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七夕オメガバース
⑥
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「……ヒートが収まらなくて、用意していたゴムが足りなくなったんだ。それで、買いに行こうとしたんだけど……」
奏多はその先を言いにくそうにしていたが、透生が教えてと頼むと、整えるように小さく息を吐いた。
「自我が飛んでいる透生がしてくれることに、俺は抗えなくて……その、ゴムを付けないでしてしまったんだ」
「えっ……!」
オブラートに包んで言ってくれるが、おそらく透生が奏多を離さず、彼を押し倒して自ら猛りを孔内に挿入したのだろう。
ヒート最盛期のオメガとはそういうものだが、自分の痴態を想像してなにも言えなくなる。
「駄目だってわかってるのに動くのを止められなくて、その後も何度も求められるまま中に出してしまった。夜が明けて目が覚めて正気に戻ったとき、もし妊娠させていたらただでさえベータで学生の俺に、責任が取れるのかって怖くなったんだ。それなのに俺にありがとう、ごめんねってヒート明けに言ってくれる透生に正直に話すことができなくて……最低だ」
自分は恥ずかしいほど子供だったと話す。Ωの妖艶さと自分の欲に抗えず、事後すぐに避妊の後処理を施すことも浮かばないほど透生の体に溺れていたと。
「でも信じてくれ。もし妊娠していても逃げるつもりはなかった。透生にまた苦痛を追わせることになるけど、堕ろさずに二人で育てるんだって思ってた……だから、妊娠の有無がわかるまで体に負担をかけたくなくて、セックスに積極的になれなかった」
けれどやはり子供の考え方だった。透生を幸せにする自信がないのに、妊娠していたら産んでほしいなんて、矛盾だらけだった、と頭を下げる。
透生はただただ驚くばかりだ。
「……そう、だったんだね……でも奏多は真面目すぎるから、僕が不安にならないように全部一人でしょいこんでくれていたんだよね?」
「そんな聞こえのいいものじゃない」
「ううん。僕にはわかる。奏多は逃げる人じゃない。いつも僕を優先して大事にしてくれた」
そういう人だから、好きになったのだ。
「それなのに、僕こそ聞き勘違いでショックを受けて、奏多を信じなかった。ちゃんと話せばすぐにわかったのに、僕こそ子供だった。ごめんね」
涙が伝う。奏多がそれを拭ってくれる。奏を挟んでそっと唇を合わせた。
「ぼくも、ぼくも!」
奏が透生の頬に、そして奏多の頬にキスをする。最後は二人で奏のぷくぷくほっぺにキスをした。
キャッキャと高い声で笑う奏がかわいい。奏多も同じ笑顔で奏の頭を撫でた。
「透生が行方不明になったとき、直感で妊娠していると思った。だから探すのと並行して、透生と子供と家族になる準備もしていたんだ。ここでの生活は大事だと思う。でも、俺と一緒に東京に帰ってくれないか」
奏多の表情が誠実さを表したものに戻る。
「でも……奏多のご両親は賛成していないんでしょう?」
「大丈夫。俺がどれだけ透生を求めているかこの五年でわかってる。探し当てられたら結婚を認めるから、必死で探せとまで言ってくれている」
「そうなんだ……」
嬉しくて他に言葉が出ない。
「あの頃は子供だったけど、俺も大人になった。アルファ性に比べたら足りないところだらけだけど、透生と息子を守る力を付けてきたつもりだ」
「奏多。奏多は誰とも比べられない。僕と奏にとっては唯一の人だよ」
「……じゃあ」
「うん」
迷うことはない。透生は奏多に付いていくと即断する。
だって、ずっと一緒にいたいと、あの頃から思っていたのだ。
奏多の片手を掬い上げる。そこには「ずっと一緒にいられますように」と書かれた短冊がある。色あせているが、握り潰されたのをきれいに伸ばして、丁寧に折り畳んである。
「これ、たんざく?」
気づいた奏が奏多の手から短冊を取る。
「そうだよ。パパとママがまた出会うためのお守りだったんだ」
「たなばたさま、おねがいきいてくれたね! ぼくのおねがいもきいてくれた!」
「ん? 奏のお願い?」
奏多が首を傾げる。透生はふふ、と微笑んで教えてやる。
「奏ね、パパができますように、って書いたんだ」
「書いたんだよ!」
奏多が泣きそうになる。いや、泣いている。瞳が星空のようにきらきらと光った。
「そうか……本当に遅くなってごめん。透生、奏を産んで、ここまで育ててくれてありがとう。奏、生まれてきてくれてありがとう。パパを待っていてくれてありがとう」
夜空の瞳から涙が一筋流れる。奏多はそれを拭いもせず、目尻に皺を作った。
「透生、俺と結婚してください。そして、透生と奏。俺と家族になってください」
「はい……!」
「はーい!」
また三人で抱きしめ合う。
その後すぐに透生の祖父を訪れて挨拶し、翌日改めて結婚の許しを請いに奏多が訪れた。
祖父は初めは怒っていたが、過去からの誤解や奏多の覚悟を聞いて、祝福してくれた。
そしてそこからさらに数日後。
身辺の整理を終えた透生を奏多が迎えに来てくれた。
奇しくも七夕の日で、空港では笹が飾られ短冊が置いてある。
「ぱぱとままがずっと一緒にいられますように」
奏が自分の短冊にそう書いてくれる。
だから透生と奏多はこう書いた。
「奏がすくすくと育ち、将来素敵な人と出会えますように」
本当は奏ともずっと一緒にいたいんだけどなぁ、と苦笑する奏多。
その表情が「父親」そのもので、透生は微笑ましく奏多を見つめた。
オメガ性とベータ性の夫夫には第二性由縁の困難が消えたわけではない。
けれど、透生を諦めずにいてくれた奏多となら、必ず乗り越えて行ける。
奏多が奏を抱き上げ、二枚の短冊を一緒に笹に結ぶのを見ながら、透生はそう確信していた。
HAPPY END
奏多はその先を言いにくそうにしていたが、透生が教えてと頼むと、整えるように小さく息を吐いた。
「自我が飛んでいる透生がしてくれることに、俺は抗えなくて……その、ゴムを付けないでしてしまったんだ」
「えっ……!」
オブラートに包んで言ってくれるが、おそらく透生が奏多を離さず、彼を押し倒して自ら猛りを孔内に挿入したのだろう。
ヒート最盛期のオメガとはそういうものだが、自分の痴態を想像してなにも言えなくなる。
「駄目だってわかってるのに動くのを止められなくて、その後も何度も求められるまま中に出してしまった。夜が明けて目が覚めて正気に戻ったとき、もし妊娠させていたらただでさえベータで学生の俺に、責任が取れるのかって怖くなったんだ。それなのに俺にありがとう、ごめんねってヒート明けに言ってくれる透生に正直に話すことができなくて……最低だ」
自分は恥ずかしいほど子供だったと話す。Ωの妖艶さと自分の欲に抗えず、事後すぐに避妊の後処理を施すことも浮かばないほど透生の体に溺れていたと。
「でも信じてくれ。もし妊娠していても逃げるつもりはなかった。透生にまた苦痛を追わせることになるけど、堕ろさずに二人で育てるんだって思ってた……だから、妊娠の有無がわかるまで体に負担をかけたくなくて、セックスに積極的になれなかった」
けれどやはり子供の考え方だった。透生を幸せにする自信がないのに、妊娠していたら産んでほしいなんて、矛盾だらけだった、と頭を下げる。
透生はただただ驚くばかりだ。
「……そう、だったんだね……でも奏多は真面目すぎるから、僕が不安にならないように全部一人でしょいこんでくれていたんだよね?」
「そんな聞こえのいいものじゃない」
「ううん。僕にはわかる。奏多は逃げる人じゃない。いつも僕を優先して大事にしてくれた」
そういう人だから、好きになったのだ。
「それなのに、僕こそ聞き勘違いでショックを受けて、奏多を信じなかった。ちゃんと話せばすぐにわかったのに、僕こそ子供だった。ごめんね」
涙が伝う。奏多がそれを拭ってくれる。奏を挟んでそっと唇を合わせた。
「ぼくも、ぼくも!」
奏が透生の頬に、そして奏多の頬にキスをする。最後は二人で奏のぷくぷくほっぺにキスをした。
キャッキャと高い声で笑う奏がかわいい。奏多も同じ笑顔で奏の頭を撫でた。
「透生が行方不明になったとき、直感で妊娠していると思った。だから探すのと並行して、透生と子供と家族になる準備もしていたんだ。ここでの生活は大事だと思う。でも、俺と一緒に東京に帰ってくれないか」
奏多の表情が誠実さを表したものに戻る。
「でも……奏多のご両親は賛成していないんでしょう?」
「大丈夫。俺がどれだけ透生を求めているかこの五年でわかってる。探し当てられたら結婚を認めるから、必死で探せとまで言ってくれている」
「そうなんだ……」
嬉しくて他に言葉が出ない。
「あの頃は子供だったけど、俺も大人になった。アルファ性に比べたら足りないところだらけだけど、透生と息子を守る力を付けてきたつもりだ」
「奏多。奏多は誰とも比べられない。僕と奏にとっては唯一の人だよ」
「……じゃあ」
「うん」
迷うことはない。透生は奏多に付いていくと即断する。
だって、ずっと一緒にいたいと、あの頃から思っていたのだ。
奏多の片手を掬い上げる。そこには「ずっと一緒にいられますように」と書かれた短冊がある。色あせているが、握り潰されたのをきれいに伸ばして、丁寧に折り畳んである。
「これ、たんざく?」
気づいた奏が奏多の手から短冊を取る。
「そうだよ。パパとママがまた出会うためのお守りだったんだ」
「たなばたさま、おねがいきいてくれたね! ぼくのおねがいもきいてくれた!」
「ん? 奏のお願い?」
奏多が首を傾げる。透生はふふ、と微笑んで教えてやる。
「奏ね、パパができますように、って書いたんだ」
「書いたんだよ!」
奏多が泣きそうになる。いや、泣いている。瞳が星空のようにきらきらと光った。
「そうか……本当に遅くなってごめん。透生、奏を産んで、ここまで育ててくれてありがとう。奏、生まれてきてくれてありがとう。パパを待っていてくれてありがとう」
夜空の瞳から涙が一筋流れる。奏多はそれを拭いもせず、目尻に皺を作った。
「透生、俺と結婚してください。そして、透生と奏。俺と家族になってください」
「はい……!」
「はーい!」
また三人で抱きしめ合う。
その後すぐに透生の祖父を訪れて挨拶し、翌日改めて結婚の許しを請いに奏多が訪れた。
祖父は初めは怒っていたが、過去からの誤解や奏多の覚悟を聞いて、祝福してくれた。
そしてそこからさらに数日後。
身辺の整理を終えた透生を奏多が迎えに来てくれた。
奇しくも七夕の日で、空港では笹が飾られ短冊が置いてある。
「ぱぱとままがずっと一緒にいられますように」
奏が自分の短冊にそう書いてくれる。
だから透生と奏多はこう書いた。
「奏がすくすくと育ち、将来素敵な人と出会えますように」
本当は奏ともずっと一緒にいたいんだけどなぁ、と苦笑する奏多。
その表情が「父親」そのもので、透生は微笑ましく奏多を見つめた。
オメガ性とベータ性の夫夫には第二性由縁の困難が消えたわけではない。
けれど、透生を諦めずにいてくれた奏多となら、必ず乗り越えて行ける。
奏多が奏を抱き上げ、二枚の短冊を一緒に笹に結ぶのを見ながら、透生はそう確信していた。
HAPPY END
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