もうすぐ死ぬから、ビッチと思われても兄の恋人に抱いてもらいたい

カミヤルイ

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そうだ、ビッチのふりをして抱いてもらおう③

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 ……俺の手で、感じてくれてる?

「……っ真生、やめるんだ!」
「あっ」

 けれど、とうとう両肩を掴まれ、引き剥がされた。

「どうしてこんな。……もう帰るよ」

 郁実君はベッドを降り、顔を歪ませたまま背を向けてしまう。

 いやだ、行かないで......! 死ぬ前に一度だけでも抱いてよ……!

「って……待って、郁、うっ……ぐぅっ、ゲホゲホッ」

 なんとか引き止めようとベッドから足を降ろした途端、激しい窒息感と、急激な体温上昇を感じた。
 こらえきれずに服の裾から手を入れて胸の痣を掻きむしり、咳をする。

「あぐっ、ごほっ、ごほっ……!」

 肌からはらはらとチューリップの花びらが落ちた。
 黄色だけじゃない。血の色のような赤の花びらも混ざっている。

 ……どうしてこんな色に。俺はもう、末期なのか。

「真生!?」

 郁実君はドアに手をかけて出ていこうとしていたものの、落ちた花びらに気づいてすぐに戻ってきてくれた。
 酷く驚いている様子でありながらも、感染の可能性を厭うこともなく、しゃがみこんだ俺の肩を抱いて背をさすってくれる。

 郁実君の手、気持ちいい……咳が収まってくる。

「まさか、真生花影病なのか? 病気を患うほどの辛い恋を誰にしてるんだ……相手は男なのか? だから叶わないと思って、いろんな男と経験してるのか?」

 最初はチューリップの花びらを凝視して、独り言のように呟いていた郁実君の声に怒りの音色が付帯してくる。そして、咎めるかのように俺の腕を強く掴んだ。

 真生:も|ってどういうこと? それより、どうして……どうしてそんな険しい顔で怒っているの……? 

「……違う、違うよ……」

 花びらを目の前で落としたこの状況で、自分が片恋の相手だと気づいてくれない。
 ビッチだと思って楽に考えてくれたらいいと演じたけれど、流されてもくれずに批難の視線と声を浴びせてくる。

 どうしてだよ。どうして俺は悠生みたいにうまくいかないの? どうして、なにひとつ叶わないの?

 このまま死にたくない……!

「郁実君が、好きだからだよ……! ずっとずっと好きだったのに、本当に好きだったのに、気持ちさえ伝えられえずに振られた。悠生と郁実君が付き合い始めて何度も諦めようと思ったよ! でも思いは募るばかりで、黄色いチューリップの花びらを落とすまでになってしまった。苦しいんだよ! すごく辛い! だから、だからせめて最後の思い出に抱いてよ……挿れてくれなくてもいい、俺が満足するまで、ただ抱きしめてくれるだけでもいい、お願」

 どんっ。

 最後まで懇願する前に、体当たりされるみたいに郁実君の身体がぶつかった。

「え……?」

 俺、今、抱きしめられてる? 郁実君がぎゅう、ってしてくれてる?

「……俺のこと、かわいそうに思ったの? だから抱きしめてくれるの?」

 ずっと我慢していた涙が溢れる。郁実君の上着に涙の染みができた。

「……好きだ、真生」
「郁実、君……?」
「俺も、真生が好きだったよ? 幼い頃俺のあとを付いてきた小さな子の笑顔を、ずっと忘れられなかった。再会したとき、その理由に気づいた。今まで誰にも心を動かされなかったのは、真生に会いたかったからだって実感した。子どもの頃も、大人になってからも、真生と過ごす時間は特別なものだった」
「じゃあ、どうして……」

 抱きしめられて愛の告白を受けている。とてもとても嬉しくて、胸が熱くて涙が止めどなく流れてくるけれど、郁実君は悠生と付き合っている。

 郁実君は俺を抱きしめる腕を少し緩め、顔が向き合うように座り直した。

「悠生が……真生が俺の気持ちに気づいていて、怖がってるって……」
「え!? どういうこと?」
「試験が終わった直後くらいに、お疲れ様と言いたくてスマートフォンを手にしたら、悠生から試験終了の報告の電話があったんだ。そこでそんな話が出て……真生は同性の恋愛に対して嫌悪感が強いから、‘‘勘違いかもしれないけど、郁実君に変な目で見られてる気がして気持ち悪い。どうしよう‘‘って相談されたって」
「俺はそんなこと一言も……! そんな素振りも見せてないよね? どうして信じてしまったの?」
「好きな子の兄弟が真剣な声で切々と訴えてくるんだ。信じずにいられなかった。それに、指導の最後の方は、真生も俺を避けているように感じたんだ」

 あ……。俺、郁実君を好きなあまりに逆に避けるような態度を取っていたから……。最後の方は特に「受かったらもっと近づけるかも」なんて期待しすぎて顔に表れそうで、目も合わせられなくて。

 俺がそう打ち開けると、誤解は解けたものの、悠生がどうしてそんな嘘をついたか、という話になった。

 郁実君は俺に下着を着けさせると、ジーンズは履かせて整えてくれた。
 二人でベッドのへりに並んで座る。

「悠生は本当に真生を心配している様子で……でも俺は真生を好きだから、兄のようでも友人でもいいからそばにいたいと思ったんだ。それで思い切って、合格したら一緒に出かけないか、と誘った。真生はすぐに笑顔で頷いてくれてホッとしたよ。距離感を保てばこれからも会えるかもって。でも合格発表の日に、悠生が俺のマンションまでやって来たんだ」

 とても切羽詰まった様子で、泣きながら来たらしい。郁実君は悠生が不合格だったのかと、慰めるべきだと思って近くのカフェに連れて行ったそうだ。

 家に入れなかったことに、郁実君の実直さを感じてホッとする。

「そうしたら……。…真生、君は知ってるんだよね? 悠生も」

 郁実君の表情が一段と真剣になり、俺に問いかけたそのときだった。
 
「なんで二人でいるの!?」

 ドアが開き、帰ってきた悠生が険しい顔つきでそこにいた。
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