのか?
 あおちゃんは大好きな鮭おにぎりに含み笑い、姿勢を整えておすまししているが隣の女の子が物珍しそうに覗き込む。

 「のえるこれがいいっ」

 あおちゃんの鮭おにぎりを指さす、女の子は興味津々だ。
 微笑むシッターに促され渋々自分のお弁当に手を伸ばすと後ろを走る男の子が椅子にぶつかり、ガタンッ!前のめりになった勢いでお弁当が…女の子は口を開けて目に涙を浮かべた後、遅れて大きな声で泣き出した。
 素早く女の子を抱きかかえテーブルの上を片付けるシッターだが、子供の泣き声は連鎖的に不安を呼び、皆が警戒
して見ない様にする中であおちゃんは自分のおにぎりを女の子の前に置いて、背中を…つんつん…振り返る女の子は
おにぎりに手を伸ばして泣き止む。

 「あ、ありがと…ぉ…」

 ニコッと笑うあおちゃんの行為は実に微笑ましく、周囲を和ませる。
 弱者を相手に道徳観を振る舞う事は正しい行いとされる世の中だけど、自分が強くないと弱者に手を差し伸べることはできない。

 あおちゃんは1歳でそれを心得ていることは、誰も知らない。

 こうしてプレ終盤にはお友達からの信頼と教員の評価を勝ち取り、運動能力が高く知的だと考査の結果を受けて入学選考の話を受けた。進路…お受験…全然ピンと来ないが、渡されたプリントに目を通していくとプレ最終日に親子競技?プリントをめくるとホール内のコースにカードが置いてあり、3コースを選択。
 子供が絵と文字を読み取り、障害物をクリアしてゴール。

 「へぇ~賞金は?」
 「無いよ。当日は動きやすい服装と運動靴で、か…」

 俺の私服は和装が主なので、他にとなると用意しなければいけない。
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