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奴隷島

さぁ踊りましょう

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 「余計なことするな。玲音は、俺が必ず取り返す。お前の指図は受けねぇよ」


 一瞬にして張り詰める空気
 目には見えない圧が俺を目がけて一斉に飛び掛かる刹那に煙が揺らぐ。
 煙管の先で、左近治さこんじの拳が止められた。

 「君が何時でも来れるように、花形は用意させて貰うよ。いいね」
 「…は?勝手にしろ」
 「そんな眼で私を見るな。お前は、私から逃れられない」

 顎の下に指先が差し出され、顔を背けると明るい窓の外に人影…話し声に古い傷のガラスが震える。様子がおかしい。弾かれたように外へ飛び出せば半袖の下から花模様を浮かべる男達が店の前に集まっていた。

 「よう坊ちゃん、おはようございます」

 朝の空気にいつもの異臭はなく、変わりに風呂で会った厳つい男がスパイシーな香水を漂わせ、マッチを擦って煙草の先を燃やす。
 悪寒が指先まで走り抜け、膝が震えた。


 殺され…る…??


 店の中から青魄の手が伸びて「おいで」言葉に続き、雪駄が下がると同時に引き戸が閉められ、窓ガラスが割れる勢いで音を立てる。
 振り返ろうとする俺の目を覆う、冷たい手。
 乾いた音が弾けては人の呻き声に怒号が混じり、暫くすると止んだ。

 「どうやら、お前を探して来たようだ」

 顔のすぐ横で青魄そうはくが囁く。
 手に手を重ねて温もりを剥がすと光刺す世界は…
 ガラスに破裂した血袋が広がり黒く滴る。まるでホラー映画のような凄惨に握った拳を震わせ、奥歯を噛みしめた。

 「状況は…」
 「弐時の方向から狙撃手が一名、たすくが線路を突破」
 「やれやれ、本気で取り返す気だな。左近治、表に出ろ」

 左近治の声を聞いたのはこれが最初で最後。遠くから地響きのような振動が伝わり、見えない外の状況に怯える俺は頼る処を失くして俯くと青魄に受け止められた。

 「これって…抗争…ですよね」
 「ここではよくあることです」
 「青嵐が迷惑かけてすみません。俺からきちんと言って聞かせます」
 「さて、お前の声は届くかな」
 「皆、生きながらにして命を散らす。俺は親を信じています」

 踏みしめる
 足の裏で、ガラスが割れる。
 
 この人を選べば、玲音と一緒になれる。

 与えられた好機を投げるのは愚かなことだろうか?
 俺はこうやって何度も失いながら、お前に辿り着くんだろうな。
 奪ってやると言った限り、
 そうしてやるのが俺の道理だ。
 血溜まりに踏み出して暖簾を潜ると丞が見たことない形状の剣を片手に待っていた。珍しく着衣が乱れている。

 「青の一門の命に懸けて、参る」

 剣を構える。なるほど俺は…敵…というわけか。
 しかし、背後から忍び寄る左近治の登場により事態は一変した。
 この抗争はあくまでも俺争奪戦であり、青魄は身柄を引き渡す気は無い。対する青嵐は執行部の丞を投じて突破口を開き、ここが最期の決戦。
 これは帰っても命の保証は無い…いっそ、寝返るか?
 

 「ようやく御出ましか…殺すなよ。それは私の獲物だ」
 

 頭上から青嵐の声が聞こえた。
 次の瞬間、目の前で激突する丞の剣が左近治の左目を貫き、腕を返す瞬間、剣先を肩の筋肉に突き刺して身を翻しながら地を蹴り上げる遠心力で、左近治の左腕を切り落とした。丞の動作に目が追い付かず、振り返ると店の瓦屋根の上で銃を構える、青嵐が発砲。
 左近治の半身を貫通する銃弾が地面に埋まり、土煙が上がる。
 無残にも切り崩される左近治を庇うように身を挺して飛び込むと、銃弾の雨が俺を反れて線路のフェンスがあばらに破壊された。
 「左近治、さ…」呼び掛けると片手を突く左近治は俺を背で守り、再び銃弾を受ける衝撃に体の一部を吹き飛ばしながら、乾いた唇を開く。
 なに?何か言おうとしてる、でも…今は、嫌だ。
 点滅する赤い光…なぜ左近治が血を流さないのか知ると同時に、首の根掴まれ引き剥がされた。ぐるっと青空を一周する視界。線路の向こう側ではいつものよう始まる朝に、溶けゆく情景が流れて俺の存在は最初から無かったみたいに扱われる。
 
 瓦屋根を蹴って飛び降りる青嵐は…
 
 「ターゲット捕獲」

 口の中に銃の先端を押し込まれ、慟哭が迸る。
 上空を旋回するヘリのプロペラ音が近い。

 「これ、青嵐…やめないか」

 ふらり優雅に現れる青魄に目を剥く丞を言葉で制止させる青嵐は、口に指先を立てると同時に銃を投げ捨てた。
 青嵐の横を通り過ぎて俺の前に立つ、青魄は指先を擦り合わせながら手を開くと鈍色の玉がひとつ出てきて器用に指先と掌で八の字に転がす。自分の顔と青い空が映り込む玉の正体は?
 
 「radioactivity」
 「れ…でぃ…はぁ?」
 「落下の衝撃で半径5キロは吹き飛ぶ。見せてあげようか」

 目の前に突き付けられる現実が本当なのか?
 信じられないでいると鈍色の玉は青魄の手から離れて、重力に従い…




 「焼け野原で、命を乞うがいい」




 誰もが息を飲む刹那
 咄嗟に出した指の間を擦り抜けていく鈍色の玉は地面に接するの間際、丞から差し出された鞘の先を転がりながら、宙に放り出され、弧を描きながら青嵐の手の中へ。

 「これはこれは…RSEじゃないか。どこから盗み出したんだ?事の次第によっては日ノ許にも居られまい、なぁ…忠興ただおき

 言葉の最後に、銃の金具を指で引きながら仕込み刀を下ろすと、何か・・に合図を送りながら、素早く踏み込み青魄の背後を取ると、辺りから数えきれない迷彩服を着た集団が一斉に青魄を包囲する。後手に取られると着物の袂や襟から薄い刃物を連ねた武器や薬瓶が、これでもかというほど押収された。
 帯を解かれ素肌を晒しても、なお…出てくる。
 
 知らないで抱きついたら、死んでた。
  
 上空を旋回するヘリが戻るまでの間、脱剥き身された青魄は袋状の拘束衣を被せられ戦闘機用ARマスクを取り付けられ、スイッチを入れると特殊ガスが送り込まれて倒れた先で、一斉に銃口が向けられる。
 体感は5分、安全が確認された後は四方に2組で持ち込まれた重厚感のある棺に投げ込まれ、重い扉が閉められると何カ所も金具で固定すると、トラックの荷台に収容された。
 骸の上を駆け抜ける部隊は、片腕を落とされた左近治と一部の回収を急ぐ。容疑者の俺はスーツ姿の男から手帳を見せられ、取り調べが始まった。

 どうやら国家機密…に、立ち会ったらしい。
 
 科戸さんこと青魄は、世界数か国から入国禁止されている永久判定の反社会的カルト集団の最高指導者。実際はたった独りで犯行に及び、あの鈍色の玉は某国がひと一人の生涯を賭す年月を掛けて作られた放射性物質で数年前に盗み出されて以降、行方知れずだった青魄が肌身離さず持っていた…え?放射線物質なのに人体に影響ないんですかという疑問は受付けない姿勢だ。
 手錠を掛けられ、線路の向こう側から続々と乗り込んでくる黒塗りベンツに押し込まれると青嵐が覆い被さるようにして一緒に乗り込み、睫毛が触れる距離で囁く。


 「ただいま」そして、キス。


 殺傷能力が濃いめな消毒を施され、俺…死亡…お悔やみ申し上げます。
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