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幽韻之志
35/天趙の使者
しおりを挟むハーフバースデーの前日、24日はクリスマス・イブ。
この日の為に練習したミルクフォームを作る。
まず、苺一粒をフォークの裏で潰してレンジで加熱。鍋に移して牛乳を入れて、沸騰させない程度に温めたら薄く切った苺を耐熱グラスの側面に付けてゆっくり注ぎ、ミルクフォームを上に乗せたら"赤ちゃんが飲める"ミルクオレの完成。
「ちごちぃーの!!」
あおちゃん、スタンディングオベーション(拍手喝采)
大興奮で口を開けて、ミルクオレを一口…
ほっぺたおいしーのポーズで撮影する玲音に手を振る。
子育ては大変なこともあるけど楽しいと思う瞬間は、笑顔で自分と誰かが幸せになれること。いつかは思いでになってあおちゃんは俺のことを忘れて大人になる、それでいいと托卵の刻に願う。
この幸せが壊されませんように
クリスマスツリーの灯りが眩しくなる頃、チャイムの音にあおちゃんが反応する。
誰だろう…玲音が確認すると画面の中には誰もいないのにまたチャイムが鳴る。悪戯にしては不思議な状況に「しゃんたたん!」遠くであおちゃんの声がして振り返ると…
窓の外にアルサハが居た。
ガラス腰に微笑んでいるかここは地上より遥かに高い場所でバルコニーは無い。
踏み出すと玲音の腕が伸びて、引き留められる。
「あお、おいで…」
嬉しそうにジャンプしながら玲音の所へ来る、あおちゃんが転ぶ。立ち上がろうとしても床に手を付いたまま起き上がれないのは強い揺れを感じているから。窓の外を見るとアルサハは消えていた。
壁伝いにあおちゃんの名を呼ぶと、頬を擦り抜けていく風に髪を散らす。
地上の音が開け放たれた窓から風が吹き抜け、ツリーの飾りが音を立てて一斉に揺れていた。音もなく窓が割れた様子もない。ただ室内は騒音と共にアルサハが降り立ち、楔のような火花を散らし床に爪先を降ろすと割れて歪み、あおちゃんが沈む。
神の威を以て聖なる夜に降臨した理由とは。
「迎えに来たよ、ハニー」
亀裂に落ちる前にあおちゃんを強く抱きしめる、俺は怒りに震えていた。
チャイムを鳴らしたのはお前か…
窓ガラス溶かして侵入する意味がわからん。こっちは乳飲み子と生活したんだぞ、怪我したらどーすんだコラ。殺気立った瞳で見上げるとアルサハは首を横に振りながらこう言った。
「君さえいればいい」
微笑みながら首を傾げた瞬間、暗紫の叢雲立ち込める気圧の変動と共にアルサハの外周を二重に包む光の楔が、俺を目がけて伸びる刹那に…
「えんっ!」あおちゃんの声に顔を上げると玲音が光の壁で打ち破る強い衝撃に目を閉じた。
背中越しに熱を帯びて空気が震える。
この匂いは鍛衝
丞が戦闘時、武器に気功を送り込み強化する原理と同じで玲音も生命力を削って挑むつもりか。
「そんな事したらお前が…」
いつもと違う鋭利な横顔
意識を集中させ、呼吸を整えているのがわかる。汗を纏う腕に太い血管が浮き立ち、触れた先の熱が掌を伝い鼓動が高まる。
ああ、なんて雄々しい俺の依代鄙。
お前にそれだけはさせまいと思い詰めて来たけど、避けられない運命の歪に堕ちるのは俺ひとりでいい。
「やだ!!」
腕の中にいる、あおちゃんに掴まれて意識を取り戻す。
「とめきをいじめるな!!」
――――あ、喋……った???
身を乗り出して叫ぶあおちゃん目掛けて稲光が落ちて、視界が真っ白になる。轟音…息が止まる静けさに目を開くと腕の中に居たはずのあおちゃんがアルサハの方に走っていく。
「きゃーっ!!」張り裂けんばかりの悲鳴が耳を貫く。
首の根を掴まれて、藻掻きながらアルサハの腕を掴んで蹴とばそうとする小さな闘争心にぞっとして手を伸ばすと宙に放り投げられ、溶けた窓の向こう側に苦悶の表情が消えた。
肌が粟立つ
息を吸い込むと同時に、今まで閉じ込めていた負の感情を奔らせる。
俺はアルサハを通り越して窓の外に飛び込んだ。
高所からの落下は地上からの騒音を突き破るようにして空気の圧を全身に受け、海からの夜景が一周する。
今、自分がどうなっているのかもわからない状態がふとガラスに移り込み、頭が真下になっている…体感で2、3秒…おそらく100メートルは落下した頃だろう。先に落ちたあおちゃんがみつからない、どこだ?
みつけられたとしても地面に落ちた衝撃で血袋が弾けるより他ない。
「きゃはははっ!とめきーっ!!」
笑い声に辺りを見回すと、手を伸ばしても届かない所にいるあおちゃんは急降下するアルサハから放たれる美しい光線に包まれて俺から遠退く。
よかった…あおちゃんが助かれば…高層マンションは上に伸びる真っ直ぐな造りだが下層階は海側の歩道に面したリンクプラザが突き出ており、徐々に大きな柱に近づく俺は目を閉じて最期に"クリスマスなんて大嫌い"と呟いた。
ぶつかって割れる衝撃より、蒟蒻に全身を撫でられるような感触に肢体を埋めて、ぐにゃり…茶褐色の半透明な"何か"に跳ね返りながら息を詰まらせていると、俺の体は勢いを緩めながら地面に放り出された。
……助かった、のか?
板間に響くエンジン音、どうやら俺が落ちた先は船上のようだ。
いつか聞いた足音が忍び寄る。
北極星が輝く四つを打つ刻に、懐かしさをくれる…彼の人の声に振り返った。
「ただいま」
科戸さんの声に導かれるようにして起き上がる、俺を優しく抱き留める冷たい手と死臭。ああ、科戸さんだ…胸に顔を埋めながら背中に腕を回す。
「お帰りなさいませ、親方様」
「暫く見ない間に大人びたようだね。よく見せてご覧、いい子だ」
俺の頬に手を当てる、これが危険な仕草だと分かってて差し出す覚悟を見据えて科戸さんは微笑む。茶褐色の物体は特殊な形状記憶合金で瞬間的に強い衝撃を受けると弾力を拡散させ柔らかくなる性質がある最新兵器という手土産を受ける俺は命拾いをしたワケだが、きらめく星の虹を渡り走って来るあおちゃんが飛びつく。
「その子は…」声から異様と察して、切り抜けるべき言葉を考えたが嘘をつけば自分に返って来る<想面に…>青輝丸の言葉が胸を過る。
「訳あって預かっています、どうかご容赦下さい」
下手すれば殺される。
余計なことは考えずに黙っていると科戸さんから歩み寄り、俺の前で膝をついてあおちゃんを見つめる…その瞳はいつになく優しかった。
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