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幽韻之志

23/輝星雲の彷徨く遍きの集へ

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 ――――― 折檻…とは、何か?

 青輝丸あおきまるの仕業を嫌というほど見て来たコイツ等なら熟知している筈、だが不利な相手に対して多勢の暴力ではなく古典的な責苦は見る機会が無いだろう。
 厳しい縄を施され、苦しみの末に倒錯的な感覚を呼び覚まし、本能に結び付ける行為の延長線上にあるのがSMだ。
 海外の歴史にみる拷問と違い、日本人特有の性質が顕著に表れる性的倒錯の世界で身銭を稼いできた俺の縄は…甘くて切ない 恋 を享受する。

 「は?青嵐せいらん様には程遠い、ただのあやとりです」

 真っ向反論する玲音と、あと一歩の所で美味しい縄を玲音に持っていかれた悔しさから吠える景虎かげとらの言い争いが絶えない。

 「うちの子がご迷惑おかけしました」

 間に入る木欒子もくろじがそれとなく促す。
 玲音は踵を返し、俺を背中に隠して続けた。

 「何という不躾な下郎。責任は果たして頂きます」
 「突然の出来事に対しても物怖じせず、大人しく従うなんて。昌宗様は懐が深い」
 「身を挺して俺を守ってくれたこと、一生忘れません」
 「景虎…少しは反省してくださいね?」
 「諦めません、縛られるまでは」
 「そんな調子で夜な夜な現れて悪さをされても困ります」

 ふざけるなといわんばかりの態度で隷属達を相手にする玲音の後ろから顔を覗かせる俺は帽子を取り「安心しろ、屏風の虎は出て来ないと一休さんが証明してる」冗談っぽく言った。

 ここは青輝丸の御所。
 呼ばれたのは他でもない、隷属に襲われた件について青輝丸に直接的な謝罪を求める玲音の意志は強く科戸さんの耳に入る前の善処として同伴。
 御所はイオンみたいにデカいと聞いていたが…ランド…的な?外に設置されたゲートに使用人キャストはパスポート利用で認証され、外部の人間は期限付きのチケットが発行され警備員が同行する。
 噴水や季節の飾り物に迎えられる遊園地のような入り口から建物へ入ると、白を基調とした上品なエントランスはスーツ姿の男だらけ。
 辺り一面にいるこの男達は全員、使用人だ。
 ドーム型で外にいるような開放的な空間は、三階建ての縦吹き抜けに構造で…

 「飲食店?えっ、ポストがある」
 「ここでは皆が働きながら暮らせる様、必要なものは全て揃っています」

 なるほど、これは入居待ちが3桁なのも頷ける人気の御所。
 地図を見ると青輝丸が暮らしている居住区を中心に大きな道が集まっており、エリア毎に名前がつけられているが全て英語表記で読めない。

 完全に、王国である。

 「ここ…いつからあるの?」
 「キラ様のご出所祝いなので、今年で20周年になります」
 「鑑別所から夢の国へ…ふーん」
 「ええ、間もなくして病に倒れてあの頃は大変でした」

 現職・総代官スチュワードだが執事バトラーとして従事していた木欒子は、当時を懐かしむ。
 国内で発症例がない伝染病に感染した経路はおそらく科戸さんの仕業だろう。身内に人体実験を仕掛けるくらい日常茶飯事。青嵐は命を繋ぎながら跡継ぎとなる青輝丸に愛情を注ぎ育成、優秀な子が王になるのは正しい法則だと呟く俺は、草履を擦りながら前に進む。
 会えば喧嘩ばかりして来た兄師えし
 その偉大さに触れて恐縮する俺と「謝れこの下衆やろう」迫出す依代雛よりしろひなの玲音。
 血の気が多いと青輝丸に失血希望と見なされるから、落ち着いてくれ。
 襲名後、内部抗争で俺の命を狙い銃撃した一件の真犯人が別にいる事も含めて一度ゆっくり話がしたいのだが、目の前に開けた空間は水色の壁に、天井が星空…

 星の形を模した電球が吊るされる部屋で、青輝丸は眠っていた。




 不思議な匂いがする




 あまい…けど、今まで経験したことのない匂いに鼻を擦る。
 木欒子に起こされる青輝丸はそっと触れた指の先にぬいぐるみを置いた。

 そこから小さな手が伸びて、産声を上げる。

 部屋を出るよう指示されたが子供の声は次第に大きくなり、無情にも閉められるドアの向こう側で響く。なぜ…誰も気に留めないのか?

 「泣いてるよ?誰かみてやれって」

 ドアの向こうでずっと泣き声が続く。ここに来てようやく青輝丸は俺に気が付き、表情が一層険しくなる。

 「とめき…お前…木欒子どういう事だ」
 「あんなに泣いて可哀そうに」

 「何の話だ」俺の視界に入る全員の表情で察した。
 ここに"可哀想"を理解できる大人は居ない。子供は青い部屋に閉じ込められたまま泣く声が「助けて…」繰り返し耳に残る。それを気にも留めない連中にイラッ!として微笑みひとつ浮かべるとドアを開けて子供の目の前に飛び込んだ。
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