俺のご主人様がこんなに優しいわけがない

及川まゆら

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調教師

生贄の初夜

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 シャワーを浴びた青嵐はゴブラン織りの椅子に腰掛け、目の前に立つ俺の腕をゆっくりと腕を撫で下ろす。
 微かに開かれる唇から伝わる音も、薄暗い空間では鮮明に捉えることができて気恥ずかしかった。はだけた胸元から柔らかだけど筋肉の動線を感じられる素肌が晒され、鎖骨にかかる極楽鳥花ストレリチアに似たエクステが青嵐の美しさを鮮やかに奏でる。

 しかし、美人は3日で飽きるもの。

 見慣れてくると深夜のタクシー料金3割り増しの苛立ち相当にしか見えない。
 俺の尻を入念に撫で回す粗悪な指を切り落としてやりたい殺意…何とかならないものだろうか。
 「性感じゃありませんからね」
 顎を傾けて見下す。エッセンシャルオイル配合のローションを手に取ってから指を揃えて、耳の裏から長く末広がりの首筋に反って筋肉の緊張を取り除きながらリンパ腺の循環を…難しいな。
 解毒作用のあるジュニパーの促進効果で老廃物を排出し、年齢を超えた健康で美しい肌に仕上げることが目的。専属の美容部員に教えられた通りにやっても技術の差を自分で感じる、効き目の程は定かじゃない。上から見ていて、気持ち良さそうなのは充分すぎるほど…そりゃもう熱烈歓迎とばかりに局所テントの張り具合が否応なしに伝えてくる。まるで汚いものでも見るような目で、俺はこう言った。
 
 「死ねばいいのに…」

 セクシー極まりない淫ラインの前開きバスローブを無情にも閉鎖。
 次は前にひざまずくような形でかかとを掌に収めて、ゆっくりと湯に浸け脹ら脛を揉みほぐす。目の高さを上げたら鬱陶しいブツが飛んでくるから平然を装い、頭の中でブッ殺す。
 「リップサービスは?」
 「性感ではありません」
 「そんなこと言わないで、ちょっとだけ…痛っ!」
 「お疲れの様ですね。ご主人様」
 水が滴る陶器のような足の甲に、唇を押し当て
 「どうか、お許しを」これが俺にできる精一杯だ。
 再び湯に沈む足の先が水面を突き破り、俺の顔面に飛んできた。

 「泣かぬなら濡らしてやろう、ホトトギス」上手いこと言いやがる。

 薄柔らかな桃花の爪先から俺の頬に滴が伝わり、喉仏から下に落ちて染みに変わる寸劇。
 それは怯えながら身に施しを受ける恐怖。
 失望と落胆を塗り潰せるくらいの悦に入れたら…
 どんなに楽か解らない。
 歯止めが利かないほどに感じることのできる世界に、この男なら容易に誘うことが出来るだろう。俺もできることなら是非とも賜りたいが然し。獲物に狙いを定める…この眼。

 この眼に、理解できない激しさを掻き立てられる。

 卑しくも卓越した妖しい輝きに、俺が魅入られる日は訪れるのか。
 擦れて熱を帯びる動作、口の中が涎で濡れて喉が飲み込もうと生理的に反応する。
 ……ああ、嫌だ。
 自分を犠牲にしてでも上手くやろうとする精神が身につかない。
 だから奉仕は、ひたすらに残酷で蝕まれる対象。
 俺が最も苦手とする科目だ。

 「飲んで?」それができれば苦労はしない。

 鮮度に耐え切れず、吐き出してしまった。苦しい。
 男なら誰しも最後は奧で果てたい欲望があり、この男も漏れなく強制的な動作を好む。突っ込まれる方は抵抗して舌で押し返すこともできず、軌道を塞がれた先で躍動すると反応で飲み込んでしまう仕組み。男が優位に果てる数だけ、喉に性病が感染するケースが後を絶たない理由はこれだ。
 もし、これで…男同士の好意の場合、下処理無しの行為や口内でとか考えるだけで身震い、床に両手を突いて体を支えながら吐き戻す唇に泡立つ液体は身体から離れても糸となって俺を繋ぐ。

 鬱陶しい
 俺の身体から全部、出ていってくれ。
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