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幽韻之志
24/因果一如の哉心を恭んで星と為す
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俺を見た瞬間、酷く驚いて泣き止む。
陽に透く橙の癖っ毛
白くて小さな顔に、飴玉みたいな瞳が見開く。
「こ、こんにちは…」
咄嗟に挨拶してみたものの、小さな両手を握り堪えているのが見て解る。
「ふぇ……っ」やばい泣く!
赤ちゃんなんて触ったことも無いし、どうすれば…
不意に伸びる手が赤ちゃんの頬を突く。
「れっ…ばか!何やってんだよ」
「お腹が空いてますね。オムツの交換をします、失礼」
「ふぇええええっ!!」足をバタつかせて嫌がる赤ちゃんの性別は女の子、初めてみる女性器の形容から目を反らす。
オムツのサイズが合ってないことを確認しながら頬を突くと指の方向に小さな唇を開く。これは空腹の合図、ミルクの用意が始まった。
腕の中でうごめく赤ちゃんは生後4か月。
授乳は一日6回
体重も増えているそうで話を聞く玲音の表情がいつになく優しい。
ああ、いつもこうだったらいいのに…
「誰の子なの?」
「青嵐の孫で、麗子の娘」
「は?麗子はどこに居るんだよ」
答えは無かった。
無責任さを問う苛立ちは、哺乳瓶の温かさに溶けて消える。
乳首に吸い付くと泡の粒が出てハイペースで飲む姿は必死。鼻息が荒く哺乳瓶を掴んでずっと吸引する爆乳っぷりに、何とも言えない感情を抱く。
引退後に御所入りする青嵐に、ある訃報が…
それまで何の音沙汰もなかった麗子が出産で死亡。
生まれたばかりの子どもが女児であることから麗子の生まれ変わりとして世界規模で争奪戦。親権を巡り鑑定に回された先で誘拐され丑若松こと丞が無事に連れ帰ったのは生後20日余り。既に出生届を提出できる期限は過ぎており、無戸籍児として頼る処もなく命を繋いでいる。
出生が明らかではない子供は1万人以上いる、珍しい話ではない…とはいえ。
「鑑定すれば父親が誰なのか?解るだろ」
「誰も一致しなかった」
さすが夜巫女の娘
生まれながらに神秘的。父親の種も判別不可能、そんなことあるのか?
「隷属を引き払って子育てに専念してたとは、お前も変わったな」
「青嵐の子守しか俺はしない」
「いや、青嵐は大人だけど赤ちゃんは誰かがいないと、死…」
「俺は青嵐の世話しかしない」
「じゃあ誰がこの子の面倒見るんだよ」
「勝手に育つだろ」
「いや、だから…っ!!」
手元に力が入り苦しそうにする赤ちゃんに謝りながら手を撫でると、指を掴んだまま泡が止まる。溺死?覗き込む青輝丸に大声で脅かされ両手を広げてビクンッ!目をまん丸に見開き慌てて吸い始める。乳飲み子に恐喝とか…無いわ。
「お取込み中、失礼します」玲音が切り出す。
「生意気な虎に私のご主人様が襲われました」
「馬の間違いじゃないか?」
「躾の問題であれば早急に対応をお願い致します」
「そうか…俺には関係ないから、他所でやってくれ」
「貴方の奴隷の話をしているんですよ。青嵐様」
気迫の一打に、周囲の緊張が奔る。
凛として放つ悪態は責任逃れではなく青嵐以外の何者にも興味を示さない方向性で決まる。謝罪は意味を為さないだろう。無かった事には出来ない案件なので俺から科戸さんに報告する了承を得て、玲音を宥めた。
事の次第は、深刻だ。
これまで自分の身に起きた事だけで精一杯だったが、青の一門の現状を何も知らなかった。科戸さんはこの事を知っているのだろうか。知ったところで…自体が変わる筈もなく赤ちゃんを見つめているとぎゅ!指を握られ、顔を真っ赤にして容体が急変。
小さな鼻の孔から息が漏れて、どこか苦しそうにしている。
呼吸困難にでもなったのか?不安になり胸の辺りを撫でると指四本分くらいの胸囲に驚き、抱きなおすと膝にプリプリと振動を感じて…
飲んだら出る
「ふげぇ……」ミルクを吐き出し、咳き込む。
ど、どういう構造してんだ!
「縦に抱っこしてください」
「うわぁ…呼吸してる?軽すぎて感覚わかんねぇーよ」
玲音の指導で背中を摩るとゲップして、また屁が出る。
排泄物の臭いに青輝丸が目配せ、お前がやれよ!お、女の子なんだぞ…赤ちゃんとはいえ…お、おま…あああっもう俺がやればいいんだろ。
オムツを開けると緑色 病 気 ???
「なっ…何これ、腹壊してんのか」
果実みたいなお尻を拭うと、小さくて柔らかい足に指が埋まる。
ふわっふわボディを包む服にはボタンがいっぱい。力加減が難しくてモタついてると見兼ねた青輝丸が片手でキツネの動きを見せながら機嫌を取り、あっという間にボタンを留めて片手で抱っこしながら赤ちゃんを寝かしつけた。
余裕…最初っからお前がやれよ。
死神に抱かれる、この子の運命は…
昼でも星が瞬くこの部屋で泣けども孤独に、蝶よ花よと生きる末に柔らかな肉を裂かれて息絶える。
麗子が死を以て残した忘れ形見の成長をせめて見守りたいと強く思うのは、青の一門に生まれいずる者に対する敬愛と甘受で間違いない。俺の心は揺らいでいた。
「この子、俺が預かる」
玲音がそれ見た事かと項垂れる。ごめん、捨て置けないんだ。
「3歳まで。いや、自分で判断できるようになる迄は俺が…」
「正気か?六喩会の教育は厳しいぞ」
そうだ、俺が引き取ればこの子は六喩会の中で育つことになる。関東随一のドヤ街での日々は大人の俺でさえやっとなのに3歳まで生きられるか定かではない。でも、諦めることが出来なかった。
「だからといってお前が全うに育てる保証は無い」
「俺は青嵐さえいればいい」
「お前には青嵐がいていいな。俺には何もない」
青輝丸の言葉が止む。
麗子には世話になった…女は嫌いだ。
でも麗子だけは、最後まで優しくしてくれた。俺の死を予期して心が苦しい時にいつも寄り添ってくれたあれが母性なのだろう。この子は生まれ持って俺を従える当然の権利があることを主張して覗き込むと、ほのかに笑っているように見えた。
見たところ玲音は子供の扱いに慣れている以外、何の得策も無い。
子育ては想像もできないが科戸さんを説得してこの子と暮らしていける環境を整えよう。後のことは、それから考えればいい。
誰からも祝福されない
俺と、我が君の物語が始まる。
陽に透く橙の癖っ毛
白くて小さな顔に、飴玉みたいな瞳が見開く。
「こ、こんにちは…」
咄嗟に挨拶してみたものの、小さな両手を握り堪えているのが見て解る。
「ふぇ……っ」やばい泣く!
赤ちゃんなんて触ったことも無いし、どうすれば…
不意に伸びる手が赤ちゃんの頬を突く。
「れっ…ばか!何やってんだよ」
「お腹が空いてますね。オムツの交換をします、失礼」
「ふぇええええっ!!」足をバタつかせて嫌がる赤ちゃんの性別は女の子、初めてみる女性器の形容から目を反らす。
オムツのサイズが合ってないことを確認しながら頬を突くと指の方向に小さな唇を開く。これは空腹の合図、ミルクの用意が始まった。
腕の中でうごめく赤ちゃんは生後4か月。
授乳は一日6回
体重も増えているそうで話を聞く玲音の表情がいつになく優しい。
ああ、いつもこうだったらいいのに…
「誰の子なの?」
「青嵐の孫で、麗子の娘」
「は?麗子はどこに居るんだよ」
答えは無かった。
無責任さを問う苛立ちは、哺乳瓶の温かさに溶けて消える。
乳首に吸い付くと泡の粒が出てハイペースで飲む姿は必死。鼻息が荒く哺乳瓶を掴んでずっと吸引する爆乳っぷりに、何とも言えない感情を抱く。
引退後に御所入りする青嵐に、ある訃報が…
それまで何の音沙汰もなかった麗子が出産で死亡。
生まれたばかりの子どもが女児であることから麗子の生まれ変わりとして世界規模で争奪戦。親権を巡り鑑定に回された先で誘拐され丑若松こと丞が無事に連れ帰ったのは生後20日余り。既に出生届を提出できる期限は過ぎており、無戸籍児として頼る処もなく命を繋いでいる。
出生が明らかではない子供は1万人以上いる、珍しい話ではない…とはいえ。
「鑑定すれば父親が誰なのか?解るだろ」
「誰も一致しなかった」
さすが夜巫女の娘
生まれながらに神秘的。父親の種も判別不可能、そんなことあるのか?
「隷属を引き払って子育てに専念してたとは、お前も変わったな」
「青嵐の子守しか俺はしない」
「いや、青嵐は大人だけど赤ちゃんは誰かがいないと、死…」
「俺は青嵐の世話しかしない」
「じゃあ誰がこの子の面倒見るんだよ」
「勝手に育つだろ」
「いや、だから…っ!!」
手元に力が入り苦しそうにする赤ちゃんに謝りながら手を撫でると、指を掴んだまま泡が止まる。溺死?覗き込む青輝丸に大声で脅かされ両手を広げてビクンッ!目をまん丸に見開き慌てて吸い始める。乳飲み子に恐喝とか…無いわ。
「お取込み中、失礼します」玲音が切り出す。
「生意気な虎に私のご主人様が襲われました」
「馬の間違いじゃないか?」
「躾の問題であれば早急に対応をお願い致します」
「そうか…俺には関係ないから、他所でやってくれ」
「貴方の奴隷の話をしているんですよ。青嵐様」
気迫の一打に、周囲の緊張が奔る。
凛として放つ悪態は責任逃れではなく青嵐以外の何者にも興味を示さない方向性で決まる。謝罪は意味を為さないだろう。無かった事には出来ない案件なので俺から科戸さんに報告する了承を得て、玲音を宥めた。
事の次第は、深刻だ。
これまで自分の身に起きた事だけで精一杯だったが、青の一門の現状を何も知らなかった。科戸さんはこの事を知っているのだろうか。知ったところで…自体が変わる筈もなく赤ちゃんを見つめているとぎゅ!指を握られ、顔を真っ赤にして容体が急変。
小さな鼻の孔から息が漏れて、どこか苦しそうにしている。
呼吸困難にでもなったのか?不安になり胸の辺りを撫でると指四本分くらいの胸囲に驚き、抱きなおすと膝にプリプリと振動を感じて…
飲んだら出る
「ふげぇ……」ミルクを吐き出し、咳き込む。
ど、どういう構造してんだ!
「縦に抱っこしてください」
「うわぁ…呼吸してる?軽すぎて感覚わかんねぇーよ」
玲音の指導で背中を摩るとゲップして、また屁が出る。
排泄物の臭いに青輝丸が目配せ、お前がやれよ!お、女の子なんだぞ…赤ちゃんとはいえ…お、おま…あああっもう俺がやればいいんだろ。
オムツを開けると緑色 病 気 ???
「なっ…何これ、腹壊してんのか」
果実みたいなお尻を拭うと、小さくて柔らかい足に指が埋まる。
ふわっふわボディを包む服にはボタンがいっぱい。力加減が難しくてモタついてると見兼ねた青輝丸が片手でキツネの動きを見せながら機嫌を取り、あっという間にボタンを留めて片手で抱っこしながら赤ちゃんを寝かしつけた。
余裕…最初っからお前がやれよ。
死神に抱かれる、この子の運命は…
昼でも星が瞬くこの部屋で泣けども孤独に、蝶よ花よと生きる末に柔らかな肉を裂かれて息絶える。
麗子が死を以て残した忘れ形見の成長をせめて見守りたいと強く思うのは、青の一門に生まれいずる者に対する敬愛と甘受で間違いない。俺の心は揺らいでいた。
「この子、俺が預かる」
玲音がそれ見た事かと項垂れる。ごめん、捨て置けないんだ。
「3歳まで。いや、自分で判断できるようになる迄は俺が…」
「正気か?六喩会の教育は厳しいぞ」
そうだ、俺が引き取ればこの子は六喩会の中で育つことになる。関東随一のドヤ街での日々は大人の俺でさえやっとなのに3歳まで生きられるか定かではない。でも、諦めることが出来なかった。
「だからといってお前が全うに育てる保証は無い」
「俺は青嵐さえいればいい」
「お前には青嵐がいていいな。俺には何もない」
青輝丸の言葉が止む。
麗子には世話になった…女は嫌いだ。
でも麗子だけは、最後まで優しくしてくれた。俺の死を予期して心が苦しい時にいつも寄り添ってくれたあれが母性なのだろう。この子は生まれ持って俺を従える当然の権利があることを主張して覗き込むと、ほのかに笑っているように見えた。
見たところ玲音は子供の扱いに慣れている以外、何の得策も無い。
子育ては想像もできないが科戸さんを説得してこの子と暮らしていける環境を整えよう。後のことは、それから考えればいい。
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