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夜明けを君と歩いてく
②
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「……どこに行ってたんだ。心配しただろう」
3年ぶりの再会の、彼の第一声。
病気のためか、随分と年を重ねたように見えるけれど、間違いなく僕の愛しい人は、目尻にたくさんの皺を寄せ、涙さえも浮かべながら手を広げた。
僕はその手にすがりつき、胸に飛び込む。
弱々しいけれど、ギュッと抱きしめてくれて、僕もギュッと抱き返す。
「ちゃんと家に帰って来いよ。どこへも行くなよ」
彼がそう言うから、僕は泣きながら
「行かないよ。ここにいるでしょう」
と言った。
「どうした?なぜ泣いてるんだ」
と聞くから、僕は
「君も泣いてるよ」
と涙を拭ってやった。
そうしたら
「なんでだろう」
と言いながら、僕の涙を拭ってくれる。
それからしばらく見つめ合った。けれど。
「……誰だ?」
突然彼が僕を突き飛ばし、見たこともないくらい怒り出した。声をかけるとさらに興奮する。介護の職員さんが来て、僕は部屋から出された。
「すみません時間単位で豹変することも多くて」
妹さんが謝る。
首を振り、明日も来ますと伝えると、宿泊場所を決めていなかった僕を、彼の実家に案内してくれた。
ご両親は僕を彼の親友だと認識していて、暖かく迎え入れてくれ、彼の部屋に泊めてくれた。
実家に戻って一年半ほどはここで療養していたそうだ。部屋には彼の愛用品が並び、少し彼の香りがして、ノスタルジックな気持ちになり涙が出た。けれど僕との思い出の品はなにもなく、彼が決意を持って僕と別れ、思い出の品を処分しただろうことがわかった。
──来てよかったのか? 彼は弱ったところを僕に見られたくなくて姿を消したのに。
あの頃よりも年を重ねた僕は、当時の彼の気持ちを慮れた。
その夜は彼のベッドで眠れず、カーペットの上で横になった。
明日、会ったらもう二度と会えないんだろうな、と思いながら。
翌日面会に行くと、彼は眠っていた。
穏やかな寝息を立てる彼は、僕の隣で眠っていた頃と同じ顔をしている。
────キスしたら、あの頃に戻ればいいのに。
そう思いながら、そっと唇を重ねる。変わらない温かさに泣けてきてしまう。
僕は涙を拭いながら、施設の部屋に備え付けのデスクの椅子に座った。
症状が進んでからの入所だったのだろう。
置いてあるのは小さめの段ボール箱と、施設名が入った日記帳だけ。
日記帳は、見てやってほしいと妹さんに言われていたから、
「ごめんね、見るよ?」
と彼の寝顔に言ってめくってみた。
日記と言うより行動記録だ。
懐かしい彼の文字で綴られているページは、その日なにがあったかが記されているだけで、心情はない。
見開き2ページで7日分。パラリ、パラリ、とめくって追っていくと、だんだんと字が崩れて文字が滲み出す。
辛い、悲しい、苦しい、悔しい。
そんな文字が読み取りにくい字体で書かれていて、胸が締め付けられた。
また次のページをめくる。
「会いたい」
「元気だろうか」
「傷つけてごめん」
「逃げてごめん」
そして……丁寧に丁寧に書かれた僕の名前が……!
ああ君は、僕への思いをこの字に込めて、必死に書いてくれたんだね?
手を震わせながら、次のページをめくる。
「……!」
もう声が出ない。
そこには僕の名前が、余白を許さないほどに書き込まれ、僕の連絡先も書いてあった。
負い目から愛情は書けずに、だから僕の名前と連絡先を書き殴ったのか?
「愛してる。忘れたくない」
そう叫ばれている気がした。
次のページも同じ。でも少しずつ字が歪んで、次のページは幼い子どもの字のように、大きく僕の名前らしき「形」が描かれていた。
僕は日記帳を抱きしめた。
そのときふと、デスクの上の箱も開けなくては、という思いに駆られた。
片手に日記を持ったまま、箱の蓋を開ける。
「ぅう」
嗚咽が漏れる。
箱の中には、僕との思い出の品が詰まっていた。
施設に移るとき、これだけはと詰めたのだろうか。
けれど出すことはせず、でも恐怖に耐えられない夜は蓋を開いていたのだろうか。
「ずっと、心は僕のそばにいてくれたんだね」
僕は眠る彼のそばに膝立ちして寄り添い、手を握った。
「愛してる。愛してる。ずっと君を愛してる」
握った手に口付けしながら何度も繰り返す。
3年ぶりの再会の、彼の第一声。
病気のためか、随分と年を重ねたように見えるけれど、間違いなく僕の愛しい人は、目尻にたくさんの皺を寄せ、涙さえも浮かべながら手を広げた。
僕はその手にすがりつき、胸に飛び込む。
弱々しいけれど、ギュッと抱きしめてくれて、僕もギュッと抱き返す。
「ちゃんと家に帰って来いよ。どこへも行くなよ」
彼がそう言うから、僕は泣きながら
「行かないよ。ここにいるでしょう」
と言った。
「どうした?なぜ泣いてるんだ」
と聞くから、僕は
「君も泣いてるよ」
と涙を拭ってやった。
そうしたら
「なんでだろう」
と言いながら、僕の涙を拭ってくれる。
それからしばらく見つめ合った。けれど。
「……誰だ?」
突然彼が僕を突き飛ばし、見たこともないくらい怒り出した。声をかけるとさらに興奮する。介護の職員さんが来て、僕は部屋から出された。
「すみません時間単位で豹変することも多くて」
妹さんが謝る。
首を振り、明日も来ますと伝えると、宿泊場所を決めていなかった僕を、彼の実家に案内してくれた。
ご両親は僕を彼の親友だと認識していて、暖かく迎え入れてくれ、彼の部屋に泊めてくれた。
実家に戻って一年半ほどはここで療養していたそうだ。部屋には彼の愛用品が並び、少し彼の香りがして、ノスタルジックな気持ちになり涙が出た。けれど僕との思い出の品はなにもなく、彼が決意を持って僕と別れ、思い出の品を処分しただろうことがわかった。
──来てよかったのか? 彼は弱ったところを僕に見られたくなくて姿を消したのに。
あの頃よりも年を重ねた僕は、当時の彼の気持ちを慮れた。
その夜は彼のベッドで眠れず、カーペットの上で横になった。
明日、会ったらもう二度と会えないんだろうな、と思いながら。
翌日面会に行くと、彼は眠っていた。
穏やかな寝息を立てる彼は、僕の隣で眠っていた頃と同じ顔をしている。
────キスしたら、あの頃に戻ればいいのに。
そう思いながら、そっと唇を重ねる。変わらない温かさに泣けてきてしまう。
僕は涙を拭いながら、施設の部屋に備え付けのデスクの椅子に座った。
症状が進んでからの入所だったのだろう。
置いてあるのは小さめの段ボール箱と、施設名が入った日記帳だけ。
日記帳は、見てやってほしいと妹さんに言われていたから、
「ごめんね、見るよ?」
と彼の寝顔に言ってめくってみた。
日記と言うより行動記録だ。
懐かしい彼の文字で綴られているページは、その日なにがあったかが記されているだけで、心情はない。
見開き2ページで7日分。パラリ、パラリ、とめくって追っていくと、だんだんと字が崩れて文字が滲み出す。
辛い、悲しい、苦しい、悔しい。
そんな文字が読み取りにくい字体で書かれていて、胸が締め付けられた。
また次のページをめくる。
「会いたい」
「元気だろうか」
「傷つけてごめん」
「逃げてごめん」
そして……丁寧に丁寧に書かれた僕の名前が……!
ああ君は、僕への思いをこの字に込めて、必死に書いてくれたんだね?
手を震わせながら、次のページをめくる。
「……!」
もう声が出ない。
そこには僕の名前が、余白を許さないほどに書き込まれ、僕の連絡先も書いてあった。
負い目から愛情は書けずに、だから僕の名前と連絡先を書き殴ったのか?
「愛してる。忘れたくない」
そう叫ばれている気がした。
次のページも同じ。でも少しずつ字が歪んで、次のページは幼い子どもの字のように、大きく僕の名前らしき「形」が描かれていた。
僕は日記帳を抱きしめた。
そのときふと、デスクの上の箱も開けなくては、という思いに駆られた。
片手に日記を持ったまま、箱の蓋を開ける。
「ぅう」
嗚咽が漏れる。
箱の中には、僕との思い出の品が詰まっていた。
施設に移るとき、これだけはと詰めたのだろうか。
けれど出すことはせず、でも恐怖に耐えられない夜は蓋を開いていたのだろうか。
「ずっと、心は僕のそばにいてくれたんだね」
僕は眠る彼のそばに膝立ちして寄り添い、手を握った。
「愛してる。愛してる。ずっと君を愛してる」
握った手に口付けしながら何度も繰り返す。
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