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僕と君の歩む道
②
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なぜ、どうして。
今頃なぜ。
いや、どうして車椅子?
頭の中を疑問符でいっぱいにし、手を震わせながら半ば無意識に車椅子を動かした。
結構重い。電動車椅子なのだ。
「ありがとう。助かった」
僕がなにも言えないでいると、元彼が申しわけなさそうに言った。
「いや、あの、えっと」
「……これな、三年前に脊髄を壊してしまった俺の相棒」
電動車椅子の操作レバーをぽんぽんと叩く元彼。
「脊髄……三年、前?」
心臓が騒ぎ出す。どっくどっくと大きく跳ねる。
「ああ。でも、知らなくていい。今日はただ、受けに謝りたくて。それと、きちんとさようならを伝えたくて来たんだ」
元彼が目を細める。過去、僕を好きだと言ってくれた時と同じ笑い方だった。
「……待って、待ってよ。そんなの言われても、急に、そんなの」
いいや、急じゃない。元彼が去ってから三年だ。さっき僕は、元彼との恋をゴミにしたじゃないか。
けれどこんな元彼の姿を知って、「はいさようなら」なんて言えない。
「すまない。会いに来るのもとても悩んだ。俺は連絡ひとつ返さなかったから」
「そうだよ……! どうしてっ。ひと言くらい、連絡をくれても良かったじゃないか!」
涙が溢れて声が大きくなる。
「受け、どこか場所を変えよう。近くに公園があったよな。そこで」
「うちに上がってよ。外じゃ」
「ごめん。俺、階段は無理だから」
言葉を遮って言われ、ハッとする。
僕たちは人がほとんど訪れない小さな公園に入った。
「ごめんな。店も入りにくかったりするから。あ、なにか飲もうよ。俺、買うからボタンを押してくれる?」
自販機を示されて視線を移すと、車椅子の元彼の手からボタンの位置が遠いことに気づいた。
それだけで胸が痛む。
「俺、コーヒーにしようかな。あ、受けの好きだったお茶もまだあるな」
口角を上げ、お札を投入すると、ボタンを押してよ、と言う。
僕は無糖のコーヒーと、元彼が憶えていてくれたお茶のボタンを押した。
「俺の好きなコーヒーも憶えていてくれたんだな」
手渡すと、また目を細める。
当たり前だよ、という言葉は言わなかった……言えなかった。
「ていうか、ゴミ。出さずに持ってきてるぞ。大丈夫か」
「えっ」
ゴミ! 自分でも気がついていなかった。
「だ、大丈夫!」
慌てて背の後ろに隠す。
そのまま片手にお茶、片手にゴミ袋を持って僕はベンチに座り、ゴミも隣に置いた。
そして知った。
三年前、最後のバイトに出勤していた元彼は、帰り道で酔った人がよろけたのを助けようとして、ビルのエスカレーターから転落してしまったんだと。
それからしばらく意識不明で、目覚めてからも、記憶障害と脊髄損傷で動けず、リハビリを重ねて二年でようやく上半身が動くようになったんだと。
「麻痺は残ってるんだけどね」
腕を動かし、肩より上には上がらないことを示す。
「記憶がしっかり戻ったのも半年前くらいでさ。混乱した。でも親がスマホだけは継続してくれてて、見たら受けからの電話やメッセージがたくさん残ってて」
元彼が言葉を詰まらせる。
「その最後は、二年前の日付だった」
「あ……」
最後に送ったメッセージを、自分でも勿論憶えている。
”どうして何も言ってくれなかったんだ。酷いよ。このままじゃ僕は先へ進めない。嫌いになったんならはっきりと言ってよ。はっきりと別れを告げてよ"
そう送った。
「ごめんな。俺、メッセージを見てもなにがなんだかわからなくて。電話やメッセージを返せるほど言語機能も戻ってなくて。なによりどう話していいかわからなくて、そのままにしてしまった」
そしてようやく返事ができる状態になったときには、僕の連絡先が変わっていた。
今頃なぜ。
いや、どうして車椅子?
頭の中を疑問符でいっぱいにし、手を震わせながら半ば無意識に車椅子を動かした。
結構重い。電動車椅子なのだ。
「ありがとう。助かった」
僕がなにも言えないでいると、元彼が申しわけなさそうに言った。
「いや、あの、えっと」
「……これな、三年前に脊髄を壊してしまった俺の相棒」
電動車椅子の操作レバーをぽんぽんと叩く元彼。
「脊髄……三年、前?」
心臓が騒ぎ出す。どっくどっくと大きく跳ねる。
「ああ。でも、知らなくていい。今日はただ、受けに謝りたくて。それと、きちんとさようならを伝えたくて来たんだ」
元彼が目を細める。過去、僕を好きだと言ってくれた時と同じ笑い方だった。
「……待って、待ってよ。そんなの言われても、急に、そんなの」
いいや、急じゃない。元彼が去ってから三年だ。さっき僕は、元彼との恋をゴミにしたじゃないか。
けれどこんな元彼の姿を知って、「はいさようなら」なんて言えない。
「すまない。会いに来るのもとても悩んだ。俺は連絡ひとつ返さなかったから」
「そうだよ……! どうしてっ。ひと言くらい、連絡をくれても良かったじゃないか!」
涙が溢れて声が大きくなる。
「受け、どこか場所を変えよう。近くに公園があったよな。そこで」
「うちに上がってよ。外じゃ」
「ごめん。俺、階段は無理だから」
言葉を遮って言われ、ハッとする。
僕たちは人がほとんど訪れない小さな公園に入った。
「ごめんな。店も入りにくかったりするから。あ、なにか飲もうよ。俺、買うからボタンを押してくれる?」
自販機を示されて視線を移すと、車椅子の元彼の手からボタンの位置が遠いことに気づいた。
それだけで胸が痛む。
「俺、コーヒーにしようかな。あ、受けの好きだったお茶もまだあるな」
口角を上げ、お札を投入すると、ボタンを押してよ、と言う。
僕は無糖のコーヒーと、元彼が憶えていてくれたお茶のボタンを押した。
「俺の好きなコーヒーも憶えていてくれたんだな」
手渡すと、また目を細める。
当たり前だよ、という言葉は言わなかった……言えなかった。
「ていうか、ゴミ。出さずに持ってきてるぞ。大丈夫か」
「えっ」
ゴミ! 自分でも気がついていなかった。
「だ、大丈夫!」
慌てて背の後ろに隠す。
そのまま片手にお茶、片手にゴミ袋を持って僕はベンチに座り、ゴミも隣に置いた。
そして知った。
三年前、最後のバイトに出勤していた元彼は、帰り道で酔った人がよろけたのを助けようとして、ビルのエスカレーターから転落してしまったんだと。
それからしばらく意識不明で、目覚めてからも、記憶障害と脊髄損傷で動けず、リハビリを重ねて二年でようやく上半身が動くようになったんだと。
「麻痺は残ってるんだけどね」
腕を動かし、肩より上には上がらないことを示す。
「記憶がしっかり戻ったのも半年前くらいでさ。混乱した。でも親がスマホだけは継続してくれてて、見たら受けからの電話やメッセージがたくさん残ってて」
元彼が言葉を詰まらせる。
「その最後は、二年前の日付だった」
「あ……」
最後に送ったメッセージを、自分でも勿論憶えている。
”どうして何も言ってくれなかったんだ。酷いよ。このままじゃ僕は先へ進めない。嫌いになったんならはっきりと言ってよ。はっきりと別れを告げてよ"
そう送った。
「ごめんな。俺、メッセージを見てもなにがなんだかわからなくて。電話やメッセージを返せるほど言語機能も戻ってなくて。なによりどう話していいかわからなくて、そのままにしてしまった」
そしてようやく返事ができる状態になったときには、僕の連絡先が変わっていた。
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