115 / 138
幽韻之志
49/一如思惟の爪立ちぬ
しおりを挟む
「玲音と面会は…?」
「ああ、お前が顔見せれば励みになるだろう」
「俺はいいよ。あおちゃんに元気な姿を見せてあげた方が…ね?」
「うん!レンと遊びたい」
俺の膝に上がってくると北都も裾から顔を突っ込み、喧嘩が始まる。
耳を引っ張られてギャン!痛かったのか大きな声で鳴いて反射的に噛みつこうとするのを防ぐ。俺の取り合いで喧嘩になったら両成敗で「ごめんなさい」先に手を出した方が悪いのではない教えに木欒子が小さな拍手を送っていた。
ここから二手に分かれて、あおちゃんは病院にお見舞い。
北都を連れて獣医科に向かい健康診断。
これが大変だった。
おそらく病院嫌いになるであろう初体験の数々に緊張して、気絶。
眩しい診察台の上で裸にされて周囲を大人に囲まれたら…
気持ちはわからないでもない。それをいいことに青輝丸がしゃしゃり出て体を隅々まで触診。あらぬ処に迄指が入る恐怖と痛みに晒された北都は意識が戻った後も自力で立ち上がる事ができず、ショールの中で震えていた。
「何やってんの…」
「肛門腺の手入れだ」
堂々と言ってるけどお前の性欲に従う身にもなれ、このバカ野郎。
「北都は動物じゃない」
「そんなの百も承知だ。貞操は傷つけてない」
「当たり前だろ。まだ赤ちゃんだぞ」
「傷つける奴は殺す、例えお前であっても容赦はしない」
神妙な面持ちだが、落ち着け。
なぜ俺が北都の貞操を奪う必要があるのかを問いたい。随分とまぁお気に入りの様子だが、確かに北都は神秘的な美しさが見て取れる。成長と共に美しさと野性に磨きが掛かること請け合いだ。
神様からの授かり者として大切に育てようと心に誓う、俺の元に駆け寄るあおちゃんは玲音の様子を元気に報告。すると、北都が匂いを嗅ぎだして体を絡める。
「ほっちゃんやぁーだ!くすぐったいよぉ…」
いつもとは違う北都の行動を不審に思い、リードで繋ごうとする俺の手を擦り抜けて床の匂いを嗅ぐ。
ふいに立ち上がり、辺りを見回すと…
床に手をついて走り出す。
――――咄嗟の指笛は擦れて、北都の耳には届かない。
北都の時速は約3キロ、足が速いわけではないがペースを落とさずに20㎞走り続ける野性の身体能力がある。ここで逃がせばパニックを起こした時、第一発見者が怪我をする可能性が…今の北都は、心と体を傷つけられ本能的に逃走する意思を止められない。
「ドアを閉めろ、逃がすな!」
青輝丸の命令に慌てる周囲は、事態を把握できず、北都の姿が見えなくなった。
「あおちゃん、どこの道を通って来たの」
「え、あっち…」
「行こう。追いかけっこだよ、よーいどん!」
北都が走り出した理由はわからない。
ただ、あおちゃんの匂いに反応して辿っているとすれば来た道が逃走経路になる。それしか北都を探す手段が思いつかない。考えろ、考えろ…北都はどこへ行こうとしているんだ。
「い…しゅう、す、すぇい……ら……」
前を走っていたあおちゃんが失速して、何か言いながら床に手を付いて座り込む。
息が浅く、焦点が合わない。
「…はぁはぁ…痛いよう、ほっちゃ…ん…」
急に走り出して苦しいのかと思い、背中を摩るとあおちゃんの視ている世界が頭の中に広がって北都が四つん這いで走る姿が手に届く距離で、俺にも視えた。
小さな鼓動を響かせ、足の裏を打つ。
まっすぐに、ただ顔を上げて北都は導かれている。誰に?
「Ishchu svoyego muzha…」
宵闇に雨を連れてやって来た、あの女だ。
怪火の香に誘われる。血塗られた乙女座宮の白椿を踏みながら、金の山査子が奏でる先に雨の匂い。忘れられないあの胸のときめきが、俺にも響く…
それは螺旋の遺伝子に組み込まれた記憶の岐路。
「とめき…起きて、ほっちゃんが大変なの!」
息を吹き返すとあおちゃんが泣きながら訴える。
「muzh…ドイツ語?」
「何の話だよ、ふざけんな」
Ishchu svoyego muzha(私の夫を探しています)
青輝丸の言葉に、はっとして口を押える。
白銀の女狐は宵闇に雨を連れてお嫁入り。だけど夫がみつからず、現世に灯る日和の御代に神様の…
「神棚?赤穂仰ぐや…うちの神棚は西…ああ、わかんない」
「西はあっちだよ」
「行こう、俺が口笛を吹くから北都の反応があれば測位を」
「りょーかい!」
あおちゃんを抱いて走り出す。
西の病棟は集中治療室がある高度医療督別看護の域。
玲音の居る場所だ、どうか無事でいてくれ。
親指と人差し指を咥えて唇から下に、息を吹き出すと指笛が鳴って辺り一面が振り返る静けさにあおちゃんの虹色の瞳が開く。
「ほっちゃんは…ろく…」
エレベーターの上ボタンを押す。
「6階?」
「あおちゃん、さっきここ来たよ」
「玲音がいるの?やばいな…」
「左側の突き当りにあるおっきなお部屋だよ」
ここは一般病棟だ、騒ぎになる前に北都を捕まえないと…
他に乗る人が居合わせなかったのせいか直通でドアが左右に分かれると、デイルームに集まった人達の視線が注がれる。あおちゃんが身を乗り出して指差す先には、北都を抱いている玲音が居た。
捕獲成功!!
でかした玲音、仕事が速…っ…疾風の如く俺の前に飛び込み、大きな手が左の頬を添えられると、玲音の香りが近づく。顔を反らしても首を傾けて撃墜するその唇から漏れる吐息に逸る鼓動が弾けた。
「ハウス!!」
号令に従う玲音は子供ふたりと俺を抱えて、通路の突き当りの部屋に走り込む。
…っぶねぇ…公衆の面前でキスされるとこだった。
お前、大腿骨骨折したんじゃねぇーのかよ?
「A ty ostavaysya tam」
「prinyato」
会話の後にカーテンを引いて、抱擁…影が重なり濡れた音が空気に融けていく。
ああ、うん。俺の気持ちなんかどうでもいいやり方で興奮するのは通常運行。この癖はいっぺん死んでどうにかなるものではない。これ以上は勘弁…
子供たちが顔くっつけてこっち見てる(良い子はマネしないでね)
駆け付けた青輝丸の邪魔が入って悔しがる玲音はパチンと指を鳴らして、ベッドに座ると北都が甘えて尻尾を擦り寄せる。二人の関係は?
「ああ、お前が顔見せれば励みになるだろう」
「俺はいいよ。あおちゃんに元気な姿を見せてあげた方が…ね?」
「うん!レンと遊びたい」
俺の膝に上がってくると北都も裾から顔を突っ込み、喧嘩が始まる。
耳を引っ張られてギャン!痛かったのか大きな声で鳴いて反射的に噛みつこうとするのを防ぐ。俺の取り合いで喧嘩になったら両成敗で「ごめんなさい」先に手を出した方が悪いのではない教えに木欒子が小さな拍手を送っていた。
ここから二手に分かれて、あおちゃんは病院にお見舞い。
北都を連れて獣医科に向かい健康診断。
これが大変だった。
おそらく病院嫌いになるであろう初体験の数々に緊張して、気絶。
眩しい診察台の上で裸にされて周囲を大人に囲まれたら…
気持ちはわからないでもない。それをいいことに青輝丸がしゃしゃり出て体を隅々まで触診。あらぬ処に迄指が入る恐怖と痛みに晒された北都は意識が戻った後も自力で立ち上がる事ができず、ショールの中で震えていた。
「何やってんの…」
「肛門腺の手入れだ」
堂々と言ってるけどお前の性欲に従う身にもなれ、このバカ野郎。
「北都は動物じゃない」
「そんなの百も承知だ。貞操は傷つけてない」
「当たり前だろ。まだ赤ちゃんだぞ」
「傷つける奴は殺す、例えお前であっても容赦はしない」
神妙な面持ちだが、落ち着け。
なぜ俺が北都の貞操を奪う必要があるのかを問いたい。随分とまぁお気に入りの様子だが、確かに北都は神秘的な美しさが見て取れる。成長と共に美しさと野性に磨きが掛かること請け合いだ。
神様からの授かり者として大切に育てようと心に誓う、俺の元に駆け寄るあおちゃんは玲音の様子を元気に報告。すると、北都が匂いを嗅ぎだして体を絡める。
「ほっちゃんやぁーだ!くすぐったいよぉ…」
いつもとは違う北都の行動を不審に思い、リードで繋ごうとする俺の手を擦り抜けて床の匂いを嗅ぐ。
ふいに立ち上がり、辺りを見回すと…
床に手をついて走り出す。
――――咄嗟の指笛は擦れて、北都の耳には届かない。
北都の時速は約3キロ、足が速いわけではないがペースを落とさずに20㎞走り続ける野性の身体能力がある。ここで逃がせばパニックを起こした時、第一発見者が怪我をする可能性が…今の北都は、心と体を傷つけられ本能的に逃走する意思を止められない。
「ドアを閉めろ、逃がすな!」
青輝丸の命令に慌てる周囲は、事態を把握できず、北都の姿が見えなくなった。
「あおちゃん、どこの道を通って来たの」
「え、あっち…」
「行こう。追いかけっこだよ、よーいどん!」
北都が走り出した理由はわからない。
ただ、あおちゃんの匂いに反応して辿っているとすれば来た道が逃走経路になる。それしか北都を探す手段が思いつかない。考えろ、考えろ…北都はどこへ行こうとしているんだ。
「い…しゅう、す、すぇい……ら……」
前を走っていたあおちゃんが失速して、何か言いながら床に手を付いて座り込む。
息が浅く、焦点が合わない。
「…はぁはぁ…痛いよう、ほっちゃ…ん…」
急に走り出して苦しいのかと思い、背中を摩るとあおちゃんの視ている世界が頭の中に広がって北都が四つん這いで走る姿が手に届く距離で、俺にも視えた。
小さな鼓動を響かせ、足の裏を打つ。
まっすぐに、ただ顔を上げて北都は導かれている。誰に?
「Ishchu svoyego muzha…」
宵闇に雨を連れてやって来た、あの女だ。
怪火の香に誘われる。血塗られた乙女座宮の白椿を踏みながら、金の山査子が奏でる先に雨の匂い。忘れられないあの胸のときめきが、俺にも響く…
それは螺旋の遺伝子に組み込まれた記憶の岐路。
「とめき…起きて、ほっちゃんが大変なの!」
息を吹き返すとあおちゃんが泣きながら訴える。
「muzh…ドイツ語?」
「何の話だよ、ふざけんな」
Ishchu svoyego muzha(私の夫を探しています)
青輝丸の言葉に、はっとして口を押える。
白銀の女狐は宵闇に雨を連れてお嫁入り。だけど夫がみつからず、現世に灯る日和の御代に神様の…
「神棚?赤穂仰ぐや…うちの神棚は西…ああ、わかんない」
「西はあっちだよ」
「行こう、俺が口笛を吹くから北都の反応があれば測位を」
「りょーかい!」
あおちゃんを抱いて走り出す。
西の病棟は集中治療室がある高度医療督別看護の域。
玲音の居る場所だ、どうか無事でいてくれ。
親指と人差し指を咥えて唇から下に、息を吹き出すと指笛が鳴って辺り一面が振り返る静けさにあおちゃんの虹色の瞳が開く。
「ほっちゃんは…ろく…」
エレベーターの上ボタンを押す。
「6階?」
「あおちゃん、さっきここ来たよ」
「玲音がいるの?やばいな…」
「左側の突き当りにあるおっきなお部屋だよ」
ここは一般病棟だ、騒ぎになる前に北都を捕まえないと…
他に乗る人が居合わせなかったのせいか直通でドアが左右に分かれると、デイルームに集まった人達の視線が注がれる。あおちゃんが身を乗り出して指差す先には、北都を抱いている玲音が居た。
捕獲成功!!
でかした玲音、仕事が速…っ…疾風の如く俺の前に飛び込み、大きな手が左の頬を添えられると、玲音の香りが近づく。顔を反らしても首を傾けて撃墜するその唇から漏れる吐息に逸る鼓動が弾けた。
「ハウス!!」
号令に従う玲音は子供ふたりと俺を抱えて、通路の突き当りの部屋に走り込む。
…っぶねぇ…公衆の面前でキスされるとこだった。
お前、大腿骨骨折したんじゃねぇーのかよ?
「A ty ostavaysya tam」
「prinyato」
会話の後にカーテンを引いて、抱擁…影が重なり濡れた音が空気に融けていく。
ああ、うん。俺の気持ちなんかどうでもいいやり方で興奮するのは通常運行。この癖はいっぺん死んでどうにかなるものではない。これ以上は勘弁…
子供たちが顔くっつけてこっち見てる(良い子はマネしないでね)
駆け付けた青輝丸の邪魔が入って悔しがる玲音はパチンと指を鳴らして、ベッドに座ると北都が甘えて尻尾を擦り寄せる。二人の関係は?
0
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる