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幽韻之志
57/金銀砂后の天揺蕩う星仔
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久しぶりに来た劉青の家は広くて、深夜の運動会が始まる。
どったん
ばったん
「風呂借りたらすぐ帰るから」
「この時間だもの、泊っておいでよ」
「北都が寝ればいいけど…あっ…これどぉーやって使うか知ってる?」
袋の中を見せると北都がボールを取り出して見せる。
「ボク、これがいい!」
「いつからお風呂に入れるようになったの」
おもちゃだと思っていた北都のテンションがぴたりと止む。
あーやっぱりわかってない…
柔らかな笑みを浮かべる劉青は増築したゲストルームへ案内してくれた。
その先で見た光景は、温かな照明が灯る和モダンの空間は20畳の長方形ダイニングキッチン付き。ダブルベッドが二つ並ぶ通路に露天風呂。透明の仕切りの向こう側は板張りで見通しがよい。
ドアを開けると木の香りが広がり、壁付けのシャワーを見上げる北都はいつもと違って瞳を輝かせる。
「見てごらん。お風呂の中が光ってるよ」
抱っこして見せると淡く光る水面に興奮して、キュン鳴き。
スツールに腰をかける劉青がバブルバーの袋を開けてぽんと投げ込むと、一瞬でハーバルフローラルが広がりシュワシュワとお湯に溶けて泡立つ。
「Universum!!」
腕を擦り抜けて服とオムツを脱いで、バスタブに飛び込む。
「Es ist sehr lustig」
「Das ist gut…」
興奮して母国語で話す北都に対して劉青は相槌をうちながら煙管の先に火を灯し、吹けば大麻の煙を焚く。
水面に広がる青や黄色のマーブル模様は小さな宇宙。
ボールを追いかけたり、息を吸ってジャンプしてからお湯に潜ってはしゃぐ北都の髪が煌めく。
俺も入ると、とろける泡立ちの柔らかなお湯の質感に気持ち良くて声が漏れる。
まるでカフェオレの中にいるようなキュートな感触が、何だかくすぐったい。
それに、お湯が濁って体の傷跡も見えないのが何よりだ。
バスタブの中で北都を丸ごと洗ってシャワーで洗い流すと、いつものブルブルで飛沫にまみれた俺はまたバスタブに戻る。いい夜だ…それにしてもここ海外のリゾートホテルみたいな造りだが?
「先日、東ティモールの島を買ってね」
「は…?島って買えるの」
「それが半日過ごしたら銀色の死海に…」
「海に入ったの?」
「浜辺を散歩しただけ、裸足で」
そりゃ魚も死んで海一面に浮かぶ筈だ。
劉青の体液は猛毒、死臭と呼ばれる匂いの基パラチクロロベンゼンのような樟脳の香りを放つ。箪笥や雛人形を保管する箱の中に入ってる防虫剤、あれが劉青の体臭…精子臭い俺よか衛生的だ。
風呂上り、肌に残るハーバル香を嗅ぎながら俺に辿り着く北都が嬉しそうに尻尾を振る。同じ匂いは仲間意識を高めて、安心できる要素だ。
こんなに小さくても玲音から守り難きの英才教育を施され闘う事を恐れない精神を育む。獣仔という性質から人間とは異なる感覚が備わっているにしても北都が人を食い破り、血の味を覚えるのが忍びない。
俺を見上げる北都の瞳が僅かに濁っているように見えて、頬に手を添える。
白縹色の瞳はキトン時代の特徴。生後6か月になる北都は体毛や尻尾の色が変わり、1歳を過ぎれば成獣になる。
母体のヘラは赤女の銀狐…血色に燃えるあの瞳に北都も…?
「ましゃむね?」
「ああ、ごめん。寝ようか」
「ボク…ましゃむね、守る。ダディと約束」
額を合わせて手を繋ぎ、目を閉じる。
己の正義を誓い合う時
きっとこうして玲音と触れ合っているんだろう。
まだ小さいのに…守ってあげたいのは俺の方だよ。
あおちゃんも、
北都も、
俺が守るからゆっくり大人になってね。
◇
翌朝、迎えに来た玲音がまだ寝ぼけている北都を抱いて、額をつけてナイショ話…
クスクス笑い合う穏やかな時間。
そこへ俺の名を叫びながら侵入して来る、怪獣の足音にイカ耳で怯える。
「どーゆーこと、説明してっ!!」
バァーン!小さな手でカウンターをぶっ叩く。
自転車の特等席に北都を乗せたことに対して謝罪を要求する嵐のお嬢様、ご立腹で登場。
「昨日は夜中に家を出たから、足元に明かりが欲しくて…」
「あおちゃんのお席にブタ耳を乗せるとか、信じられない」
「えっと(猫耳なんだけど)席順に決まりは無いよね?」
「あおちゃん一番前だもん!」
「あおちゃんが大きくなったら後ろの席になって北都が前に…」
「やぁーだっ!!」
「体重が…」と、言いかけてあおちゃんの顔色が変わる。
そして始まる、あおちゃんの反抗期。
あれだけ食欲旺盛な肉食系が、毎日ご飯を残して、お腹がグーグー鳴ってるのにおやつの成分表をチェックしてぼやく。
「いま、ダイエットちゅーなの…」
育ち盛りの1歳児がダイエットという概念を覚えた。
姫ご乱心の一報を受けて、本家に呼び出された俺は科戸さんに土下座で謝罪。
体重が増えたら自転車の前かごに乗せられない…なんて言わなきゃよかった俺の失態。
「なるほど…食べ好みが変わったのかと思いました」
「まだ味覚を敏感に捉えることが難しいので家庭では薄味にしています。本家の料理は少し、濃いめの味付けだと伺っております」
「ガーリックステーキに岩塩というスタイルです」
味の問題ではなく乳幼児に与える食事の内容を見直して欲しい。
ぽっちゃりボディ(幼児体形)を気にして筋トレにプロテインを本人は希望しているけど、まだ早い!乳酸の出ない子供は適度な運動で発散しないと。成長に合わせたカリキュラムで運動の時間もあるが本家は座学や読書の時間が多く、外で同い年の子供と遊ぶことは無い。
今後は年齢偽装してプレ幼稚園に行かせる予定だが、2か月で週2回参加の母子同伴型だと知らされ頭がまっ白になる。あおちゃんに母親はいない。どうすれば…?
「祖父にあたる私が…」
「いいえ、他に適任がいる筈です」
世界的に入国許可がおりない脱獄囚の指名手配犯が一般の幼稚園に出入りするのは治安の悪化で公安が動く。
玲音は?だめだ、元オリンピック選手がパパだなんて報道陣が殺到して入園を拒否られる。
俺もこんな成りじゃなければ、仮初にでもあおちゃんの父親だと名乗れるのに。白髪で顔面から頭部にかけて傷だらけの20代男性なんか絶対"ワケあり"だと噂されて、あおちゃんがいじめられてしまう。
「耳がいいのに、混乱しないでしょうか」
「家庭では学べない事が外には在る。辛くとも、就学させるより他ありません」
膝の上で拳を握り、俺は何度も出掛かった言葉を飲み込んでいた。
いわゆる富裕層や著名人が通う幼稚園なので家柄は気にするなと言われても、関東随一を仕切る本家ご令嬢であることを先方がどのように受け止めるのか、気が重い俺を尻目にみなぎる食欲に抗えないあおちゃんは麦わら帽子にディアドロップ型のサングラスをかけてトロピカルジュースを飲んで…ふぅ、ため息。
「ダイエットは明日から」
ストレスで過食になるリバウンド女王のあおちゃん、将来がとっても不安です。
どったん
ばったん
「風呂借りたらすぐ帰るから」
「この時間だもの、泊っておいでよ」
「北都が寝ればいいけど…あっ…これどぉーやって使うか知ってる?」
袋の中を見せると北都がボールを取り出して見せる。
「ボク、これがいい!」
「いつからお風呂に入れるようになったの」
おもちゃだと思っていた北都のテンションがぴたりと止む。
あーやっぱりわかってない…
柔らかな笑みを浮かべる劉青は増築したゲストルームへ案内してくれた。
その先で見た光景は、温かな照明が灯る和モダンの空間は20畳の長方形ダイニングキッチン付き。ダブルベッドが二つ並ぶ通路に露天風呂。透明の仕切りの向こう側は板張りで見通しがよい。
ドアを開けると木の香りが広がり、壁付けのシャワーを見上げる北都はいつもと違って瞳を輝かせる。
「見てごらん。お風呂の中が光ってるよ」
抱っこして見せると淡く光る水面に興奮して、キュン鳴き。
スツールに腰をかける劉青がバブルバーの袋を開けてぽんと投げ込むと、一瞬でハーバルフローラルが広がりシュワシュワとお湯に溶けて泡立つ。
「Universum!!」
腕を擦り抜けて服とオムツを脱いで、バスタブに飛び込む。
「Es ist sehr lustig」
「Das ist gut…」
興奮して母国語で話す北都に対して劉青は相槌をうちながら煙管の先に火を灯し、吹けば大麻の煙を焚く。
水面に広がる青や黄色のマーブル模様は小さな宇宙。
ボールを追いかけたり、息を吸ってジャンプしてからお湯に潜ってはしゃぐ北都の髪が煌めく。
俺も入ると、とろける泡立ちの柔らかなお湯の質感に気持ち良くて声が漏れる。
まるでカフェオレの中にいるようなキュートな感触が、何だかくすぐったい。
それに、お湯が濁って体の傷跡も見えないのが何よりだ。
バスタブの中で北都を丸ごと洗ってシャワーで洗い流すと、いつものブルブルで飛沫にまみれた俺はまたバスタブに戻る。いい夜だ…それにしてもここ海外のリゾートホテルみたいな造りだが?
「先日、東ティモールの島を買ってね」
「は…?島って買えるの」
「それが半日過ごしたら銀色の死海に…」
「海に入ったの?」
「浜辺を散歩しただけ、裸足で」
そりゃ魚も死んで海一面に浮かぶ筈だ。
劉青の体液は猛毒、死臭と呼ばれる匂いの基パラチクロロベンゼンのような樟脳の香りを放つ。箪笥や雛人形を保管する箱の中に入ってる防虫剤、あれが劉青の体臭…精子臭い俺よか衛生的だ。
風呂上り、肌に残るハーバル香を嗅ぎながら俺に辿り着く北都が嬉しそうに尻尾を振る。同じ匂いは仲間意識を高めて、安心できる要素だ。
こんなに小さくても玲音から守り難きの英才教育を施され闘う事を恐れない精神を育む。獣仔という性質から人間とは異なる感覚が備わっているにしても北都が人を食い破り、血の味を覚えるのが忍びない。
俺を見上げる北都の瞳が僅かに濁っているように見えて、頬に手を添える。
白縹色の瞳はキトン時代の特徴。生後6か月になる北都は体毛や尻尾の色が変わり、1歳を過ぎれば成獣になる。
母体のヘラは赤女の銀狐…血色に燃えるあの瞳に北都も…?
「ましゃむね?」
「ああ、ごめん。寝ようか」
「ボク…ましゃむね、守る。ダディと約束」
額を合わせて手を繋ぎ、目を閉じる。
己の正義を誓い合う時
きっとこうして玲音と触れ合っているんだろう。
まだ小さいのに…守ってあげたいのは俺の方だよ。
あおちゃんも、
北都も、
俺が守るからゆっくり大人になってね。
◇
翌朝、迎えに来た玲音がまだ寝ぼけている北都を抱いて、額をつけてナイショ話…
クスクス笑い合う穏やかな時間。
そこへ俺の名を叫びながら侵入して来る、怪獣の足音にイカ耳で怯える。
「どーゆーこと、説明してっ!!」
バァーン!小さな手でカウンターをぶっ叩く。
自転車の特等席に北都を乗せたことに対して謝罪を要求する嵐のお嬢様、ご立腹で登場。
「昨日は夜中に家を出たから、足元に明かりが欲しくて…」
「あおちゃんのお席にブタ耳を乗せるとか、信じられない」
「えっと(猫耳なんだけど)席順に決まりは無いよね?」
「あおちゃん一番前だもん!」
「あおちゃんが大きくなったら後ろの席になって北都が前に…」
「やぁーだっ!!」
「体重が…」と、言いかけてあおちゃんの顔色が変わる。
そして始まる、あおちゃんの反抗期。
あれだけ食欲旺盛な肉食系が、毎日ご飯を残して、お腹がグーグー鳴ってるのにおやつの成分表をチェックしてぼやく。
「いま、ダイエットちゅーなの…」
育ち盛りの1歳児がダイエットという概念を覚えた。
姫ご乱心の一報を受けて、本家に呼び出された俺は科戸さんに土下座で謝罪。
体重が増えたら自転車の前かごに乗せられない…なんて言わなきゃよかった俺の失態。
「なるほど…食べ好みが変わったのかと思いました」
「まだ味覚を敏感に捉えることが難しいので家庭では薄味にしています。本家の料理は少し、濃いめの味付けだと伺っております」
「ガーリックステーキに岩塩というスタイルです」
味の問題ではなく乳幼児に与える食事の内容を見直して欲しい。
ぽっちゃりボディ(幼児体形)を気にして筋トレにプロテインを本人は希望しているけど、まだ早い!乳酸の出ない子供は適度な運動で発散しないと。成長に合わせたカリキュラムで運動の時間もあるが本家は座学や読書の時間が多く、外で同い年の子供と遊ぶことは無い。
今後は年齢偽装してプレ幼稚園に行かせる予定だが、2か月で週2回参加の母子同伴型だと知らされ頭がまっ白になる。あおちゃんに母親はいない。どうすれば…?
「祖父にあたる私が…」
「いいえ、他に適任がいる筈です」
世界的に入国許可がおりない脱獄囚の指名手配犯が一般の幼稚園に出入りするのは治安の悪化で公安が動く。
玲音は?だめだ、元オリンピック選手がパパだなんて報道陣が殺到して入園を拒否られる。
俺もこんな成りじゃなければ、仮初にでもあおちゃんの父親だと名乗れるのに。白髪で顔面から頭部にかけて傷だらけの20代男性なんか絶対"ワケあり"だと噂されて、あおちゃんがいじめられてしまう。
「耳がいいのに、混乱しないでしょうか」
「家庭では学べない事が外には在る。辛くとも、就学させるより他ありません」
膝の上で拳を握り、俺は何度も出掛かった言葉を飲み込んでいた。
いわゆる富裕層や著名人が通う幼稚園なので家柄は気にするなと言われても、関東随一を仕切る本家ご令嬢であることを先方がどのように受け止めるのか、気が重い俺を尻目にみなぎる食欲に抗えないあおちゃんは麦わら帽子にディアドロップ型のサングラスをかけてトロピカルジュースを飲んで…ふぅ、ため息。
「ダイエットは明日から」
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