俺のご主人様がこんなに優しいわけがない

及川まゆら

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奴隷島

犬のおまわりさん

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 迷子の迷子の仔猫ちゃん
 あなたのおうちは、どこですか?

 荷物をまとめてキャリーを閉める。

 「なんで、言わなかったんだ」俺の質問に晃汰は黙秘する。
 
 言わなかったのではなく
 言えなかった。
 そんな答えを期待していた俺に切り出す、晃汰の家庭の事情は複雑で…
 西の魔女・宇賀神しづ子には娘がふたり。
 晃汰の存在は隠され、幼少期は中国の富裕層に育てられたという。

 「俺は何も持たないで生まれて来たんだよ」
 「どういう意味?」
 「ウチの家系は血が濃いせいか、何らかの能力を持って生れ落ちる。それが親の助けとなり家業を守っているのは知ってるよね?俺は父親が青魄である印以外、何も無かった」
 
 左腕の袖をまくると、見慣れた青い痣が広がる。
 
 蒙古斑もうこはん
 日本人の9割が生まれ持つ痣は臀部でんぶが青くなるケースが多く自然と消えるが、肩や顔にできる異所性は残る。この青い痣は「男子」にしか現れない御青印おしるしと呼ばれ、青嵐は耳の裏から頭皮にかけて翡翠のような痣がある。
 刺青だと持っていたが、あれは…

 「この痣は一生、父の奴隷である証」

 人類で最も稀少な血液型を持つ双子の遺伝子は、男児にしか継承されない。
 西の魔女はそれを悟り、3人目の子供は死産で性別も不明とし、上海に渡った晃汰は3歳である出来事・・・・・に遭遇して日本に戻る。
 世界の震撼させた悲劇の墜落事故の犠牲になった父親を救う為、それまで自分の親だと疑わなかった家族を殺され、不離輦轂ふりれんこくの末に晃汰が見た真実は…
 自分がマフィアの息子で今すぐ内臓を差し出す、上告。
 
 「だから俺は父親が生きる為の道具なんだ」
 
 痣のある男児は「身代り」として生を受け起つ事を約束された、特別な存在。
 金で買えないものは自分で造るしかない。西の魔女の恐ろしさを重く受け止める一方で、晃汰はお気に入りのフレーバーコーヒーをマグカップに注いで微笑む。
 透明感のある…その笑みに大きな糸切り歯、見覚えがあった。青嵐と同じだ。

 「健康で生きてさえいれば何をしてもいい。だから俺は宗派そうはの中で最も自由な存在なんだよ。家業を継がなくていいし、好きな仕事して、好きな人も自分で選べる」
 「だからって身銭で稼がなくても…」
 「でも、男が好きじゃないと晴豪チーハオには出会えなかった」
 「……彼の名前?」
 「日本ではシェンタン…しぇんた…今もネットの中で生きてる彼のこと」

 しぇんた
 亡き彼の名を、晃汰の口から初めて聞いた。

 「俺も、好きな男がいて…」
 「知ってる。噂の番犬でしょう?」
 「じゃあ…俺がレイプされたことも、最初から知ってた…のか」
 「うん。だから普通に出会いたかったんだよ」

 ナンパして、エッチして…確かに一般的な出会いと関係性で今に至るが、それを理想とする晃汰の心情を解らないでもない。色と金の業界で出会えばセックスも仕事、プライベートで関わる理由も無ければ本当の自分を見せることもなかった。
 だって俺は仕事で、笑わない。笑う必要がないから。

 「まぁ身内の話はいいとして…」

 マグカップを置く晃汰はバニラのため息をひとつ、渚について切り出す。

 「ナギは金に目が眩み過ぎ」
 「ああ、金が好きならしゃーないだろ。その件に関しては了承済み」
 「なんでもっと優しくできないのかな?」
 「口座は渡してあるから、裏引きする必要もないだろ。それにあの性格だ」
 「気配りのできる繊細な男なんだけどね。少なくてもあの業界で生き残るための要素は全部揃ってる。皆の頼れる兄貴…の認識…なんだけど金でああもなるのか。何か隠してそう」

 脅されている、とか?
 
 「ナギは察しがいい。多分、昌のことを守りたいんだろうね」
 「そんな義理堅いキャラかよ」
 「目に見える優しさが全てではない、心で感じて…素直に求めたらいいよ」
 「口説いてるの?」
 「行かないで。今夜は俺と一緒にいて…」

 キャリーを遠ざけ、俺の前に立って抱きしめる。
 晃汰は優しい。
 厳しさばかり与えられている俺にとって唯一絶対の逃げ場になってくれる。幸福とは…無縁の俺だが、人は皆これを守るために我慢や苦労をしているんだろうな。
 それに比べて俺は破滅的で、誰からも、理解は得られない想いを秘めている。

 大事なものはふたつと要らない…晃汰。ごめんな。
 
 「もう、行かないと」
 「わかったよ。俺、ずっと待ってるから…また遊びに来てね」

 肩を撫でながら額にキスを、ひとつ。
 とっておきのご褒美だ。
 俺の心と体はきっと基に戻らない。だから今度生まれ変わって、また出会えたら…キレイなうちに晃汰みたいな男と恋をして「普通」の生活を楽しみたいな。少しでもそれを叶えてくれた晃汰に感謝しながら、家を出た。
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