俺のご主人様がこんなに優しいわけがない

及川まゆら

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幽韻之志

53/偲ぶるは十六夜の傀儡

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 収録は順調に進み、第一回目の配信は大盛況。

 あおちゃんは純潔の君と呼ばれ、沸き立つファンの間では貞操に触れないルールが敷かれ芸術的な観点で進捗する。幼女が性的対象も多いアダルト業界でそれを伴わないほど純度の高い上級天使…数多の変態に等しいときめきを与える未来の女王様はちょっぴりおませで、占いの恋愛運を気にしたり、ウエディングドレスに憧れる。
 将来の夢は「素敵なお嫁さんになる」こと、ですが?
 最近モデル業とお稽古に大忙し、という名目で許嫁・森寛九朗もりかんくろうと国交断絶を図るあおちゃんの抵抗は激化の一途を辿る。

 「まだ怒ってるのかな」
 「いつも通り元気ですよ。寛九朗君、今日はひとりで来たの?」
 「いえ、叔父様と…ご存じありませんか」

 おじ?俺の知り合いってことは客か、高貴な身分の御妾なんかいたっけな。
 顔を上げたに佇む桃吾の姿に、ああ…いた!奴隷契約して同棲したこともあったの、すっかり忘れてた。どうも御無沙汰しておりますと愛想笑いを浮かべる俺を見つめる桃吾の表情が歪む。

 「叔父の森久嗣桃吾もりつぐとうごです」

 確かそんな名前だった。
 奴隷は基本、源氏名を名乗る。本名そのまま源氏名もいれば、親から一字を取る者もいて、例えば玲音は本名が帆谷悟ほたにさとし、親の名前がレオンハルト。
 ハルトは発声の"T"が聞き取りにくいのでレオンで通ってるがR(れ)・L(り)で発音が違う為、リオン、イオンで間違えて覚えている人が多い印象。
 青嵐は奴隷を名前で呼び、隷属になった時に青の一字を授ける。
 しかし青の一字を授かったのは青輝丸あおきまるだけ…
 俺は風俗店で働く為に誰かが付けた名前だけが残された。この違いは天地との差がある。だから俺は死亡説に便乗して表に出たくなかったのが本音だ。

 「もりつぐ…どこかで聞いた事があるような」
 「森嗣久会ですか?」
 「ああ、それだ。政界では40年以上続く大きな派閥だよね」
 「叔父様は本家の血筋で、僕は分家の人間になります」

 森家は三代続く奴隷の一族。
 曾祖父・森兵衛次郎もりへえじろうから皇族の流れを組み森嗣久と分かれて金融財界に君臨する一派。不動産や保険会社で頭文字Mは森久嗣の証だ。その実態は裏社会と密に繋がり、青の一族を支える奴隷の遺伝子が子々孫々と受け継がれる。
 桃吾は傀儡かいらいの呪いを受けし犠牲者、寛九朗もまた逃れられない運命にあるというのに望んでここにいるのだから、奴隷の習性はわからないものだな。

 「ヘンなおじさん連れて来ないで!」

 青の一族の末裔
 あおちゃんは常々こんな輩が出入りして甘い供物を寄こす事に慣れているせいか警戒心が強く、相手の下心を見透かしては天下の宝刀「お父様に言いつけてやる!」が炸裂。そりゃ我儘にもなる。

 「桃吾には昔、世話になったんだよ」
 「ふーん。とめきのお世話係?」
 「桃吾が作ってくれるたまご焼き、すっごく美味しいよ」
 「たっ、たまごやきぃ!!」

 白大福みたいなほっぺたが落ちないように手で押さえながらキュン死に寸前のあおちゃんは大好物のたまご焼きに思いを馳せる。
 桃吾の作るお弁当は俺の元上司、丙對馬ひのえつしまもお気に入り。
 あの頃の俺は斯くも身窄らしい飼い犬だった。
 青嵐に弄ばれる日々に優しくひたむきな心を捧げてくれた桃吾に礼を尽くす、俺の穏やかさに緊張しながらも、どこか懐かしさを感じ取る様子が伺える。それでいい、俺の奴隷であったことを恥じて後悔してないか?心の中で反芻させる俺をじっとみつめる桃吾の言葉を待つ。

 「昌宗様…あ、あの…」

 俺の背後に見える混沌に怯える桃吾が捉えているのは元花形で隠密の玲音。とはいえ嫉妬に狂って異様な殺気がここまで伝わる癖の悪さを許してくれと頭を下げた先で囁く。

 「は…はながたぁあああ…っ!?」

 驚きの余り二度、三度、もう一回見た所でスッと消える玲音を目で追いかける桃吾は、唇を噛みしめて躊躇いがちに言った。

 「昌宗様の御寵愛を承ける麗人と噂に聞いておりましたが…」
 「お目付け役で厄災を担う苦労人だよ」
 「そんな!昌宗様の傍に置いて頂けるだけでこの上ない幸せ。何も出来ず、望むことですら烏滸がましい私にとって永遠の憧れです」
 「憧れ…か。花形は新造を咲かせてこそ、だが自身の犠牲を払い血で拭う指にあやされる身としては複雑だな。お前のように多くを持ち、望まれて生まれ出流る者にはわかるまいて…な、桃吾?」

 呆然とした表情で俺を見ている桃吾の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 や…っべぇ…俺なんかマズいこと言った?
 子供達は「あーあやっちゃった」と言わんばかりの空気を醸してあえて俺を見ない最悪の雰囲気に耐えかねて桃吾を連れ出す。誰もいない部屋で桃吾をあやすとの堰を切った様に言葉が溢れる、その内容は…


 会いたくて、
 会いたくて、

 苦しかったこと。


 あらゆる情報の波が渇望となり、逃れる為に何度も死のうとして父親に叱り飛ばされ、もう我慢の限界だと訴える桃吾の感情を承けて知る。

 俺無しでは生きていけない、その真意を…語る必要は無い。

 純粋に、桃吾が可愛い。
 気持ちは変わらないことを伝えると俺の手を取り、もう一度確かめる。
 互いの名を呼び合い…
 押し殺せない感情が弾けて、絡み合う指に唇が誘われる間際に身を引く。

 「瑠鶯るおう様に叱られます」

 歌舞伎青嵐かぶきせいらんの引退と世代交代で犠牲になった旧青嵐の奴隷は新旧入交り、隷属から上層部も全て様変わりする体制に丙對馬が新たな門徒、青木派を開いた。
 青の一門で青木を名乗るのは俺だけ。
 旧青嵐派の青輝丸の組織と一時対立関係にあったが凌ぎの屋根を分けて以降は抗争も減ったと聞くが、実際は元老の六喩会が二代目や青木派の草分けを敵視しており、穏やかではない。泪町の一等地、天竺は絶対領域でありながら俺の殺害現場と化したことも不慮の事故とされ未だ真犯人の手掛かりが掴めない。

 守人の中で暮らす日々には、漆黒の夢想と思惑が潜み、誘い遍く。

 「誰が為に在る命の尊さこそ誠であれ」と唱える、科戸忠興の言葉に従順な奴隷だけに齎される繁栄の魅力は絶大。妖しの焔に憑りつかれ、身を焦がす…本能に抗おうとしない純正に魅かれる。
 奴隷のひたむきさについて
 昔、丙が言っていた。 
 「我々には永遠に知る必要のない情報です」
 果たしてそうだろうか、俺だって親の元では一生奴隷だ。桃吾くらい純度が高ければこんなに苦労しなかったのでは?と思い返して腕組み、うーん。

 「瑠鶯様は新しいご主人様ですが、私は青木派です」
 「青木派?」
 「はい、私は昌宗様だけのもの。瑠鶯様には…許していません」

 主従関係において一線を超えれば性奴隷として下位扱い。
 メス堕ちで地位を勝ち取る事は容易いが、相手はサディストの瑠鶯。
 瑠鶯の性癖、なんて考えてはいけない!サディストは全員あ・た・お・か・人間性が剥き出しになったら鬼が出るか蛇が出るか?じゃ…済まないので、そこは守って欲しいと桃吾の肩を優しく撫でると心の狭間に揺れる瞳があまく潤む。


 「昌宗様以外の男性を受容れることなんか出来ません」


 待って、そんな大きな声出されたら…
 地獄耳の連中が黙っている筈もなく険悪な雰囲気に、弁解。

 「浮気者、恥を知りなさい」
 「う、浮気…じゃなくて一飯之恩義」
 「俺が知らない間にどれだけの男に手を付けているんだか」
 「人気のご主人様に色恋は付きものだぜ?」

 晃汰が茶化すと科戸さんはため息をつきながら調理用の長い箸で銅鍋をひとつ、突いてたまご液を流し込む。
 店の厨房は業務用の鋳物コンロで火加減が難しいが実家の厨房は全てこれだという桃吾の手付きに頷く科戸さんがたまご焼きを巻いて皿に上げると、待ってましたと晃汰が手酌酒。

 科戸さんの"う巻き"は絶品おつまみ。

 俺は同じように作れないけど(本当に鰻なのかも不明)桃吾は要領良く見た目は変わらない焼き加減で、ほかほか湯気を立て並ぶ。食べると味は同じで、質感がやや異なるが科戸さんの手巻きはどっち?言われなければ区別できないレベルに一同、桃吾を厨房に迎える意見が一致。

 「御曹司なんて何もできない極潰しだと思っていたけど、お前やるな」
 「ええ、全くその通りです」
 「俺は生きてるだけで丸儲け…く…っ!焼酎染みる…うめぇ」
 「後は宜しく頼みます。ここの仕様はとめきからよく習ってください」

 黒服の迎えに笑みを浮かべる科戸さんが最後に一言




 「生きて偲ぶる十六夜いざよいかな」




 俺に隠れる月みたいな桃吾を手駒くらいにしか見てない科戸さんに、いってらっしゃいませと丁寧に頭を下げて…やれやれご丁寧に厨房の使い方を自分で教えたがる面倒見の良さは相変わらずだな、桃吾が期待されている証拠か。
 顔を上げれば玲音が仁王立ち。また始まったとグラスを傾ける晃汰は素知らぬ顔だ。

 「さーてと!桃吾、明日の仕込みするから手伝って」
 「は、はい…っ!!」
 「何の仕込みかなぁ?」

 晃汰に煽られて顔が真っ赤になる桃吾の料理がこの後、泪町で噂になり今までワンオペで事足りていた業務内容が加速する人気店に。週2昼のみテイクアウト販売その後あおちゃんはお昼寝に勉強、夜営業は俺がメインで店を仕切る流れで線路の向こう側の八重は葉桜へ景色が移り変わる。
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