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やってきた女性
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「えっ……」
馬車の扉が開き、先にリューク様が降りて、次いでリューク様のエスコートで女性が降りた。
おれはその女性を見て、しかめていた眉が弧を描くほど目を見開いた。
昨日見た肖像画の女性とはまったく違う人だった。
肖像画の女性も美しかったけれど、比べようもないほどに美しい。
マスカット色の瞳、アカシアの蜂蜜色した、波打つ長い髪。生クリームよりもっと白くきめ細やかな、光る肌。
……リューク様に、パーツがそっくり……?
「ユアル、私の双子の妹のフィンリーだ」
「えっ!?」
呆けてしまっていると、いつの間にかリューク様が目の前に来ていて、女性をエスコートしたまま空いた方の手で紹介した。
「ふ、双子!?」
おふたりを見比べると、フィンリー様は大輪の花が開くような、はじけんばかりの笑顔を向けてくれる。
「あなたがユアルね。お兄様に聞いていたとおり、本当に可愛いらしいわ! 私が男なら必ずあなたを選んだのに!」
「わっ」
フィンリー様に抱きつかれて、おれはビクッと身体を揺らした。けれどすぐに甘い匂いが香ってきて、自然と力が抜ける。
「……いい匂い」
リューク様がラム酒のような香りなら、フィンリー様はキルシュのような香りだ。
「ユアル、こちらに来なさい」
けれど、鼻から香りを吸い込んだと同時にフィンリー様から引き剥がされ、リューク様の胸に抱かれた。
「あ……」
リューク様の、香り。
やっぱりこの香りが好きだ。すぐに頭の芯まで蕩けてしまう、芳醇で甘美な香り。
口に唾液が溜まり、おれは喉をゴクリと動かした。
「いい子だ。わかるだろう? 私だけがユアルのケーキで、ユアルは私だけのフォークなのだと」
「リューク様だけの……?」
うっとりしながらも言われている意味を咀嚼していると、フィンリー様の「まぁ、憎らしいこと」とため息混じりの声と、執事さんの「さぁ、中へお入り下さいませ」という声がして、おれは半ばリューク様に抱きかかえられながら、城の中へ入った。
「この子が私のフォークなのね」
昼食の前に茶話室でいったん休憩を取る。
フィンリー様はフォークの女性の肖像画を細い指でなぞりながら微笑んだ。
おれはフィンリー様の対面の席で、どうしてかリューク様の膝の上に横向きに乗せられている。
「そうだ。今までどんなに探しても見つからなかったフォークを短期間で探し出すのに、どれほど骨が折れたことか」
ここのところリューク様が忙しかったのは、仕事以外にフォークの女性探しに労力を費やしていたかららしい。
「お兄様でも骨を折ることがあるのね。それだけその子を私に奪われたくなかったということかしら」
「ああ。たとえ異性でも、フォークのユアルはケーキのお前に食思を覚えるし、お前はそんなユアルを愛しいと思うだろう。私たちは顔だけでなく好みまで同じだからな」
おれをかかえるリューク様の腕の力が少し強くなり、頬に唇が当てられた。
「リューク様、あの」
自意識過剰だろうか。独り占めされているような気になって嬉しくなりながらも、状況が掴めず、おれは困惑している。
「ああ、話してやらないとな」
するとリューク様は、いつもどおりにおれの考えを読み、説明してくれた。
双子の妹であるフィンリー様もまた第二性がケーキで、進む糖化症状に悩まされて憂えていたという。
「フィンリーはこの国の王妃殿下の侍女なんだ。早逝の可能性が強いため結婚は考えず、王家に尽くすと決意していたのだが、私と同じく仕事に支障を感じるようになっていてね」
そんな折、リューク様がおれを拾い、調査してきたとおりフォークとの共生を確信した。
そこでフィンリー様のために早急にフォークを探していたそうだ。
「私ね、お兄様からあなたの話を聞いたとき、私も必ず好きになると思って、ユアルを共有しましょうよ、って提案したんだけど」
「絶対に認めない」
「ほら、問答無用でこうなのよ」
「当然だ」
「え? あの。え?」
ふたりのやり取りに目を丸くしていると、リューク様に顔を覗かれた。
「ユアルは私だけのフォークだ」
マスカット色の瞳がおれを見つめる。視線だけで身体が熱くなる。
リューク様は火照ったおれの頬を片手で撫でると、顔を隠すように胸の中に閉じ込め、またフィンリー様に話し始めた。
少しだけ苦しい……でも、リューク様の香りがして、幸せ。
「それに、こうして同性のケーキとフォークの方が、より共生力が高いことが実証されたんだ。だからお前に女性のフォークを探していたんじゃないか」
「ええ、感謝するわ。お兄様。この子、とても気が合いそう。早く会いたいわ」
フィンリー様が肖像画を抱きしめた。
「ああ、あちらも喜んでいた。明後日にはここに到着するそうだ」
……同性。より高い共生力? フィンリー様に探した?
知らなかった情報でさらに頭がこんがらがっている。
「……あの! あの、リューク様、聞いてもいいですか? ということは、肖像画の方はフィンリー様のお相手なのですか?」
おれはリューク様の胸元をギュッと握り、必死になって尋ねた。
「ああ、そうだよ」
「じゃあ……じゃあどうして朝、おれの仕事は終わり、なんて言ったんですか? リューク様が結婚するんじゃないなら、おれはまだお仕えできますよね? まだ、お側で仕事をしてもいいですよね?」
お願い、捨てないで。
フォークだからでいい。リューク様の側にいたい。
「ユアル……」
「あ……」
腋に手を入れられ、膝に対面で座る形になった。
頼りがいのある腕が腰に回り、おれをしっかりと支えてくれる。
「君と暮らし始めたばかりの頃、君があまりに無垢で生真面目だから、つい’’仕事を頼みたい’’と表現したが、私は君を使用人だと思ったことは一度もない」
「……じゃあ、ただの娼夫、ですか?」
「……なんだって? 娼夫?」
こくりとうなずいて唇を結ぶと、リューク様は顔をしかめ、フィンリー様は「あらあら、なんてことかしら」と言った。
ちょうど部屋に入ってきたらしい執事さんの、「ですから早めにお伝えしてはと申しましたのに」と、珍しく諫めるような声も聞こえる。
「いや、私は最初に伝えたぞ。私はユアルの主人だと、私が君を守るとも。だからユアルも頷き、私を’’リューク’’と呼んでいるのだろう?」
執事さんに反論しつつ、おれに問うリューク様。こんなに必死な様子は初めて見るかもしれない。
ただ、言っている意味はよくわからない。
「使用人ですから、ご主人様と言われて返事をするのは当然ですし、名をそう呼べと言われれば従います」
「だから、ユアルの主人だと言っているのになぜ使用人なんだ。民たちは夫を主人と呼ぶのだろう? 私はユアルの夫になる身としてそう言ったんだ」
「………………は?」
頭が真っ白になった。時が止まったように身体が固まる。
「お兄様ったら……」
フィンリー様の深いため息。
「リュクソール様は非の打ち所のない方ではありますが、どなたかと添い遂げることを諦めておられたので、色恋の関係には明るくないようですね。なんでも仕事に結びつけるところも今後は改善されなくては」
執事さんのため息は優しい。
そうしておれは、麗しい顔をきまり悪そうにしたリューク様に教えられた。
リューク様は初めからおれを花嫁として迎え、そのひとつのしるしとして、おれだけに愛称呼びを許していたことを。
馬車の扉が開き、先にリューク様が降りて、次いでリューク様のエスコートで女性が降りた。
おれはその女性を見て、しかめていた眉が弧を描くほど目を見開いた。
昨日見た肖像画の女性とはまったく違う人だった。
肖像画の女性も美しかったけれど、比べようもないほどに美しい。
マスカット色の瞳、アカシアの蜂蜜色した、波打つ長い髪。生クリームよりもっと白くきめ細やかな、光る肌。
……リューク様に、パーツがそっくり……?
「ユアル、私の双子の妹のフィンリーだ」
「えっ!?」
呆けてしまっていると、いつの間にかリューク様が目の前に来ていて、女性をエスコートしたまま空いた方の手で紹介した。
「ふ、双子!?」
おふたりを見比べると、フィンリー様は大輪の花が開くような、はじけんばかりの笑顔を向けてくれる。
「あなたがユアルね。お兄様に聞いていたとおり、本当に可愛いらしいわ! 私が男なら必ずあなたを選んだのに!」
「わっ」
フィンリー様に抱きつかれて、おれはビクッと身体を揺らした。けれどすぐに甘い匂いが香ってきて、自然と力が抜ける。
「……いい匂い」
リューク様がラム酒のような香りなら、フィンリー様はキルシュのような香りだ。
「ユアル、こちらに来なさい」
けれど、鼻から香りを吸い込んだと同時にフィンリー様から引き剥がされ、リューク様の胸に抱かれた。
「あ……」
リューク様の、香り。
やっぱりこの香りが好きだ。すぐに頭の芯まで蕩けてしまう、芳醇で甘美な香り。
口に唾液が溜まり、おれは喉をゴクリと動かした。
「いい子だ。わかるだろう? 私だけがユアルのケーキで、ユアルは私だけのフォークなのだと」
「リューク様だけの……?」
うっとりしながらも言われている意味を咀嚼していると、フィンリー様の「まぁ、憎らしいこと」とため息混じりの声と、執事さんの「さぁ、中へお入り下さいませ」という声がして、おれは半ばリューク様に抱きかかえられながら、城の中へ入った。
「この子が私のフォークなのね」
昼食の前に茶話室でいったん休憩を取る。
フィンリー様はフォークの女性の肖像画を細い指でなぞりながら微笑んだ。
おれはフィンリー様の対面の席で、どうしてかリューク様の膝の上に横向きに乗せられている。
「そうだ。今までどんなに探しても見つからなかったフォークを短期間で探し出すのに、どれほど骨が折れたことか」
ここのところリューク様が忙しかったのは、仕事以外にフォークの女性探しに労力を費やしていたかららしい。
「お兄様でも骨を折ることがあるのね。それだけその子を私に奪われたくなかったということかしら」
「ああ。たとえ異性でも、フォークのユアルはケーキのお前に食思を覚えるし、お前はそんなユアルを愛しいと思うだろう。私たちは顔だけでなく好みまで同じだからな」
おれをかかえるリューク様の腕の力が少し強くなり、頬に唇が当てられた。
「リューク様、あの」
自意識過剰だろうか。独り占めされているような気になって嬉しくなりながらも、状況が掴めず、おれは困惑している。
「ああ、話してやらないとな」
するとリューク様は、いつもどおりにおれの考えを読み、説明してくれた。
双子の妹であるフィンリー様もまた第二性がケーキで、進む糖化症状に悩まされて憂えていたという。
「フィンリーはこの国の王妃殿下の侍女なんだ。早逝の可能性が強いため結婚は考えず、王家に尽くすと決意していたのだが、私と同じく仕事に支障を感じるようになっていてね」
そんな折、リューク様がおれを拾い、調査してきたとおりフォークとの共生を確信した。
そこでフィンリー様のために早急にフォークを探していたそうだ。
「私ね、お兄様からあなたの話を聞いたとき、私も必ず好きになると思って、ユアルを共有しましょうよ、って提案したんだけど」
「絶対に認めない」
「ほら、問答無用でこうなのよ」
「当然だ」
「え? あの。え?」
ふたりのやり取りに目を丸くしていると、リューク様に顔を覗かれた。
「ユアルは私だけのフォークだ」
マスカット色の瞳がおれを見つめる。視線だけで身体が熱くなる。
リューク様は火照ったおれの頬を片手で撫でると、顔を隠すように胸の中に閉じ込め、またフィンリー様に話し始めた。
少しだけ苦しい……でも、リューク様の香りがして、幸せ。
「それに、こうして同性のケーキとフォークの方が、より共生力が高いことが実証されたんだ。だからお前に女性のフォークを探していたんじゃないか」
「ええ、感謝するわ。お兄様。この子、とても気が合いそう。早く会いたいわ」
フィンリー様が肖像画を抱きしめた。
「ああ、あちらも喜んでいた。明後日にはここに到着するそうだ」
……同性。より高い共生力? フィンリー様に探した?
知らなかった情報でさらに頭がこんがらがっている。
「……あの! あの、リューク様、聞いてもいいですか? ということは、肖像画の方はフィンリー様のお相手なのですか?」
おれはリューク様の胸元をギュッと握り、必死になって尋ねた。
「ああ、そうだよ」
「じゃあ……じゃあどうして朝、おれの仕事は終わり、なんて言ったんですか? リューク様が結婚するんじゃないなら、おれはまだお仕えできますよね? まだ、お側で仕事をしてもいいですよね?」
お願い、捨てないで。
フォークだからでいい。リューク様の側にいたい。
「ユアル……」
「あ……」
腋に手を入れられ、膝に対面で座る形になった。
頼りがいのある腕が腰に回り、おれをしっかりと支えてくれる。
「君と暮らし始めたばかりの頃、君があまりに無垢で生真面目だから、つい’’仕事を頼みたい’’と表現したが、私は君を使用人だと思ったことは一度もない」
「……じゃあ、ただの娼夫、ですか?」
「……なんだって? 娼夫?」
こくりとうなずいて唇を結ぶと、リューク様は顔をしかめ、フィンリー様は「あらあら、なんてことかしら」と言った。
ちょうど部屋に入ってきたらしい執事さんの、「ですから早めにお伝えしてはと申しましたのに」と、珍しく諫めるような声も聞こえる。
「いや、私は最初に伝えたぞ。私はユアルの主人だと、私が君を守るとも。だからユアルも頷き、私を’’リューク’’と呼んでいるのだろう?」
執事さんに反論しつつ、おれに問うリューク様。こんなに必死な様子は初めて見るかもしれない。
ただ、言っている意味はよくわからない。
「使用人ですから、ご主人様と言われて返事をするのは当然ですし、名をそう呼べと言われれば従います」
「だから、ユアルの主人だと言っているのになぜ使用人なんだ。民たちは夫を主人と呼ぶのだろう? 私はユアルの夫になる身としてそう言ったんだ」
「………………は?」
頭が真っ白になった。時が止まったように身体が固まる。
「お兄様ったら……」
フィンリー様の深いため息。
「リュクソール様は非の打ち所のない方ではありますが、どなたかと添い遂げることを諦めておられたので、色恋の関係には明るくないようですね。なんでも仕事に結びつけるところも今後は改善されなくては」
執事さんのため息は優しい。
そうしておれは、麗しい顔をきまり悪そうにしたリューク様に教えられた。
リューク様は初めからおれを花嫁として迎え、そのひとつのしるしとして、おれだけに愛称呼びを許していたことを。
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