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幽韻之志
6/査として機宜を絶す
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スーツを着たひとりの初老が一礼
「お疲れ様です、桃吾様」……さま?
桃吾の実家は一部上場企業の番付に入る大企業の創立者。
奴隷として生活するなんざ金持ちの道楽に過ぎないと思っていたが、さすが青嵐のお膝元と呼ばれるガチ勢。おじいちゃん執事付き黒塗りの高級車に乗った途端、俺の月収を超えるバカラのクリスタルに注がれる黄金が泡立つ。
甘酸っぱい香りをまとわせる桃吾は片手でネクタイを緩めながら、恥ずかしそうに血の気を浮かべ声を潜める。
「どうしよう、こんなに上手くいくなんて…」
桃吾の逸る鼓動が伝わる。
涙で濡れる長い睫毛が羽ばたきロマンチックな雰囲気
静かな空間で一言も発することなくクリスタルの底から上る泡を見つめていた。
車は目黒から白金台の坂を上り国立公園の中へ。管理人のいる小さな建物を通過すると辺りが森で暗くなり、その先に平屋の住宅が見えた。コンクリートの壁に格子を取り入れた和モダンな空間に…真っ赤なソファ…さすが金持ち!
外に家具が置いてある。厚いドアから足を卸して見上げると、住宅の片側はダイナミックな曲線を描いておりカーテンが無いので部屋の見通しが大変宜しい仕上がりになっています。素晴らしい。
「ゆるキャンできそうだな。ここ、国立公園内だろ?」
「表向きには皇室御料地です」
「まさか宮家とか言うなよ」
「ええ、母方が…」
普通に言いやがった。
こんな異世界で華麗なる奴隷生活をするとは。もっと桃吾のことを知ってから了承するべきだったと後悔しながら先に進むと、今夜は星を見ながらバーベキューにしようと言い出す。
「戊之頭。グランピングに昌宗様をご案内して、それから…」
振り返る陰影が美しい後姿に、ああ…王子様って…桃吾のような見目麗しい青年の為にある言葉だと、ため息が漏れる。
豪邸暮らしで何不自由なく育ったであろう桃吾が、人類史上稀にみるペテン師・歌舞伎青嵐の奴隷を志願して今に至るとか実家の親は知っているのか?
まさかじいちゃんにバレたら俺、殺される?
どうせ死ぬなら最後に旨い肉を食って男冥利に尽きたい。
白い大きなテントの中にはソファーやベッドなどの家具が配置されており、ほのかに暖色が灯り風通しが良いせいか心地よい空間に仕上がっている。
これが現代版キャンプ!それも自宅でキャンプ、贅沢だな。
立体型の階段がついたカッティングボードに脂のサシが入ったピンクの肉から赤身まで一式揃えられ、赤々と燃ゆる備長炭の前に立つ桃吾に手招かれる…俺は小さく頷いた。
「昌宗様。お好みの部位はございますか」
「ああ、その呼び方やめてくれる?昌宗でいいよ」
「呼び捨てだなんてとんでもない」
「ここでは主従関係をやめないか。ほら、俺が世話になっている身なわけで」
網の上に肉を置くと芳ばしい煙が立ち上がる。
「私が奴隷以外の関係を望むなど、烏滸がましい」
まるで自分に言い聞かせるように、だけど結んだ唇からあどけなさが漏れる純粋さが可愛くて桃吾を見つめていると恥ずかしそうに顔を反らす。
俺は最高位の眷属という立場で個人とこうして同じ空間を共有する事は皆無。桃吾にしてみれば思いがけない幸運だろう。
何か企みが…あっても無くても、肉がウマ過ぎて落ち着かない。
「これうんっま!」
「ランプです。赤身がお好みですか」
「へぇ…どこの部位なの?」
「お、お尻です」
このタイミングで恥ずかしそうにする、桃吾は間違いなくお仲間。
「お前もこっち来て食べろよ」
「昌宗様のお食事の支度をするのが私の仕事です」
「本来から言えばそうだな。俺は自給を貰ってここにいる。それってさ?雇い主のお前の方が立場上、お偉いさんになるわけで…お前が俺のご主人様という位置付けでいいのか」
「私が…ですか?いえ、そんなつもりは」
「まさか俺の世話をすることだけが目的じゃないだろう」
「誤解しないでください。私は…ただ、その…」
「お前の望みは何だ?」
グラス越しに桃吾の心が揺らいでいるのを見透かし、目を反らさない俺のやり方に追い詰められて言葉を競る。桃吾を見守る戊之頭の視線が優しい。
「そこまで…考えていなかったので、何も言えません」
「じゃあ1日に3回、俺に好きなことを質問して。答えの中にお前が望むものがみつかるかも知れないだろう。どうだ?やってみないか」
俯きながら顔を赤らめる、桃吾は小さな声で返事をした。
顔がいいから大胆に求めてくる覚悟はしていたが…どうやら俺の思い違いだな。
桃吾は青嵐お付きの奴隷
その類は純真で穏やかな人材が多く存在する。基本軸が「主」争いを好まず、青嵐の為なら厭わない慈しみの精神を宿す逸材しか認められない。身の回りの世話をさせるのであれば、まずは信用と相手の素質が絶対条件というのも頷けるのだが…
自分の為に尽くしてくれる奴隷を大切に愛してやれる博愛を大いに見せつける青嵐のカジュアルさは天賦の才と言われるだけある。桃吾は物理的に可愛い、自分の都合よく従う…そこに疑いしかない。真っ赤に燃える炭の中に顔面を押し付けられるのではないか、そうでなければファラリスの雄牛に閉じ込められて窒息。
なるほど、これが最後の晩餐というわけか。
俺が死んだら…
もう青嵐に会わなくていいことが、唯一絶対の救いだ。
ふんわりとした感触に目を開けると、桃吾が手を離した。
あ、寝落ち――――してた……?
「失礼しました。お疲れのご様子だったので、今夜はこちらで休みますか」
「いいの?ここ借りても」
「はい。室内にも昌宗様の寝室はございますので、ご用の際はいつでもお申し付け下さい」
明日の朝、風呂に入って出勤が間に合えば…
独り言を呟く23時を過ぎた頃、桃吾の指が動き出した。
この癖は気持ちの現われなんだろう、どうした?
「先ほどの質問は、まだ有効ですか」
「ああ、いいよ」
ベッドの上で横になり、頭の下で腕を組む。
「好きな……男性……あ、………ッと……」
「え?最後の方、聞き取れなかった」
「ごめんなさい!こんなの無理だよぉ…」
「わかった。お前がひとつ聞いたら今度は俺が聞くってゆーのは?」
「上手く答えられる自信がありません」
「言いたくなければそれでもいいよ。今、俺に何て言ったの?」
「す、好きな……男性の……タイプは」
クッションを抱きしめて顔を反らす。
「実はタイプって無いんだ。あー女は苦手…桃吾はどんな男が好きなの?」
体制を変えてクッションで顔を隠す、桃吾の仕草に指で悪戯すると喘ぎ声を堪えてされるがままにハァハァしながらベッドカバーを握り答える。
「逞しい体の男性が…す、好き…です」
「俺みたいなもやし論外だな…あはは」
左近寺くらい逞しい人外はアウトだが、理想は玲音のパーフェクトボディ。
スポーツ選手のような発達した部位も興奮するけど、肉体労働で鍛えられた厚みも大概いいよなって談笑。すると…
「花形の男性を、今でも愛していますか」
「ああ、俺が調教師になる目標だから。んーでもなぁ…」
桃吾の潤んだ瞳に目をやると頭をひと撫で、耳から肩の形に手を優しく添わせて唇を薄く開いた先に俺の声はなく想いを込める。
「今夜は、お前で…いいかな」
かつて俺を愛してくれた花形は、何処にもいない。
夢に向かって諦めない気持ちを抱くことで俺自身が救われている。信仰の象徴みたいなものだ。
俺は何も変わってない。
でも出会った頃の俺とは違う。
男に触れるだけでその気にさせる事ができるようになった俺は見た目に腐った果実だが、芳香におびき寄せられる男は皆、食われる覚悟を差し出す。
桃吾の唇は柔らかくて、ああ…血が溜まる。
「お疲れ様です、桃吾様」……さま?
桃吾の実家は一部上場企業の番付に入る大企業の創立者。
奴隷として生活するなんざ金持ちの道楽に過ぎないと思っていたが、さすが青嵐のお膝元と呼ばれるガチ勢。おじいちゃん執事付き黒塗りの高級車に乗った途端、俺の月収を超えるバカラのクリスタルに注がれる黄金が泡立つ。
甘酸っぱい香りをまとわせる桃吾は片手でネクタイを緩めながら、恥ずかしそうに血の気を浮かべ声を潜める。
「どうしよう、こんなに上手くいくなんて…」
桃吾の逸る鼓動が伝わる。
涙で濡れる長い睫毛が羽ばたきロマンチックな雰囲気
静かな空間で一言も発することなくクリスタルの底から上る泡を見つめていた。
車は目黒から白金台の坂を上り国立公園の中へ。管理人のいる小さな建物を通過すると辺りが森で暗くなり、その先に平屋の住宅が見えた。コンクリートの壁に格子を取り入れた和モダンな空間に…真っ赤なソファ…さすが金持ち!
外に家具が置いてある。厚いドアから足を卸して見上げると、住宅の片側はダイナミックな曲線を描いておりカーテンが無いので部屋の見通しが大変宜しい仕上がりになっています。素晴らしい。
「ゆるキャンできそうだな。ここ、国立公園内だろ?」
「表向きには皇室御料地です」
「まさか宮家とか言うなよ」
「ええ、母方が…」
普通に言いやがった。
こんな異世界で華麗なる奴隷生活をするとは。もっと桃吾のことを知ってから了承するべきだったと後悔しながら先に進むと、今夜は星を見ながらバーベキューにしようと言い出す。
「戊之頭。グランピングに昌宗様をご案内して、それから…」
振り返る陰影が美しい後姿に、ああ…王子様って…桃吾のような見目麗しい青年の為にある言葉だと、ため息が漏れる。
豪邸暮らしで何不自由なく育ったであろう桃吾が、人類史上稀にみるペテン師・歌舞伎青嵐の奴隷を志願して今に至るとか実家の親は知っているのか?
まさかじいちゃんにバレたら俺、殺される?
どうせ死ぬなら最後に旨い肉を食って男冥利に尽きたい。
白い大きなテントの中にはソファーやベッドなどの家具が配置されており、ほのかに暖色が灯り風通しが良いせいか心地よい空間に仕上がっている。
これが現代版キャンプ!それも自宅でキャンプ、贅沢だな。
立体型の階段がついたカッティングボードに脂のサシが入ったピンクの肉から赤身まで一式揃えられ、赤々と燃ゆる備長炭の前に立つ桃吾に手招かれる…俺は小さく頷いた。
「昌宗様。お好みの部位はございますか」
「ああ、その呼び方やめてくれる?昌宗でいいよ」
「呼び捨てだなんてとんでもない」
「ここでは主従関係をやめないか。ほら、俺が世話になっている身なわけで」
網の上に肉を置くと芳ばしい煙が立ち上がる。
「私が奴隷以外の関係を望むなど、烏滸がましい」
まるで自分に言い聞かせるように、だけど結んだ唇からあどけなさが漏れる純粋さが可愛くて桃吾を見つめていると恥ずかしそうに顔を反らす。
俺は最高位の眷属という立場で個人とこうして同じ空間を共有する事は皆無。桃吾にしてみれば思いがけない幸運だろう。
何か企みが…あっても無くても、肉がウマ過ぎて落ち着かない。
「これうんっま!」
「ランプです。赤身がお好みですか」
「へぇ…どこの部位なの?」
「お、お尻です」
このタイミングで恥ずかしそうにする、桃吾は間違いなくお仲間。
「お前もこっち来て食べろよ」
「昌宗様のお食事の支度をするのが私の仕事です」
「本来から言えばそうだな。俺は自給を貰ってここにいる。それってさ?雇い主のお前の方が立場上、お偉いさんになるわけで…お前が俺のご主人様という位置付けでいいのか」
「私が…ですか?いえ、そんなつもりは」
「まさか俺の世話をすることだけが目的じゃないだろう」
「誤解しないでください。私は…ただ、その…」
「お前の望みは何だ?」
グラス越しに桃吾の心が揺らいでいるのを見透かし、目を反らさない俺のやり方に追い詰められて言葉を競る。桃吾を見守る戊之頭の視線が優しい。
「そこまで…考えていなかったので、何も言えません」
「じゃあ1日に3回、俺に好きなことを質問して。答えの中にお前が望むものがみつかるかも知れないだろう。どうだ?やってみないか」
俯きながら顔を赤らめる、桃吾は小さな声で返事をした。
顔がいいから大胆に求めてくる覚悟はしていたが…どうやら俺の思い違いだな。
桃吾は青嵐お付きの奴隷
その類は純真で穏やかな人材が多く存在する。基本軸が「主」争いを好まず、青嵐の為なら厭わない慈しみの精神を宿す逸材しか認められない。身の回りの世話をさせるのであれば、まずは信用と相手の素質が絶対条件というのも頷けるのだが…
自分の為に尽くしてくれる奴隷を大切に愛してやれる博愛を大いに見せつける青嵐のカジュアルさは天賦の才と言われるだけある。桃吾は物理的に可愛い、自分の都合よく従う…そこに疑いしかない。真っ赤に燃える炭の中に顔面を押し付けられるのではないか、そうでなければファラリスの雄牛に閉じ込められて窒息。
なるほど、これが最後の晩餐というわけか。
俺が死んだら…
もう青嵐に会わなくていいことが、唯一絶対の救いだ。
ふんわりとした感触に目を開けると、桃吾が手を離した。
あ、寝落ち――――してた……?
「失礼しました。お疲れのご様子だったので、今夜はこちらで休みますか」
「いいの?ここ借りても」
「はい。室内にも昌宗様の寝室はございますので、ご用の際はいつでもお申し付け下さい」
明日の朝、風呂に入って出勤が間に合えば…
独り言を呟く23時を過ぎた頃、桃吾の指が動き出した。
この癖は気持ちの現われなんだろう、どうした?
「先ほどの質問は、まだ有効ですか」
「ああ、いいよ」
ベッドの上で横になり、頭の下で腕を組む。
「好きな……男性……あ、………ッと……」
「え?最後の方、聞き取れなかった」
「ごめんなさい!こんなの無理だよぉ…」
「わかった。お前がひとつ聞いたら今度は俺が聞くってゆーのは?」
「上手く答えられる自信がありません」
「言いたくなければそれでもいいよ。今、俺に何て言ったの?」
「す、好きな……男性の……タイプは」
クッションを抱きしめて顔を反らす。
「実はタイプって無いんだ。あー女は苦手…桃吾はどんな男が好きなの?」
体制を変えてクッションで顔を隠す、桃吾の仕草に指で悪戯すると喘ぎ声を堪えてされるがままにハァハァしながらベッドカバーを握り答える。
「逞しい体の男性が…す、好き…です」
「俺みたいなもやし論外だな…あはは」
左近寺くらい逞しい人外はアウトだが、理想は玲音のパーフェクトボディ。
スポーツ選手のような発達した部位も興奮するけど、肉体労働で鍛えられた厚みも大概いいよなって談笑。すると…
「花形の男性を、今でも愛していますか」
「ああ、俺が調教師になる目標だから。んーでもなぁ…」
桃吾の潤んだ瞳に目をやると頭をひと撫で、耳から肩の形に手を優しく添わせて唇を薄く開いた先に俺の声はなく想いを込める。
「今夜は、お前で…いいかな」
かつて俺を愛してくれた花形は、何処にもいない。
夢に向かって諦めない気持ちを抱くことで俺自身が救われている。信仰の象徴みたいなものだ。
俺は何も変わってない。
でも出会った頃の俺とは違う。
男に触れるだけでその気にさせる事ができるようになった俺は見た目に腐った果実だが、芳香におびき寄せられる男は皆、食われる覚悟を差し出す。
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