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幽韻之志

37/蒼穹に舞う夜鷹の皇

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 科戸さんの店は26日が最後の営業。暖簾を外して店に戻ると、あおちゃんが本家に引き取られる話を聞いて頷いた。これで無戸籍児としての闇から抜け出し全うに生きられる、俺はお役御免だ。
 オレンジ色の癖毛にブラシを通して抱きしめる。
 どうか無事でいて欲しい
 大きくなった時、俺が誰かわからなくてもいいから…願いが言霊になる。

 「とめき?」
 「元気でね。愛してるよ」

 車のドアから一歩下がるとあおちゃんは小さな手を伸ばし、うわーんと泣き出す声が遮られる。俺は頭を深く下げて、これが最後の別れではないことを祈りながら車が見えなくなるまで手を振った。

 「俺には一度も言ってくれたことが無いのに」

 俺の背後で呟く玲音は首から提げた三角巾から腕を抜いて首を横に振る。

 「病人じゃあるまいし」
 「ダメだよ、折れてるのに…治りが遅くなるから大事にして」
 「昌宗の傍に居られたらすぐ治るよ」

 またそんなこと言って…
 鍛衡たんこうは生命力と引き換えに攻防する気功の一種。
 玲音が如何に優れた身体能力だとしても練気で磁場を変えて攻撃を受けた力で押し切る甚大な力業は内部に残留する気が暴発して肉体が破壊される"骨を砕く"防御反撃の渾身。

 「本来であれば高難易の見切りで前衛となり、相手の隙に飛び込んだ際、身を破られながら後方からの攻撃を受け流し加虐を伴う。君の技はそうだったよね、玲音」
 「よくご存じで…」
 「たすくと同じ技の使い手でありながら攻撃ではなく盾役者であることは公認。筋肉が断裂してもなお立っていられるのは使命感かな?」

 視線を反らす、玲音は当然だと言い放つ。
 玲音と劉青の間に立って話を聞いていたが、何やら不穏…そんな成りでは用心棒は務まらないと微笑む劉青に対して玲音は沈黙を貫く。

 「傷が癒えるまで看病するから、その…ごめん」

 目を閉じて玲音の唇を受け止める俺は頭が左に大きく振れて、劉青に抱き留められる。

 「また男の言いなりになって、いけない子だ」

 劉青は長い襟足を束ね、前髪が端正な顔立ちに伝い流れる。近くで見ても青嵐と何一つ変わらない嫡男、本家で年を越せばいいのに身の置き場が無いので泪町の外れにある邸宅で年末お楽しみ会に耽るらしい。

 「脱衣麻雀?」
 「そう、男だらけの麻雀大会」
 「面子が揃ってよかったね」
 「俺、麻雀のルール知らないよ?」
 「業界完全未経験の初参入。俺が心まで脱がせてやる」

 ニヤッと笑う晃汰の視線を避けるようにしてある程度の荷物を運び入れる。

 泪町の隠処アジトである店をこの度、魔改造…否、新たな生活拠点にする為およそ2ヶ月かけて改築工事を行う。
 公園に段ボールを敷いて暮らす気でいたが劉青の計らいにより、泪町の外れにある邸宅を間借りすることに決まった。
 劉青の特異体質による被害が甚大であることから国から保障制度の特別枠を設け、住宅とその周辺には最新の技術が用いられ、下水処理に関する条例まで存在する管理化の下で暮らすエグゼクティブな空間は見事な平屋で敷地面積は都心から離れた所に位置するダムと同じ広さ。
 空調整備することで第三者が入居することも可能。
 能力者にとって孤独は唯一絶対の自由、だが精神状態を保つ方法として共存を求められると物悲しく語る劉青に対して、白々しいと煙草の火をもみ消す晃汰は昼からビールを煽り、泡を指で拭う。

 「俺の代打でアルサハ呼んだら?」
 「冗談じゃない。居るだけで気温プラス5℃だぞ」
 「玲音と仲悪いから無理じゃない?僕は…馴染みがあるけど」

 劉青から氷を受け取る、ふとした言葉の端に違和感。
 アルサハは六喩会に入る前は青嵐の隷属れいぞくだった、その事だろうか。俺に触れてくる手に誘われて腕の中に納まると青嵐に抱かれているような感覚になって振り切る。

 「違う人だとわかっいても見た目そっくりで嫌になる」

 玲音の腕をアイシングすると痛がるので、どこが痛むのか?尋ねると、そこは…

 「お手当て、早くしてよ」
 「痛みで興奮するのは厄介だな」
 「昌のここ・・でエッチなご奉仕…して?」

 そんなことして治るとは思えないが断れなくて、細身のアンクルパンツに手をかけて息を呑み、目で合図して顔を埋めた。
 息継ぎ舌を這わせて頭を下げるよう押し込まれ、勢いで吐き戻す。
 苦しい…でも抗えば何をされるかわからない。出来る限り穏便に済ませようとするのは"俺のせいで"怪我をしたから、悲観しかなかった。
 「挿れたい…」起き上がる玲音に怯むが、床に押し倒されて強要に従う。
 奴隷と淫らな行為に耽る節操の無さに追い出されるかも知れない。
 そうなれば行く宛も無く野良で犯される俺は夜鷹よたか。卑猥な言葉で求めるよう引き合いに出されるが、顔を反らして唇を噛む俺に対して、やけに強気な玲音だが何か思う所があるのか…手を離した。
 乱暴にされる分には構わない。
 それを誰かに見られ多くに対して服従しなければいけない凄惨に歯が鳴るほど怯えていると追い討ちを食らい小さな悲鳴を自分の手で遮る。

 「初めてじゃないだろ。何を今更…ほら、自分で脱げよ」

 玲音が上から詰め寄るその腕が怖くて目をキツく閉じると、劉青の声が鼓舞のように俺を包み込む。

 「青輝丸に言われなかった?咬ませ犬にでもなった気でいたら食い殺されるよ」
 「どうしてそれを…」
 「あの子の事だ。君を助けたかったのだろうね。いいかい、依代鄙よりしろひなはただの身代りではない。主を護る為により強大な力で支配する忌むべき存在。どちらが主なのか…君は覚えているかい」




 あの日の、約束を―――……。




 「父さんが心配してる。火遊びはやめて、いいね?」

 劉青の言葉に頷く…
 いつからこんなに近くで話しても眩暈めまいがしなくなったのか。劉青の毒に馴染むことがあるとすれば、それは死に急ぐようなもの。あおちゃんを失った今、俺の価値なんて…肉便器スカンクだ。
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