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調教師

朝霧に霞む

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 ドアの向こう側から、物音。
 酔っているのか?それとも…素っ裸に黒い毛皮を羽織った姿で転がり込む。

 「おかえりなさい、ご主人様」

 徹夜明けデカわんこは自律神経のバランスが総崩れで手に負えない。

 「今から、初詣に行こう」

 その格好で?思いつきにも程がある。
 正月の三が日のお参りを初詣というが、今年最初のお参りを初詣というらしい。元旦でも大晦日でも「初」実際は地域で習慣が考え方が異なることを俺に教えながら生着替え開始(卑猥なBGMと照明を想像してください)

 ただし、裸なので着るだけ。

 男の全裸にぶら下がる逸物がバカっぽさを模し出すところ、青嵐はご馳走に魅せる装飾体質。形がくっきりと見てわかる下着の面積は今日も極小だ。


 「鎌倉の鶴岡八幡宮に行こう」

 「そこは安産祈願の名所だろ。何の用事があるんだよ」

 「縁結びの祈願に決まってるじゃないか」

 「アンタも困れば神頼みに走るんだな。余程、切羽詰まってるとみた」

 「勿論、お賽銭も弾みますよ」帯付きの札束にキスする豪傑。


 神をも恐れぬこの男、お賽銭というより寄付する気でいらっしゃる。

 神主を気の毒に思いながら鎌倉に降り立てば意外と礼節を知っているのは年の功か、それとも…まず神主に挨拶して折り菓子を手渡し参拝も丁寧なものだった。
 お参りとは神様への挨拶で、あれこれ願うものではない。
 手を合わせる美しい横顔を凛とさせ、頭を下げる青嵐は…なにを願うのか。
 靴底に砂利を擦らせ階段の先に在る「神頼み」の場所を避けて、顔を伏せる。

 たくさんの願いが結ばれた縄の間に、いつかの自分を見た気がした。
 
 裏切りの果てに宛を無くした
 俺は悔しさと孤独から逃れるために、一枚の絵馬に何も書かず想いを晴らす。
 息が一瞬で氷の粒に変わる…
 凍てついた表情の俺は、俺と目が遭う。
 ゆっくりと視線を外す
 残像の俺と今ここに居る俺は同じ、言の葉を紡ぐ。
 どんなに心を巡らせて
 命を懸けて死ぬ時が来ても
 最後まで、お前を胸に抱いていられるように。俺は俺と、約束した。
 消えゆく俺を隔てるのは、雪にも似た早咲きの白い桜。
 一片、裏返りながら流れるようにして今の俺に辿り着き…
 形を失いながら融ける。
 目覚めるようにして顔を上げる、俺は…笑っていた。


 「天満宮の大神に挨拶の賽銭ひとつ投げない愛想無し」

 「悪いな、百舌勘定もずかんじょうで」

 「お前はここでも招かれざる流浪人るろうにだな。とめき」

 「変な名前で呼ぶな、変態」


 俺の言葉に誰かを探し始める勘違いは何も書かれてない絵馬にうれい笑み首に掛けている白くて長いマフラーを翻しながら、舞い散る雪桜に彩られ耽美一貫。歩く姿はなんとやら。

 小さな鈴を懐に忍ばせる…
 俺のご主人様はため息が出るほど、憎らしい。



 「本当に買うなよ。恥ずかしい」

 「じゃあ、私のこと好きになってくれる?」

 「冗談は顔だけにしろ。帰るぞ」

 

 俺を追いかける青嵐はこの後、小町通りでざらめ煎餅を食べてご満悦。
 人力車に乗ったら最後、格式の高い風情ある旅館に到着して怖々手を取り足を下ろす先で、ご立腹の青輝丸のお待ちかね。

 「テメェら俺の着信無視してデートとは、いい度胸だな」

 引きつる眉を見届けることなく俺を抱きかかえ走り出す青嵐は疾風の如く春の嵐みたいに吹き荒れる。大声で捲し立て追いかけてくる連中から逃げる俺たちの未来は、いつ果てるということなく絶頂に見舞われるだろう。

 ◇

 初夜を夢見る宵闇の、産寝に想い熱く堕ちる。

 朝霧に霞む俺に乞うご期待。
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