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秘されたディーヴァは暗闇で踊る
完結編①
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公安の特捜「性的処理班」巡査のΩは、番のαが裏組織のナンバー2であることに苦悩している。上からは組織撲滅の指示が出て、決断のリミットが迫っていた。
そんな時
「有益な情報は掴んだか?」
番が理事を務める会社に潜入していた為、次の犯行の兆しを掴めばいいのだが逆手を取って番の秘書にされた。
番はΩを監視下に置くだけでなく、スーパーαの能力を使ってフェロモンを浴びせてくる。それに抗えない体になっているΩは、理事室で、理事の私邸で、毎回気絶するまで体を弄ばれる。
時には恋人だった時の様に優しく抱かれ、もうこのまま堕ちてしまえたらどんなに楽か、と思う。
広く暖かい胸に抱かれ、骨ばった男らしい手で撫でられ
「Ω、好きだよ。君といると身体に血が通っていることを思い出す。俺の鼓動が聞こえる?」
低いけれど甘く鼓膜を揺らす声で囁かれると、現実を見失う。
「……聞こえる。とくとく、って少し早い」
「Ωを好きだと言っている音だ」
「なにそれ。君はロマンチストだね」
「嫌か?」
「ううん。……好き。夢見心地な気分になる」
「夢を見ていればいい」
目を閉じる。
次に開くと番が運転する車にいた。ついた先は景色が美しい自然公園のようなところだ。
手を繋いで歩く。美しい花が咲いていた。小鳥がたくさんいる。
そういえば映画やカフェ巡りはしたが、遠出はしたことはなかった。どうしてなのか思い出せないが。
「他に行きたいところは?」
「海のある町……波の音が聞こえる静かな場所に部屋を借りて、君と背中をくっつけ合って、一日中好きな本を読む」
「背中でいいのか?俺が後ろから抱きしめるから、俺の胸にもたれたら?」
「邪魔じゃない?」
「いいや。Ωの可愛いつむじや耳朶をずっと見ていられるだろう?」
耳にキスされてくすぐったさに肩をすくめた。
「その代わり、俺が眠い時はΩが膝枕をしてくれ」
「いいよ。なら僕も君の頬にキスをする」
番の頬にキスをしようと背伸びをしたら、抱き寄せられて胸の中に閉じ込められた。唇が重なる。
──好きだ。
番といると胸の奥にわだかまっている泥が浄化される。幸せに満たされ、周りの音も聞こえないくらい、二人だけの世界に没頭できる。
……音がしないのはなぜだろう。小鳥達の声がしない。花が香らない。自分達以外に誰もいない。
なぜ? 僕達はどこにいる? 胸の奥にわだかまる泥とはなんだっけ。
「Ω、愛している。俺の心を乱すのは君だけだ」
「僕も、君が好きだ……」
まあいいか。とても幸せだから、他の事は考えずに番のぬくもりに包まれていたい──
その時、胸元でスマホが振動した。
「ブ、ブブ、ブ、ブブ」
煩い。この振動音は嫌いだ。メッセージ性のある振動……「ディーヴァ、応答せよ」
はっとして番の胸を押す。
「どうした?」
番の腕の力が強まり、引き寄せられて再び唇が重なりかけた。
「離して!」
どん、と突き飛ばした。途端に硝子が割れたように景色と「恋人のα」の姿が割れ、理事室にいることに気づく。
「う……幻覚剤か……」
いつのまにかグラス(香)が炊かれていた。
「醒めるのが早いな。量が少なかったか?」
会話の最中もスマホは振動し、確認すると同僚αだった。彼はΩの身を案じ、任務用のスマホに頻繁に連絡を入れてくれる。
「……就業時間を過ぎました。退社します」
衣服を整え、重い体を引きずる。幸せな幻覚がまだ足にまとわりついていた。
「幸せが欲しくないのか?」
振り向くと、「恋人」の番の顔をしている番。まだ茶番を続けるのか。
「幸せ?どこにある? 君が見せたのは幻影だ。君がテロ組織の人間である限り、僕達に幸せな場所はない」
「……そうだな。お前が公安のディーヴァである限り、そんなものはないな」
淋しげに見えた。そんなわけないのに。
「弟を人質に取られているそうだな」
そんなことまで調べていたのかと口を噤む。Ωの弟は遊びのハッキングで国の重要機密を知ってしまい、国家に存在を消されかけていたが、Ωの美貌とフェロモンの力を買った公安により監視で済んでいる。Ωが任務を放棄すれば家族ごと消されてしまう。だから番ができた後も、薬を使ってまで任務に出ていた。
「日本警察のそのやり口は、お前の中では"善"なのか?」
「僕が持てる能力を提供するだけで、救われる命がいくつもある。誰も傷つかない」
「お前は傷ついているのに?」
「……っつ」
悲しむように痛々しげに言われ、胸が締め付けられる。
騙されるな、これも芝居だ。
「多くの無関係な人を巻き添えにしている君の組織とは違う! 君達テロリストは自分は傷つかず、他人を傷つけて利益を得る。それは悪だ」
「善悪の判断など曖昧だ。俺達が動かないと救えない物もある」
「家族の事と関係なく、僕個人もそのやり方を認められない。僕達は永遠に相容れない」
言いながら、胸がきしきし痛む。
幻影の世界が本当だったらよかったのに。君と共に生きていきたかった。でも僕達の背には下ろせない運命がある。番の刻印よりももっと重い定めだ。
「そうか。残念だ。餞別に教えよう。Xデイは〇月〇日。場所は日本の▲県、セントラルブリッジ架橋現場だ」
「!……わかった。僕は僕の正義で動く」
「ああ、その日を楽しみにしている」
決別する二人。
Ωは涙を耐えて日本に帰国した。
帰国後の発情期は、断っても同僚αが泊まり込み、世話してくれた。何度も愛を伝えられる。
けれど欲情と寂しさ。渇きは収まらない。Ωは番が残したいくつかの衣類をかき集め、狂いそうな発情期に耐えた。
Ωを満たせるのは番だけ。うなじが熱い。噛み痕が疼いた。
「この苦痛を断ち切らなきゃ…」
一方、番はXデイに向け自家用ジェットに乗っていた。Ωに発情期が来ている頃だと思う。
頭の中に様々なΩの顔が浮かんだ。どの顔も心に波を立て紋を描く。
もう自覚している。愛の概念はいまだわからないが、これがそうなのだろう。Ωを特別に思う。生きている実感を与えてくれるのはΩだけ。
「この慟哭を断ち切らないとな……」
そんな時
「有益な情報は掴んだか?」
番が理事を務める会社に潜入していた為、次の犯行の兆しを掴めばいいのだが逆手を取って番の秘書にされた。
番はΩを監視下に置くだけでなく、スーパーαの能力を使ってフェロモンを浴びせてくる。それに抗えない体になっているΩは、理事室で、理事の私邸で、毎回気絶するまで体を弄ばれる。
時には恋人だった時の様に優しく抱かれ、もうこのまま堕ちてしまえたらどんなに楽か、と思う。
広く暖かい胸に抱かれ、骨ばった男らしい手で撫でられ
「Ω、好きだよ。君といると身体に血が通っていることを思い出す。俺の鼓動が聞こえる?」
低いけれど甘く鼓膜を揺らす声で囁かれると、現実を見失う。
「……聞こえる。とくとく、って少し早い」
「Ωを好きだと言っている音だ」
「なにそれ。君はロマンチストだね」
「嫌か?」
「ううん。……好き。夢見心地な気分になる」
「夢を見ていればいい」
目を閉じる。
次に開くと番が運転する車にいた。ついた先は景色が美しい自然公園のようなところだ。
手を繋いで歩く。美しい花が咲いていた。小鳥がたくさんいる。
そういえば映画やカフェ巡りはしたが、遠出はしたことはなかった。どうしてなのか思い出せないが。
「他に行きたいところは?」
「海のある町……波の音が聞こえる静かな場所に部屋を借りて、君と背中をくっつけ合って、一日中好きな本を読む」
「背中でいいのか?俺が後ろから抱きしめるから、俺の胸にもたれたら?」
「邪魔じゃない?」
「いいや。Ωの可愛いつむじや耳朶をずっと見ていられるだろう?」
耳にキスされてくすぐったさに肩をすくめた。
「その代わり、俺が眠い時はΩが膝枕をしてくれ」
「いいよ。なら僕も君の頬にキスをする」
番の頬にキスをしようと背伸びをしたら、抱き寄せられて胸の中に閉じ込められた。唇が重なる。
──好きだ。
番といると胸の奥にわだかまっている泥が浄化される。幸せに満たされ、周りの音も聞こえないくらい、二人だけの世界に没頭できる。
……音がしないのはなぜだろう。小鳥達の声がしない。花が香らない。自分達以外に誰もいない。
なぜ? 僕達はどこにいる? 胸の奥にわだかまる泥とはなんだっけ。
「Ω、愛している。俺の心を乱すのは君だけだ」
「僕も、君が好きだ……」
まあいいか。とても幸せだから、他の事は考えずに番のぬくもりに包まれていたい──
その時、胸元でスマホが振動した。
「ブ、ブブ、ブ、ブブ」
煩い。この振動音は嫌いだ。メッセージ性のある振動……「ディーヴァ、応答せよ」
はっとして番の胸を押す。
「どうした?」
番の腕の力が強まり、引き寄せられて再び唇が重なりかけた。
「離して!」
どん、と突き飛ばした。途端に硝子が割れたように景色と「恋人のα」の姿が割れ、理事室にいることに気づく。
「う……幻覚剤か……」
いつのまにかグラス(香)が炊かれていた。
「醒めるのが早いな。量が少なかったか?」
会話の最中もスマホは振動し、確認すると同僚αだった。彼はΩの身を案じ、任務用のスマホに頻繁に連絡を入れてくれる。
「……就業時間を過ぎました。退社します」
衣服を整え、重い体を引きずる。幸せな幻覚がまだ足にまとわりついていた。
「幸せが欲しくないのか?」
振り向くと、「恋人」の番の顔をしている番。まだ茶番を続けるのか。
「幸せ?どこにある? 君が見せたのは幻影だ。君がテロ組織の人間である限り、僕達に幸せな場所はない」
「……そうだな。お前が公安のディーヴァである限り、そんなものはないな」
淋しげに見えた。そんなわけないのに。
「弟を人質に取られているそうだな」
そんなことまで調べていたのかと口を噤む。Ωの弟は遊びのハッキングで国の重要機密を知ってしまい、国家に存在を消されかけていたが、Ωの美貌とフェロモンの力を買った公安により監視で済んでいる。Ωが任務を放棄すれば家族ごと消されてしまう。だから番ができた後も、薬を使ってまで任務に出ていた。
「日本警察のそのやり口は、お前の中では"善"なのか?」
「僕が持てる能力を提供するだけで、救われる命がいくつもある。誰も傷つかない」
「お前は傷ついているのに?」
「……っつ」
悲しむように痛々しげに言われ、胸が締め付けられる。
騙されるな、これも芝居だ。
「多くの無関係な人を巻き添えにしている君の組織とは違う! 君達テロリストは自分は傷つかず、他人を傷つけて利益を得る。それは悪だ」
「善悪の判断など曖昧だ。俺達が動かないと救えない物もある」
「家族の事と関係なく、僕個人もそのやり方を認められない。僕達は永遠に相容れない」
言いながら、胸がきしきし痛む。
幻影の世界が本当だったらよかったのに。君と共に生きていきたかった。でも僕達の背には下ろせない運命がある。番の刻印よりももっと重い定めだ。
「そうか。残念だ。餞別に教えよう。Xデイは〇月〇日。場所は日本の▲県、セントラルブリッジ架橋現場だ」
「!……わかった。僕は僕の正義で動く」
「ああ、その日を楽しみにしている」
決別する二人。
Ωは涙を耐えて日本に帰国した。
帰国後の発情期は、断っても同僚αが泊まり込み、世話してくれた。何度も愛を伝えられる。
けれど欲情と寂しさ。渇きは収まらない。Ωは番が残したいくつかの衣類をかき集め、狂いそうな発情期に耐えた。
Ωを満たせるのは番だけ。うなじが熱い。噛み痕が疼いた。
「この苦痛を断ち切らなきゃ…」
一方、番はXデイに向け自家用ジェットに乗っていた。Ωに発情期が来ている頃だと思う。
頭の中に様々なΩの顔が浮かんだ。どの顔も心に波を立て紋を描く。
もう自覚している。愛の概念はいまだわからないが、これがそうなのだろう。Ωを特別に思う。生きている実感を与えてくれるのはΩだけ。
「この慟哭を断ち切らないとな……」
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