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調教師

青の一門

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 それから数日
 
 手付けの他、退院してすぐ金が沸いて出てきたが一切を断る俺のミッションは続く。

 まず、改めて青嵐の身辺調査をした。

 ケツ持ちことアナスタシアの総支配人は青魄そうはく
 事実上、日本SM界の巨匠・黒鬼くろきいづるの後継者に選ばれ、アナスタシアを創業したのは青嵐。幹部の3名が店持ちの収入源だが、右翼派青魄が歌舞伎一門の分家同士が組織化して裏社会を牛耳る仕組みだ。
 青嵐の個人情報は…
 第一執事を筆頭にスケジュール管理のマネージャー、健康管理に基づくトレーナー、食事をコントロールする保険衛生士など生活全般を請負で賄う。更に総勢、数百名を越える奴隷がカースト制度より厳しい戒律を強制されながらも青嵐を神と崇めて奉る。
 「青の一門」と呼ばれる宗教的な現場で執行部・指揮官代理となり幹部に配属された受難はこの役職における困難に打ち勝つこと。
 前任の青輝丸は自分の隷属率いる屈強な雄志と歌舞伎一座を総動員で従職していたが、尋常ではない精神力が無ければ青嵐に取り殺されると噂に名高い汚職。肝心の青嵐は次のようなコメントしている。

 この商売、歌のお兄さんより遙かに制約が多い。
 好きなものも食べられないスポーツも旅行にも行けない。
 盆暮れ正月、勤め上げてもバカンスという楽しみひとつ無い。

 「ああ、私かわいそう」

 完全に現実ガン無視の夢追い人は、エロ本の巻頭カラーをめくった先に現れた袋とじにハサミを入れて慎重に切り開く。嘆きながら見開きのページに視線を送り続ける気の無さ。
 一体どこまでが嘘で本当なのか?
 騙し騙され、裏切りの果てに何があるんだろう。

 「こんな男が日本SM界の国宝といわれる所以が、謎」
 「今、私の悪口が聞こえたような…」
 「聞こえるように言ったんです」
 
 まるで打ち首獄門の返答。

 「性格悪い」そう言って俺に肉まんを渡して底の紙を剥がせと要求。ふざけんな。
 これは、性質どうこうじゃない。
 過保護にするから免疫力も低下して、自分では判断すらできなくなる幼子と大した変わらない状況だ。本来の野生を否定せず粗暴な振る舞いを行わないよう見守ってやるだけで充分なのに、一粒の角砂糖に群がり奪い合う蟻の如く干渉が絶えないのは、渦巻く欲望あってこそ。
 自分に巡る幸運を皆が待ち望んでいる。
 それこそが、歌舞伎青嵐のもつ「性」なのだから。

 ◇
 
 暗闇から現れる
 強大な魔力を秘めた王の姿。
 一足毎に御前では咲き誇る花が妖しとなりて
 最後の謳歌と引き替えに輝きを放ち
 やがて訪れる目映い光を束ね、青き星の尊きに導かれ闇に抱かれる。

 これは舞台の演出
 豪奢な衣装を身にまとった青嵐が裸足で花道を歩く脇で奇抜な美女たちがコンテンポラリーで追いかけながら舞い、強力な光線が青嵐に向かって投射される。転調する音楽に合わせて風が巻き起こると同時に巨大なスクリーンが風船のように膨らみ、様々な模様を払うようにして踊る影が映し出される視覚のトリックを破るようにして始まる。
 最先端の映像技術を取り入れた舞台は、まるでオンラインゲームの戦闘シーンを実写化したような演出に満ちている。

 これが全世界から注目される芸術評価の高い夢のステージ
 NEW YEAR PARTY LIVE

 毎年恒例の開催で多くの著名人や海外で活躍する映画監督や作家、某国皇子のお忍びなど超高層的な芸術を求め各国から集結。
 映像は非公開、メディアの報道も規制されているためリハーサルでさえ道路が封鎖され厳重な警備態勢が敷かれる。
 渋滞の先にある検問をパスで突破して会場入り。
 2階席に案内されるまで、腕時計の針が一周した。
 空気を振るわすサウンド
 ダスト舞い散る異様な熱気に包まれる中、小さな青嵐の姿を見つけた。
 大掛かりな機械の動作確認をしながらペットボトルを傾け指を差せば駆け回るスタッフが見上げながら音響に指示を出す。
 プロさながらの現場だ。
 俺に続いて席に着いた青輝丸が言う。
 「よく覚えておけ、これが成功すれば青嵐は息をつく間もなく1年を過ごす事になる。興行成績は去年を上回り、番付は誰にも止められない」
 特設会場の収容人数は、およそ4万人の見込み。
 2日間累計の動員は10万人超、興行収入は数千億円という計算。
 一発当たるとデカいって本当だな。
 「青嵐が倒れても救急車は呼ぶなよ。ああ、それから…」
 顎の下に宛がった指を話した瞬間
 「キラ様みぃーつけた!」
 青輝丸の背中に飛び込む、金髪のスタイリッシュな美少年(?)に目を奪われた。しかし、青輝丸は最初から動物の襟巻きを付けていたかのような感覚で気に求めず、ひと撫ですれば甘いときめきが漏れる。

 「この子、俺の隷属でたすく
 
 隷属が、隷属を持つことを初めて知った。
 金髪ゆるやかウェーブの前髪をミモザの花のように揺らしフェミニティな香水を漂わせながら気まぐれな妖精のような視線を俺に送る。
 「初めまして。歌舞伎青嵐の隷属見習いです」
 「恥知らずの分際で、僕と僕のキラ様に気安く話しかけないで」
 小悪魔は細身をひるがえしながら青輝丸の膝にあがり愛らしく絡む一方で俺は奥歯が凍るような興醒めに出会す。
 恥知らず。言われてみれば間違いない、けど…
 ここでキスしながら今にも始めそうな小姓如きに言われる筋合いは無い。
 
 帰りの送迎で言葉少なめに、心を伏せる。

 腹が立った分、疲れたのかも知れない。
 窓の外にはナトリウム灯が等間隔で織りなし、ぼうっとしながら目だけで追い続ける俺は自分の汚さを照らし出される気がして心を塞いだ「恥知らずの分際で」言われなくても、すぐに思いだせる。

 ……あの行為。

 襲われ穢され騙される、人生は裏切りの連続だ。
 それなら一度きりの人生を思うが侭に楽しむのも悪くない。
 費やしてきた時間を振り返って後悔したくないから、耐え難い現実をがむしゃらに生きるしかない。
 綺麗な顔と声に生まれついてこなかったことへの嫉妬
 決して消せない傷跡を隠して、沈黙を守ろうとする自分を蔑む。

 到着したのは赤坂の小さな洋館。

 ここはかつての有名ホテルの旧館で数年前に閉鎖されたが、ホテルの株を所有していた青嵐の手に渡り老朽化による耐震構造の改築後、青嵐の住まいとして現代に息づく。
 都市開発が進み現代的な建物が並ぶ外の世界から一変する内装と年式を感じさせる時計や飴色に焼けた木製のドア、飾りグラスからは誰しもの心に残る忘れられた時を思い出すことができる。俺の知らない時代から続くこの館に、青嵐とふたりきり。


 おそらく今夜が峠です。

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