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幽韻之志

32/百丈の願いと思惟

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 紅葉シーズンが終われば寒さが本格的になり、あおちゃんの成長と共に移ろう季節。必死に働いてた頃は季節なんて気にも留めなかったが、東京湾岸沿い高層マンションが立ち並ぶ箱庭型の区画で暮らす今、夕陽の美しさを心に感じる。

 外に連れ出すと興味津々で「あっち」言われるままに歩いたら遠くまで来た…

 「あっちあっち!」

 小さな指が示す方向は国道から都内に向かう幹線道路、さすがに歩く気になれず暖を求めてショッピングモールでひと休み。大きなクリスマスツリーが煌めくエントランスを映し出す虹色の瞳が輝き、幻想的な世界に漂う甘い香り。


 クリスマスケーキの予約販売

 もうそんな時期か…


 「あおちゃんは毎日お利口さんにしてるから、サンタさん来るかな?」

 店の前を通り過ぎると両腕を伸ばして踏ん張る。
 諭しても嫌の一点張りでクリスマスケーキに手を伸ばす…あ、玲音から電話だ。

 「もしもし、れ…」
 「えんっ!?」

 顔くっつけて突如お話を始めるあおちゃんの勢いに身を任せ、そっと離れるとすぐに察してギャーギャー暴れて怒り出す。癇癪かんしゃくが酷い理由は知能指数が高くて意思の疎通ができないから、と言われても腕から飛び出してひっくり返るあおちゃんを落としそうになる。こうなるとお手上げ…
 「昌宗様?」シーズンホリデーの限定フラペチーノ片手に木欒子もくろじが覗いてた。
 ふわふわホイップが閉じ込められたカップに、あおちゃんの瞳は輝きを取り戻し、木欒子の腕の中でカップに吸い付く。
 「……???」何度も吸い付くあおちゃんはお腹が空いてるのかもしれない。
 こんな時間までほっつき歩いて申し訳ない気持ちと疲労感が重なり、木欒子に何度も謝りながら家まで送り届けて貰った。

 「ご迷惑おかけして、すみません」
 「ちぇーん…」

 俺が頭を下げると、あおちゃんも一緒に謝る。
 ちょっと散歩のつもりが2時間経っても帰らず、お腹を空かせたあおちゃんが号泣。もっとミルクの時間を考えて行動しないと…反省、その日からあおちゃんの体調不良が続いた。1日2回の離乳食も遊び食べのスローペース。

 「刺激が多くて情報の整理ができないのかな。様子見よう、昌宗は休んで」
 「ごめん…」
 「あおが成長してる証拠だから心配しないで」

 そう言いながら、封筒を差し出す。
 薄紫の封筒に紅い封蝋
 青の一門から?差し出し人は青輝丸で、あおちゃんが生まれて半年のお祝いを開く内容だった。純白のセレモニードレスや靴も一緒に贈られ青い小箱を開くとダイヤモンドの飾りが輝く。これはあおちゃんの誕生石でヘッドレスに付ける魔除けのおまじない。

 「玲音、行ってきて」
 「俺が?構わないけど…25日は…」

 言いかけて唇に指を宛がう。
 クリスマスに良い事が起きた試しがない。玲音と別れた翌年は渋谷で凄惨なレイプ被害に遭った忌まわしい過去が、また続くとも限らない恐怖に目を反らす。

 「あおちゃんのこと、お願い」

 プリンセスのお祝いに魔女が招かれなかった理由は"不吉"だから。俺はあおちゃんを無事に育てる役目を担っただけで一生に一度しかないお祝いは身内で…

 「俺はいつからあおの世話係になったの?」
 「ごめん、そんなつもりは…」
 「俺のご主人様は昌宗だけ、忘れないで」

 そう、だけど…
 子育てがこんなに大変だと思ってなかった。
 こんな俺を頼りなく思っているのかあおちゃんは玲音じゃなきゃダメで大泣きする、疎外感。
 玲音と一緒になれたらどんなに幸せか。想像していたのと現実は違っていて、この頃では玲音と距離を置いてる。


 俺はもう、玲音のことが好きじゃない。


 「これで全部?」

 頷く玲音はオーナメントの箱を床に置く。
 青輝丸から贈られたクリスマスツリーは本物のもみの木。
 御所内で育てられ毎年、社会貢献の一環として救済支援活動の団体に寄付している。表向きにはいい人に見える青輝丸だが詳しい内容はよい子の耳には入れたくない大人の事情がいっぱい。
 海外製のオーナメントは中に仕掛けがあって、打楽器のチャイムが鳴る。音がそれぞれ違う楽しさと見た目の美しさに魅かれた玲音が用意してくれた最高のマストアイテム。

 「昌宗はクリスマス…欲しいもの、ある?」

 不意に手が止まる。
 小さな頃からいやという程聞かされてきた。プレゼントが貰えるのはサンタさんを信じてる"いい子"だけ。今年の主役はあおちゃんだと話をすり替える。欲しいものを具体的に言えるほど、もう玲音には心を開けない。

 「あおちゃんはプレゼント、何がいい?」
 「ちーのっ!」

 両手を上げて頭の上で手をひらひらして見せる。
 わからない。またYouTubeの入れ知恵か?一度見たものを覚えてしまう飲み込みの速さはあるが修正ができないので最初が肝心"ちーの"の正体を探るべく絵本や新聞を見せたが手掛かりは掴めず、玲音がある事に気が付く。

 「いやいや期…発達段階の赤ちゃんによくある、反抗期」
 「もう反抗期なの?」
 「自我の芽生えだよ。自分でやりたいけど体がコントロールできなかったり、言葉がまだ未熟で相手に伝わらないのが反抗的に見える…でも2歳くらいから始まる筈なのに」

 あおちゃんはまだ0歳児
 成長スピードが速く喃語から二語文になり、相手を見て会話ができる。神童と呼ばれる"生きにくさ"と孤独が背中合わせになる姿に自分を重ねて言葉を閉ざす。

 ・・・・・


 玲音を求めて…
 ずっと頑張って来た。


 花形だった時の記憶がいつも胸にあって優しくしてくれたのは「仕事」だから、セックスをしてわかった。この男とは肌が合わない。性処理道具と言われ…
 快楽に抗えない凌辱を受けた。
 俺は何のために頑なに操を守って、好きな人に捧げたのか?

 「処女はやりにくい」

 そんな風に言われると思わなかった。
 何度も体の状態を言葉にされて…あんなのレイプと変わらない。
 男同士の"よくあること"だったら二度と玲音とはしなくていい。ひたむきになれるほど俺はもう純粋ではないことが一番辛くて、毎日謝ってばかりだ。


 ・・・・・
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