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八漢地獄

怪奇、血の滴る地獄の七丁目/2,処刑所

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 「休憩入ります」スタッフの合図に、社長の上着を持って立ち上がる。

 白夜の照明から解放される社長に一度挨拶してから道具を受け取り、飲み物を差し出す。社長が足を置く先に障害物が無いか確認しながら、自分が前に出ないよう歩幅を合わせるのは難しい。最初よく叱り飛ばされたけどこの頃やっと歩幅とふいに止まる癖が掴めてきた。
 これも新造の仕事のひとつで、親方お付きで世話をして要領を知ること。
 コマと呼ばれる直属の側近からは「判断が遅い」どやされ蹴たぐられ学習する俺をひたむきだと言う者もいれば、仕事のミスを誘うような嫌がらせ、あるいは物理的な攻撃を仕掛けてくるもいる。
 「随分と薄着だが、風邪をひかないように」
 「ありがとうございます。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
 黒塗りのベンツに乗り込む社長を見送る俺はTシャツ一枚にジーンズという格好で寒空の前腕を擦り合わせながらその場で駆け足をする。
 ボア付きフードジャケットは異臭を放つ汚物にまみれ、賄い弁当は内蔵が飛び出してる動物の死体が入ってた。輪ゴムで止められているプラスチック製のフタは不自然に曲がり丁寧な挨拶状を眺める。


 「 死 ね 」月並み過ぎて、リアクションできません。


 小さな命を粗末にしやがって…
 どうせ俺のこと
 「マネージャー付きの秘蔵っこ」と陰口叩く連中の仕業だろう。
 花形は全ての新造に与えられ、世話をするわけではない。親に将来を見込まれたエース特級のみ修練の助けを受けられる特別待遇。そして花形は奉仕者である新造が命を落とせば罷免ひめんに次いで破門という厳しい戒律の基、元締めにあたる親方・歌舞伎青嵐から俺を預かる新人花形・玲音の苦悩は尽きることはない。
 俺にできることは、玲音に恥をかかせないこと。
 親へ忠誠を誓い、周囲に見せつけ俺自身が認められること。
 俺に対する嫌がらせが深刻を極める理由はあの男、歌舞伎青嵐が強大なスター性を持っているからこそ。自分の親は素晴らしい人物だと讃えるべくこれは試練なのだと他人から拳を振るわれる度に身体と心に、何度となく刻みつける。
 肉体に積み重ねられる痛みは怒りを募らせ、睨み返せば今度は金属製の刃先が顔を通り過ぎ、唇の端から鉄の味がする赤い糸を手繰り寄せた。
 誰も躊躇わず、止むことのない屈辱を浴びせられる俺の意識は次第に遠退き、頭から脱力。
 破れた襟首を乱暴に掴まれ、地に足が付かない浮遊感と背中に硬い何かが押しつけられる感覚に潰されて、目覚めれば空を仰いでいた。
 視界の先は上に向かって規律しながら折れ曲がる非常階段と煙草を吸ってる男達。
 その手から離れた煙草が目の前を回転しながら近づき、俺の頬に落ちると火種を散らし下へ落ちていった。すぐさま尋常ではない熱による痛みから逃れようと頭を振れば濡れた髪が重力に従っていることに気がつく。

 首に巻かれたベルトが命綱
 男が手を離せば真っ逆さまという格好だ。

 一度、手前に強く引かれたベルトが緩むと後頭部に鋭い痛みが走り、胸の奥から悪寒が込み上げる。
 ベルトを掴み、抗うと顔面を強打。
 顔が左に飛ぶ勢いで…
 薄笑いを浮かべながら、男は…掌を広げて見せた。
 使い古した穴の開いたベルトの端が、宙をひるがえす。
 拠り所を失くした脱力と、火傷した頬をかすめる空気の摩擦。
 何も掴む所を見つけられないまま、鳩尾の下に独特な違和感を覚える俺は悲鳴すら絞り出せず、頭を下に向けて暗い底へと落ちていった。

 俺の死を祝福する高笑いが響く
 まるで堕天…誰か、誰か助けてくれ。嫌だ。


 生と死の狭間で叫ぶ




 迷わず、玲音を呼んだ。




 目から溢れる涙と逆上する自分の汚れた手が小さくなる男達を掴む。ああ、無情。
 背中に激しい衝撃を受けると首が折れ曲がり、続いて手足がバラバラに落ちて叩きつけられる。腹から押し上げられる吐き気が逆に戻る衝撃を堪えようと背中を丸めた時、懐かしいあの香りに目覚めた俺は奇跡のような再会を果たす。

 俺を呼び戻す声
 見覚えのある銀の指輪

 全部で…俺のこと受け止めてくれた、俺の花形。玲音。

 埃まみれの涙を流し、関節を軋ませながら触れようとした指ごと真上から粉砕される。
 お腹と背中がくっつくぞ?
 まさしくその勢いで腹部を踏みにじられてあえなく嘔吐。
 地面に転がりながら見上げた先には…
 ご存じ、歌舞伎青嵐が睨みを利かす。
 「何て様だ。口から糞吹いてないで、さっさと起きろ」
 「本気で死ぬ。こん…っの変態三白眼」
 「御足頂き大変嬉しゅう御座います青嵐様…だろ。あぁ?」
 「だ…っから蹴るなって」至近距離で睨み合い、首にぶら下がる。
 まるで月光ソワレなご主人様と下郎の大乱闘。
 そして、俺だけ取り押さえられフルボッコ。重傷からの重体。
 玲音が人を掻き分け立ち入るが然し、怒り心頭の俺は地面を這い上から押さえつけられた姿勢のまま絶叫。

 「お前なんか殺してやる」最後まで言えないよう口を塞がれた。
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