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幽韻之志

45/青悉曇と眠れる獅子

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 本家の若旦那


 泪町ではそう、呼ばれる事もあったけど…
 鬼退治の落とし前は自分で付けなきゃならん。巷じゃどれ程恐れられていても、俺は奴隷より奴隷のように振る舞う腰の低さ、蹴手繰られても抵抗せずそのように従い頭を下げる。
 ああ、青嵐が言ってた通りだ。
 サディストは最初からサディストではない。
 様々な要因に影響された結果として反社会的人格を得る。俺は生き証人であり、無自覚にも微笑んであおちゃんと手を繋ぎながら青輝丸の御所で十戒の海の如く人々が分かれて道が出来るのを気にも止めずに歌う。

 「ソシオパスは後天的な…」
 「お注射するなんて聞いてない!」

 バァーン!!ステンレスワゴンを蹴り飛ばすあおちゃんの猛攻を諸共せず薬瓶に針を刺して生ワクチンを注入する青輝丸は冷静かつ迅速に処置を進める。
 消毒液が腕に染みて発狂するあおちゃんに鶴の一声
 「臆病者め」血走った眼で震えながら青輝丸を睨み、自分で腕まくり、ここだ勝負してやると伸餅みたいにぽってりとした腕をビシビシ叩き、俺の袖を掴む。

 
 ちく……ん……ぴっ!ええーーーんっ


 1歳までの予防接種はこれが最後。よく頑張りましたと小さな体を抱きしめると、すんすん鼻を鳴らして俺の袖を引く。発熱等が無ければ次の定期検診は来月の予定、安堵に胸を撫で下ろす。
 あおちゃんは本家の大事な後嗣こうし
 心身共に健全で"子供らしく"育つよう、これからは俺が育てる。そのための問答であり、科戸さんを降伏させてでも許して貰うことが衝突した根源だと言えば青輝丸は首を傾げてこう言った。

 「親を殺してでも手に入れたいもの、か…」

 それが愛と誠であることを青嵐から聞き損じる筈もなく、視線を上げて唇を結ぶ。

 破門されて以来、青嵐に一度も会ってない。
 生きていても、そうではなくても、俺の生活に大差はない。ただ知る権利が俺にはある、事の次第によっては只では済まないとティーカップに口を付けない俺は生存の事実において確固たる証拠を見せない理由を問う。

 青輝丸は、何も答えなかった。

 「押し問答をする気はない。ここに敷かれた法を俺が破るわけにはいかない…人質は丁重に扱ってくれ」
 「玩具の間違いだろ。借りた状態で返す気は無い」
 「丈夫にしてくれ」
 「生命力が強すぎるのも厄介でな、まずは様子見だ」

 御所内の医療部が仕切る高度医療督別看護に運ばれた玲音は、意識不明の重体。
 鍛衝たんこうを使い切った状態で肉体は激しく損壊、再起も危い。臓器が機能するようになっても五体満足に動くとは限らない医学的知見は耳からすり抜け、硝子越しの玲音が見えるようあおちゃんを抱っこする。

 「レン…お星さまになっちゃうの?」

 虹色の瞳が涙で覆われる。

 「玲音が元気になるように毎日お祈りしようね」
 「うん!春になったらピクニックに行くってお約束したの」

 日本北アルプスの後立山連峰、五竜岳。
 上級者でも8時間かけて登山する名所に1歳未満の幼女を連れて行くとか、猛者の地獄参り。小笠原諸島まで「健康の為に」ひと泳ぎするような奴とは山に行けねぇ。
 科戸さんも玲音を教員係に適任だなんてアホの極みでお話になりません。
 2歳になったらプレ幼稚園に突っ込んで社会の厳しさを学んで貰わないと許嫁の森寛九朗君が気の毒でならない。

 「アイツに任せて大丈夫かなぁ」

 チャイルドシートに座って足を伸ばす、あおちゃんが愚痴る。

 「藪やん、あおき丸」
 「殺すのが得意なだけで仕事は出来る、俺の自慢の兄師えしだよ」
 「ふぅーん…えし?」
 「兄弟子。俺は末弟の愚図で、嫌われ者の鬼仔」
 「おにいさん、なの?」

 関係性を説明するのが難しくて腕組み唸ると運転席の木欒子もくろじが親孝行な美しい兄弟だと言う。
 ルームミラー越しにウインク、真似するあおちゃんは何度やっても両目を瞑ってしまいそのまま眠ると静寂の車内に突如巻き起こる淫猥な雰囲気。奴隷はどうしても発情を押さえられない性分だな。かといって何かする訳でもなく窓の外を黙って眺めていると、木欒子の携帯が鳴り通話が始まった。

 「玲音が意識を取り戻したそうです。これから大変ですよ」

 会話の途中で俺に報告する。
 そうか、回復と同時に手術を繰り返せば負担も大きいだろう。何度か見舞いに行って顔を見せたらきっと…否、自分で歩いて帰れるようになるまで甘えは許さないと断言する青輝丸は、あおちゃんのいうとおり藪医者かも知れない。
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