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調教師

落札された奴隷婚

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 新年、あけましておめでとうございます。

 誰からも年賀状が届かない、翌朝改め翌年というのはいつになく非現実的な現実ど真ん中。布団を被って検温したまま二度寝しようと試みるが、物々しい来客に「また始まった」うんざりしながら、肘を突いて身体を起こす。
 「はい、お年玉」
 青輝丸が分厚い茶封筒(業務用)を投げて寄こした。
 何だ?これ…重くて手が沈む。ポチ袋という選択肢はなかったのか?
 まさか身に覚えのない請求書の束では?
 否、賀正記念と称した歌舞伎青嵐の生撮り下ろし100連発(グラビア使用も含む)の可能性も出所によってはあり得る。イチか罰かの大勝負!指先で封筒の口を開くと新札ぎっしり。驚きの余り勢いで茶封筒を投げ捨てると青輝丸がベッドを軋ませ物は相談だと肩を並べてきた。
 「手付けで200。文句は言わせねぇ…」俺の耳元で厭らしいくらいに囁く
 「お前、青嵐の隷属れいぞくになれ」
 最近よく耳にしていた隷属という言葉よりも衝撃を与えたのが手付けの金額。
 AV初出演ギャラ相当の金額だよな。これが相場なのか?
 
 俺の売り人生、200万からスタート。

 「マジねぇーわ、無理」
 「ご指名受けるなんて滅多にないことだぞ。泣いて祝詞のりとを挙げろ」
 「ありがた迷惑にも程がある。なんで、俺が…」
 至近距離で青輝丸と視線がぶつかり言葉の先が続かない。そのまま茶封筒を突き返して、首を振って見せた。
 なんで?このまま給料貰って働く関係じゃだめなのかよ。
 会社員として扱って貰わないと福利厚生が心配だし、何よりも社長の所有物になったら今まで以上の無駄な労力を強いられそう。お先真っ暗だ。
 「いいか、よく聞け」青輝丸の合図で、取り巻きが部屋を出て行った。

 「青嵐は絶滅危惧種の天然記念物だ。代わりは誰にも務まらない。でも自身はそれを微塵も自覚しておらず本質から言えば感受性が非常に強く高次脳機能障害なため突発的な行動を繰り返し、精神が不安定なことから習慣性が身につかない。だから青嵐が制御できない部分を執行するのが、俺ら幹部の仕事だ」

 鬼気迫る表情からこれはただ事ではなないと察して、布団を強く握る。
 「シャドーロールを付けて手綱を引かなければ歩くこともままならない駄馬故に今日からお前が騎乗しろ。これは命令だ」
 「だから、なんで俺が…」
 「お前は青嵐に対する度胸と観察眼が異常…だろ?」
 確かに。嫌いな人には過剰に反応することは否定できない。
 「だからって命を担ぐ為に金で買われるなんて…」首を横に振る。
 「ケツ持ちからの案件だ。お前からいい返事貰えなかったら俺が殺される」
 この言い分を躊躇ためらう余地は無かった。
 俺の保護観察を引き受ける青輝丸に、恩を仇で返すわけにはいかないからだ。
 「隷属になる条件は?」
 「青嵐に抱かれろ」
 俺の頭の中でヴァイオリンの吊り上がるような音が鳴り響き、一瞬にして大輪のバラが散るあのシーンを我が身に置き換えろと。なるほど。
 思えば俺は…突然出会った社長に便所で抱きつかれ、その後もファーストキスを奪われた。惚れた男を失い、肉体の門も無事に通過したことだし、俺にはもう失うものはない…と、思われているんだろう。
 随分と舐められたものだ。


 俺まだ D T だぞ。


 女としたこともないのに、男と…
 それも鬼才SM調教師・歌舞伎青嵐に操を捧げるなんて終身刑ですか?

 「あ、あのさ…やらない方向で、何とかお願いします」
 「男だったら自分と決別してでも事なきを得ろ」
 「敵と寝ろって戦国時代の姫か、俺は!」
 「信じてみろよ。地獄にだって神はいる。今が苦しいからこそ輝く未来があると俺に教えてくれたのは誰でもない、青嵐だ」

 なに言ってるのか全然わかんねぇ…

 どうすれば、そんな都合いい相手に思えるのか?
 俺が納得できる答えをくれそうにない狂信的な青輝丸の瞳に圧してやられる。
 「お前の代わりに俺が死ぬ。それでいいだろ」
 唇を噛む。俺を見下ろす青輝丸は、まるで未知との遭遇に運悪く出会したような複雑な表情を浮かべていた。言い換えれば軽蔑視というか…失敬な。
 別に信じたわけじゃない。
 ただ、蕎麦をご馳走してくれた青嵐を思い出すと、真実が何処にあるのか知りたくなっただけ。
 好奇心と期待は1/2の純情を秘める。
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