【R18】青色はぐれ星

及川まゆら

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昂る縹の熱情

第26話 軽重を問う

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 寮生の先輩と付き合いがあり、サークルで集まって飲み会。
 そんな内容だったと思う。
 結斗から買ってきたお酒を受け取って、大部屋のドアを開けるな否や「ごめん……まゆ、あと頼むわ」手を合わせて謝る、結斗は「悪く思うなよ」顔を背けてドアを閉めた。
 すぐにわかった。
 私、売られたんだ──
 追いかけるようにしてドアを開けようとしても、外から誰か押さえてて、背後から酔って足元がおぼつかない男が壁にぶつかりながら絡んで来た。


 ――――― この匂い。


 微かに甘い香りを含んだ息に、違和感。

 タンクトップ姿の男が4~5人密集する室内を曇らせる紙煙草の正体は大麻マリファナ
 ベッドの上には見覚えのある黄色の錠剤、あれは合法ドラッグ。
 使った事はないけど、決めてる男を何人か相手にした経験はある。
 結斗がこんな奴らとつるんでいたなんて……ショックで、震えが止まらない。


 ここにいる全員に、私──輪姦まわされる。


 それがお似合いだと?
 まさか……言いかけて、すぐに諦めた。
 私にこんな酷い仕打ちをして、唯で済むと思うなよ。
 頭のスイッチが切り替わり、男達がしゃがむ輪の中に飛び込んで薬を吟味「あ、これこれ~」わざと舌を伸ばして薬を落とす。飲み込んだ振りをして吐き出して、手の中に隠す。それからビニール袋の中を手を突っ込み、冷えた缶ビールを取り出し軽快に配っている最中に私は「誰が」ここを仕切っているのか? 見分けていた。
 後ろから抱きつかれ、脱がされる。
 目配せしながら、行為を進めるのには理由があった。
 ドアが開く物音に続いて薄い雪駄の底を擦りながら、片方だけゆるいロングのウェーブに頭半分バリカン入れた二重瞼の沈みが 尋 常 ではない、男が部屋に入って来た。

 間違いない、この男が『ボス』だ。

 暗がりでも明るいオレンジカラーの髪色。
 どっかで見た事ある、院生か?
 チャラついてるけど私より遥かに年上の男は、気分で、そこら中いいだけ殴り倒し、煙草に火をつける頃には部屋の電気が消されて、ふたりきりになった。

「どうも、小田桐くんだっけ」
「なんで僕の名前知ってるんですか」
「質問にだけ答えてね。君、今から殺されるか、身代りに誰か呼ぶかして」
「誰でもいいの?」
「うん。女だったら最低100人、男はIQ120以上」

 殺る気満々な数字に断りを入れたら、睨み合い。
 立ち上がってベルトを外すと、薬物のせいか虚ろに死んだ眼で私を見上げて、しゃがむと歯並びの悪い口を開けたまま、少し遅れて眼で追う。
 決まってんなぁ……でもこの男から甘い香りはしない。病んでるな。

「刺青だらけ」
「惚れた男にやられました」
「なんで脱いだの」
「相手してくれるんじゃないの? 今、自分で言ってましたよね」
「あーねぇ……」

 私の上に倒れるようにして首筋に戯れる。
 ここまで誘い込めば、後は──
 脚の内側に固いものが当たって、刃物を所持していると気付く。チッ、めんどくせぇーな。3手先まで読んで掛からないと上から刺されたら一巻の終わりだ。
 犯されている前提で声を潜め、暗闇の中で「男同士」の行為を物見遊山で覗き込む連中に見せつける。
 あの中に結斗がいる。
 そこで見てろ、お前のせいで私の体が張り裂ける様を。
 


 「あ、イキそ……なに、お前の……ああ、あ……あ……はぁ、はぁ……」


 
 呆気ない終わりだった。
 股から伸びるゴムの中に絞り出した白濁を溜めて、咳き込みながら、後ろにひっくり返る。
 男の前髪をそっと直しながら隣で肌を寄せると
「もういいよ」離れると汗はすぐに冷えて、温もりを損ねる前にシャツを着る私は拳の中に興奮を閉じ込めて、次の一手を打つ。ここから逃げる為に一番弱い奴を犠牲にする。今の私に同情の目を向けつつボスに服従できない正義感の強い雑魚は、自ら私に声をかけて来て、寮の外まで連れ出してくれた。
「いいの、こんなことして」
「何とかなるって。もうここには来るなよ」
「でも、それじゃそっちが……」
 声に気が付いて返事をする男の良心に背中を押され、裸足で走り出す。
 今頃になって震えが止まらない。
 怖かった。
 本当に、怖くて……やだ、笑いが止まらない。



「龍二、草みつけたよ。官僚の大久保栄一郎の息子で、間違いない」



 電話の相手は夜中に叩き起こされたにも関わらず、私を迎えに飛んで来た。
 男の名前は松本龍二。
 初めて会ったのがラブホテルで、色と金の関係。
 よくある男遊びのつもりだったが、終わった後スーツの近くに投げ捨てられた社員証を見た私は血の気が引いた。
「公安……て、書いてるけど。ガサ?」
 これが本物とは限らない。偽装だと頭を切り替えても、振り返った龍二の眼光は余りにも鋭くて、すぐさま算段を付ける、切り返しも、お見通し。
 職業・公安警察。
 新興宗教や学生運動など法律に違反し、国を脅かす動きをみつけて逮捕する通称「秘密警察」と呼ばれる組織の一員。現在、潜入捜査中だけど、ムラムラしちゃって私とエッチする、何とも間抜けな男だ。
 情報収集は仕事のひとつ。
 一般人の私が遭遇する紐の端なんか既に情報として押さえている事が主、だけど今回は大当たりのレアケース。警察に被害届を出すより、龍二に知らせた方が「正義」の名の元、彼らを社会的に抹殺できる。

 幾つか審問された中で、結斗の名前と個人情報を渡した。
 
 そして、情報提供のご褒美として──
 龍二に抱かれた。
 
 事が成立するまで、結斗は学校に姿を見せることは一度もなかった。
 一網打尽にされる寮生と、運び出される押収品の数々。
 もちろん大学にも手が入り、テレビに映し出される画面に歓声が上がる。学生達はパニックになる一方で、僅かな情報にも喜んで飛びつき、話半分で拡散して大混乱。
 私が被害者である事は伏せられ、学生食堂の窓際でコーヒーを飲んでいると結斗から着信を受けた。

「はい……小田桐です」
「まゆ、やばい。警察が家に来た」
「学校も騒ぎになってるよ」
「そっか。、誰かに話した?」
「人に言えるような事じゃないでしょう」
「今から会えない? もう、まゆに会えない気がして……」
「それは自分の胸に聞いてみて。じゃあね」

 電話を切った後、イヤホンを外す龍二は酸味のあるコーヒーを眉をしかめ「俺は人じゃないのか?」伸ばしっぱなし、白髪交じりの髭をひと撫で、席を立つ。
 この後、結斗は自主退学をした。
 逮捕されたと噂になっていたけど、真相なんか知らなくていい。
 大学に平和が戻るまで、マスコミに協力的な女達は口を揃えてこう言う。


「やりまくったホモが薬やって捕まった。名前は……」


 人の記憶に残ることなんか、するもんじゃない。
 こうして、誰もが経験するであろう「ひと夏の思いで」は、甘い煙のように消えていった。
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