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幽韻之志

5/青海波と月の影

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 翌日、データの内容を自分で見て驚いた。


 これは自分…なのか?


 見覚えのある青海波せいがいは柄の着物に規律ある縄を受けた男は足袋の親指に縄を食いこませ、艶やかな姿で仰け反りながら、陰影に彩られる。
 縄目が重視される撮影だと聞いていたが、青嵐が男性モデルの着衣緊縛を行うこと自体珍しいので全体的なシーンが採用された。普段は青嵐がカメラワークに入り込まないが、宛がう手や背景に移り込む画が古典芸能を演出している。
 厳粛でありながら妖艶さを放ち、見る者を魅了にする内容に自分が映し出されているのが、何とも奇妙だ。

 「蝶の緊縛か…」

 動画を見ながら同じように結ぶ、青輝丸の器用さに凝視。
 縄を指に掛けて長さを均等に返しながら、端を捉えて引く手の速さに目がついていかない。一本の縄を使い切った後の結び目が裏返しにされ、繋ぎ目がわからない規律には驚嘆してしまう程だ。青嵐と違う精密さと結び目を手に取りじっくり眺めていると、後手に縄を掛けられ、下手小手縛りで…
 俺の腕に菱模様の蝶が留まる。
 背後に両腕を下に伸ばした状態で拘束を受ける華奢な俺でも、基本的に体が柔軟で節々の骨格が大きい男性的な体つきをしている為、縄をどこで決めるのかを黙視する事ができた。
 もっと肉厚な方が締まるのでは?
 そんな概念も縛る側の立場になれば容易に解る、男の体は掛縄を逃がさない。

 「いい格好だな。童貞とは思えない面構えだ」
 「お前が厭らしい目で見ているからだろ。早く解いてくれ…腕が痺れる」
 「縄抜けを覚えろ」

 高らかに笑い、俺を置き去りにする青輝丸の背中を追うと肩から床に落ちる寸でに奴隷の桃吾とうごが腕を伸ばして抱えてくれた。縄を解けば圧迫による橈骨とうこつ神経麻痺で腕が上がらず、項垂れる俺を黙って見つめる桃吾は命令を待つ。身の回りの世話をする程度・・の奴隷は隷属に話しかけてはいけないのが、ここの環境だ。
 膝を付いて俺の横に手を添える桃吾が唇を開くと、スマホの着信に遮られる。

 
 渚から……?


 画面をタッチしてスピーカーにすると開口一番「口座が凍結された」金の話以外で連絡が来る筈がない間柄。一度ルームシェアをして以来、渚には給与振込先の預金通帳とキャッシュカードをそのまま渡しており、俺の金を好きに使っている。とはいえ給料明細も源泉徴収票も一切不明なので、口座の内容は渚だけが把握している。
 債務整理を疑われたが借金は完済している、だとしたら…
 ――――死んだ……?
 安否確認の一報だと察した所で、腕の痺れが取れてようやく起き上がる。

 「無事ならいい。変わりないのか?」
 「はい。口座はこちらで解除するので後日、連絡します」
 「たまには顔見せろよ。晃汰が心配してる…じゃあな」

 泪町二十四軒の抗争以来、晃汰とは別れたきり一度も会ってない。
 晃汰の父親は青嵐の実兄であり、青の一門を総括する青魄そうはくこと恩人の科戸忠興しなとただおき
 嫡男である晃汰は父親と肉体を共有する寄付者ドナー。先天性の同性愛者でエッチなお仕事で稼ぐ顔も体も抜群なイケメンに「好き」だと言われたら、正気でいられない。
 確かに体の相性は良すぎるくらいだ。
 男性的なチャーミングと優しさを兼ね備える晃汰と一緒に居ると罪悪感に苛まれるほど幸せ過ぎて…冷めた態度で乱れ打ち。




 誰も、信じられない。




 寂しさの境界線から溶けだす感情を閉じるようにして、画面を閉じた。

 「いつまでそこに居るんだ」
 「申し訳ありません」
 「俺なんかと話しているとお前も、殺られるぞ」

 顔を上げた先で、俺を見つめる桃吾の指が迷っている。

 「昌宗様は、なぜ奴隷を使わないのですか」

 なぜ、て…
 自分のことは自分で出来るから。
 身の回りの世話を奴隷にやらせる生活は圧倒的に向いてない。青輝丸あおきまるは都内某所にイオンよりデカい自宅を所持、奴隷は全員男の王国で暮らしている。麗子においては説明できない使用だ。
 野心に努力を重ねてチャンスを掴んでも素質がなければ、青嵐には認められない特殊な世界で誰も味方につけない俺は変わり者。
 隷属という立場でありながら「けじめ」でアナスタシア本店のランカー上位の売上を立て、一般客から本指名されるご主人様。
 あくまでも客に時間を買われた上で働く、ただの・・・従業員。
 風俗は一般の仕事に比べたら高給取りに思えるが、俺は契約社員の扱いで雑費(青嵐のおやつ代)など引いたら手取り2万という激安!とはいえ基本隷属に給料は発生しないので支給される事自体、例外だ。

 「俺の奴隷になりたい奴なんか、いるのか?」
 「私ではいけませんか」
 「何がしたいの」
 「料理が得意です」
 「俺の食費、一ヶ月3000円だけど?」
 「……は?」

 手取り2万の内訳は…
 住み込み勤務で家賃光熱費無し、日用品と通信費の残りが食費3000円。
 500円貯金は青嵐に使い込まれて殺し合いになる。

 「以上だ。何か問題でも」

 絶句する桃吾は取り付く島もない様子で俯くが、諦めないのが奴隷根性。

 「では私が時給をお支払いしますので、一緒に暮らしてください」
 「俺を雇うのか?」
 「そうです。昌宗様の健やかな暮らしをお約束します」

 貢ぎ方はいろいろ
 桃吾はあくまでも雇い主で奴隷契約はしなくてもいいとの事。
 この契約がないと隷属は奴隷を自分のものには出来ない。側近となるコテハン(称・固定の伴侶)として選ばれた奴隷は福利厚生が受けられ様々な保険制度が対象。財産形成から慶弔、災害、子供手当など実は手厚い。結婚して共働きすると特別手当がつくと青嵐が言ってたが…そこまで与える必要は無い…避難所として利用させて貰う。

 「桃吾と同棲するから、ここ出るわ」

 キャリーに荷物を詰め込む。
 どうせ仕事で毎日、事務所と店の往復するし必要なものがあれば買い揃えばいい。あとは青嵐を説得して、華麗なる奴隷生活スタート!なんて…
 順風満々にいく筈もない。青嵐は荷物をしまう傍から先抜いて遠くへ投げる。

 「たまには女の子にしなさい」
 「そんな都合のいい女いねぇーから」
 「男でいいなら私でも…」

 これ以上、余計な口を挟む前にキャリーに青嵐を挟んで上から押しつけると奴隷達が一斉に飛び掛かり、手厚いお手当をしている隙に桃吾を連れて事務所を飛び出す。
 「青嵐様、どうぞご無事で」涙ながらに案ずる一方で繋がれた手を握り、俺達を下まで運ぶエレベーターの扉が開いた瞬間の出来事。
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