俺のご主人様がこんなに優しいわけがない

及川まゆら

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幽韻之志

15/是は化ヶ猫となづく

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 「さて、とめきが今までの生活に戻るにあたり、依代鄙よりしろひなを用意しました」

 科戸さんが軽快に喋り出す時は、要注意。
 依代とは?半紙の人形で神社の大祓いに使用される、身代り。
 六喩会の影とは異なる厄災の代行を担う存在だと説明を受ける俺が辿り着いた先は…本家の大門。
 黒服が200人ほど集まり、俺を乗せた先頭車両だけが門の中に入っていく。

 嫌な予感しか…しない!!

 地に足が付かない状態で見上げたそこは、夢に見た場所。
 段差を超えた先にある横長の玄関はまるで高級旅館のような設え、脱いだ草履を整える下足番の男に眼もくれず歩き出す。
 どこへ往くのか
 何もかも気乗りしないやさぐれた胸のまま廊下を進んでいくと左手に…
 芝の中庭に大木が枝を広げていた。

 桜…の種か?

 あの時は白砂で描かれた均一な輪の波模様だったのに。
 庭を囲むような邸造り、ここから対角線上にある廊下の向こう側に見えるのは西の門。俺らは"お東"と呼ばれる本家で分家の敷地には足を踏み入れてはいけないと劉青が俺を見ないで囁く。そこから出て来たのは正装の晃汰と女がふたり。


 「……あっ」思わず声が出て、足を止める。


 晃汰を横切り門から最初に出て来る小さな女はあの日…見た、幽霊。
 子供みたいな小柄で柳のような指先を揃え、こちらに向かって歩いて来る。
 「彼女は宇賀神しづ子。西の魔女だよ」
 科戸さんの正妻
 店に位牌があったのに?
 死んでなかったのか
 死んだことにされていたのか…随分とまぁ…揃い組で何が始まるのか?
 科戸さんを中心に、左が西の宇賀神家、俺は右側の列に与ろうとすると藤編みの椅子を差し出されおずおずと腰を掛けて始まる壮絶な家族会議。
 目の前にいるのは二代目の隷属と思われる屈強なイケメンたち。丞の隣に座ってる男なんか大胸筋が発達し過ぎて今にもスーツが弾けそうだ…良い面子を揃えて来たじゃないか。


 「あの子が見えないようだが」


 二代目が欠席
 代理の者が深々と頭を下げて、参謀の報告が始まった。
 関東・関西・九州の各ブロックの治安や現状報告は段取りよく二代目の再興が讃えられる形となり続いて俺が六喩会の正式な幹部として紹介された。
 話の途中で男がひとり、正座に一礼。畳に拳を付いてひとつ前に出てくる姿を見た瞬間、脊髄反応を起こして男を避けるようにして椅子から落ちる俺は、這い蹲り科戸さんこと青魄そうはくの袂を引く。




 
 玲音れおんが――――…… そ こ に 居 る




 袂に皺を寄せ、必死に首を横に振って見せる。
 ……嫌だ
 どうか、後生です。
 お願いだからそれは言わないでと懇願する俺を見つめるのは真っ赤に血走る羅刹の瞳。人ならざる獰猛さを放ち揺るぎない不動の圧に押されて全身が強張り、刹那に何かを諭された俺はその場に泣き崩れた。


 「当代の命にて青木昌宗の依代鄙を玲音とし、いずれも与する。否や無し」


 身内も含め、その場にいた全員が謹んで受ける咆哮。
 玲音を身代り人形にしてまで生き延びる理由がみつからない。だがこれは二代目に対する宣戦布告であり、末代まで続く戦争の発端だと各々胸に刻みながらお開きになった先で怒鳴り声が轟く。
 西と東は犬猿の仲、顔を合わせる度に衝突する。
 喧嘩しろ、殺せ…
 これが合言葉に恐怖支配による領土問題や暴力が横行する歴代のやり方があり、総括する宇賀神しづ子は元老№2六喩会『炎』の永久欠番。幼い少女のような外見からは想像もできない稀代の放火魔で、日本ではあまりにも有名な殺人事件の多くに関与しながら実刑を免れて来た、通称・西の魔女。
 夫婦そろって禍々しい
 だが、仲睦まじく羊羹をあーん♡している情景に脳の処理が追いつかない。
 
 「我々はここで失礼致します」
 「……はい、御姉様」
 
 噂に名高い宇賀神姉妹は礼儀正しく御領を出て、残された晃汰は言葉もなく…ネクタイを解いてボタンを外しながら胡坐をかく。
 「シャバの空気はウマい?」
 相変わらずの短髪ベビーフェイスに整えられたラウンド髭が印象的なイケメン御曹司、晃汰は悪戯に伏し目がちな俺に顎クイしてゆっくりと唇が…重なる寸でに<やめて…>晃汰が止まる。
 ごめん…そんな気になれないんだ。
 晃汰とも、
 玲音とも、
 こんな形で出会いたくなかった。
 ここで出会っていなければ縁は無かった。それならそれでいい。

 玲音は俺が護ってやりたかったのに…

 身代りをさせるなんて
 自分が生きるために犠牲を払うやり方自体、認めたくない。

 「俺も嫌われたモンだな」
 足を投げ出し、どこか寂しそうに笑う晃汰と視線が合わない。
 「最強の恋敵を依代雛にされたら、もう俺の出る幕はない。父さんはそうやっていつも俺から大切な人を奪う」
 元彼しぇんたが脳裏に過る。
 あれは自然災害に見せかけた偶発的な事故…だったのか?
 「二代目はとめきにご執心だ。死に憑りつかれるのなら生きる為の理由を与えるのが善処というもの。君は血の契約の元、我々の同胞になったのだから」
 朗らかな笑みを浮かべながら最愛の妻を胸に抱く、この男が俺の命を繋ぎ止める為に行った事は「輸血」失血性ショックは大量の出血により起こる危機的状態で輸血が必要になる。それを青嵐の血液で補うとは悪魔の所業。青嵐に万が一の事があれば、俺が死んで済むとは到底考えにくい。

 誰も知らない
 俺の抗原がバレていたとは。

 青嵐のプロフィールは「血液型不明」これが気になって調べると特殊な抗原だと知り、それは自分も同じなので、もしもの備えに青輝丸にだけ・・教えたことがある。
 この抗原は外部の影響を受けやすく輸血の際に型が変わる為、同じ抗原を持つ親でさえ輸血は危険とされスポーツや旅行は避けるように医者から言われていた。
 青嵐の行動規制もこれが原因だろう。
 生まれ持っての特異体質な俺は、晴れて同胞となり青の一門を総括する六喩会の上層部に出世。
 風俗店で働きながら壮絶な仕置に耐えて隷属の務めを全うしていたのは、ここに辿り着く修羅の道だった…振り返ると胸に懐かしさが込み上げてくる。

 もう一緒になれないのなら
 せめて青嵐から託された血潮を携えて、護りたい。

 いつからだろう
 あんなに嫌いだった青嵐を慕うようになったのは
 まるで誰かに操れているような気さえする。
 夢で見たことが次々と起こる、怖くはないが…ここへ来れば会えると思っていたのに。
 俺は捨てられたんだ。

 ふいに懐かしい香りが通り過ぎて心を解かれる。
 
 「昌宗様…で、いいのかな。宜しくお願いします」

 ああ、お前だったのか。
 目が眩む美しさ、夢み心地な声色に鼓膜が震え、今にも倒れそう。
 切ない恋心を未練とし、お前だけを目指してきた筈なのに、志半ばで調教師になれなかった俺が心から喜んで迎えられるとでも?俺の代わりに死ぬかも知れない、この手を取るなんて烏滸がましい。

 嫌いだ
 こんな自分も
 生きて往かなければいけない理由も、全部。


 「初夜は優しく……とめきはまだ、処……」


 勢いよく科戸さんの前に飛び出す。
 これ以上、余計なことを言わないでくれ!
 俺がこの年でまだ童貞とかフツーに考えて恥ずかしくて死にそう。史上稀にみる暴虐を打ち破るべく袂を掴んで水揚げされた金魚の様に口を開く。
 ねぇ科戸さん、俺の話聞いてます?
 玲音に処女を捧げるなんて…いつから俺は受けになったんですか。

 「とめきは、ど淫乱の化猫を継承した一番弟子です。元花形ならご承知の筈」
 「……ど……健康的な男の子、の間違いでは?」
 「襲名はあの子にくれてやりましたが本質的には…痛い、とめき噛まないの」
 「ほら、昌。おいで?」

 なっ!馴れ馴れしく俺に触るな。
 サッと科戸さんの後ろに隠れて玲音を覗き見る。

 「フフフ、化け猫退治…てか?」

 晃汰が笑いながら煙草を揉み消す。
 一度もやったことねぇーのに化け猫ってなんだよ、退治されそう!やめてくれ!!
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