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また昔のように
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半月後。
遊郭のすべての人にお祝い膳が配られた。とうとう月華が大輪に昇進したのだ。
二年ぶりの新しい大輪に夢幻楼は湧き上がり、連日宴が催された。僕はケダモノだから宴には出るなと言われていたけれど、最終日の宴が開けた夜のことだ。
「毬也。座敷に来い」
橘さんに忌々しそうに言われてお座敷に行った。中には月華と楼主様。
最高級の織物である緞子の濃紺の打ち掛けを着て、たくさんのべっ甲簪や笄を髪に挿した月華はとても美しくて立派で、胸に熱いものが込み上げる。
月華、とうとうここまで来たんだね……。
目で訴えると、視線をそらさずにじっと見つめ返してくれた。今すぐ駆け出して抱きつきたくなる。
「来ましたか、そこへお座りなさい」
「はっ、はい」
おめでたい宴の後なのに楼主様の機嫌が悪い。急いで頭を下げ、顎で指示された下座に進んだ。
「鞠也」
座りきる前に楼主様の次の声がかかる。
「あなたを、月華の世話役にします」
僕は返事をしなかった。もちろんとても嬉しい。この日を待ちわびていたんだから。けれど明らかに苛立ちを含んだ声色や、苦虫を噛み潰したような橘さんの表情に、素直に喜びを出してはいけないことを察した。
「まったく。花を世話役にする大輪など、前代未聞ですよ」
「ケダモノは花の務めを果たしていません。ほかに使い道もないでしょう。花をまとめる大輪の責任として、私が毬也を預かります」
月華もこの希望が不興を買っていることはわかっているんだろう。あくまでも義務だと言わんばかりの冷ややかな声だ。
「大輪の願いだから聞き入れますが、くれぐれも間違いがないように。いいですね、月華?」
「あの! 私が気をつけます。私のせいで月華の評判が落ちないように、しっかりと努めさせていただきますので!」
思わず言うと、楼主様は眉をひそめた。なにを言っているんだ? という顔だ。
月華に言ったのにケダモノの僕が答えるなんて、厚かましいと思われたのだろうか。
ちらりと月華を見ると、眉を寄せて困ったような複雑な顔をしている。
やっぱり出過ぎた発言だったんだ……どうしよう。
「ご心配にはおよびません。では、疲れたのでもう行きます。行くぞ、毬也」
月華は小さく息を整えてから楼主様に言うと、僕を促して座敷を出ていく。急いで背中を追った。
月華の部屋に着くとすぐ、月華は僕の両手を握った。
「日向たち、喋ったんだって?」
すっかり大人になったのに、きまり悪そうな顔には子どもの頃の面影がある。ほっとして緊張が緩んだ。
「うん。全部教えてくれた」
「かっこ悪いから言うなって言っておいたのに……俺がもっと大人だったら他に方法があったかもしれないのに、たくさん嫌な思いさせたよな」
ごめんな、と抱きしめてくれる。
「謝らないで。僕、すごく嬉しいんだ。月華とまた一緒にいられる」
僕も月華の胸にぴたりと体を寄せ、頬ずりをした。
久しぶりの月華のぬくもりと匂い。懐かしい場所に帰ってきたときのように、心の奥から安心する。
「っつ……。毬也、俺、もう二度とお前と離れたくない。俺、お前のことが」
僕を抱きしめる腕に力が入り、切ない声で月華が言った。お芝居とはいえ僕を傷つけたと自分を責めて、謝り足りないんだろう。僕を兄弟のように大事に思ってくれているんだもの。すぐに返事をしてあげなくちゃ。
「僕もだよ! 僕だって月華を家族みたいに思ってるからこれからもずっと一緒にいたい。僕、橘さんや楼主様にご納得いただけるよう、世話役をしっかりとやってみせるからね!」
僕が世話役になったことを「やはり間違いでした」と楼主様に言われないように頑張って、月華を安心させるんだ。
「あ、いや、そうじゃなくて、その……」
どうしたのか、座敷で見せたのと同じような困り顔をしている。
「月華? 心配だろうけど、月華が僕を守ってくれるなら僕も月華を守るから、そう不安にならないで?」
「不安なんじゃなくて……いや、今はまだいいか……」
今はまだいい? なにがだろう。
不思議に思って見上げていると、月華は衣装棚に行って桃色の着物を出し、僕に差し出した。蕾の着物だ。
「花から蕾に戻るのは不名誉だと思うけど、蕾なら客に手出しされない。着ていてくれないか?」
「そこまで考えてくれてるの?」
「……誰にも抱かせたくないから」
「え? なに? なんて言ったの?」
月華が声をくぐもらせたので聞こえなかった。何度か聞き返したけど、月華は尻尾をパタパタと振って、「秘密」と笑うだけだった。
遊郭のすべての人にお祝い膳が配られた。とうとう月華が大輪に昇進したのだ。
二年ぶりの新しい大輪に夢幻楼は湧き上がり、連日宴が催された。僕はケダモノだから宴には出るなと言われていたけれど、最終日の宴が開けた夜のことだ。
「毬也。座敷に来い」
橘さんに忌々しそうに言われてお座敷に行った。中には月華と楼主様。
最高級の織物である緞子の濃紺の打ち掛けを着て、たくさんのべっ甲簪や笄を髪に挿した月華はとても美しくて立派で、胸に熱いものが込み上げる。
月華、とうとうここまで来たんだね……。
目で訴えると、視線をそらさずにじっと見つめ返してくれた。今すぐ駆け出して抱きつきたくなる。
「来ましたか、そこへお座りなさい」
「はっ、はい」
おめでたい宴の後なのに楼主様の機嫌が悪い。急いで頭を下げ、顎で指示された下座に進んだ。
「鞠也」
座りきる前に楼主様の次の声がかかる。
「あなたを、月華の世話役にします」
僕は返事をしなかった。もちろんとても嬉しい。この日を待ちわびていたんだから。けれど明らかに苛立ちを含んだ声色や、苦虫を噛み潰したような橘さんの表情に、素直に喜びを出してはいけないことを察した。
「まったく。花を世話役にする大輪など、前代未聞ですよ」
「ケダモノは花の務めを果たしていません。ほかに使い道もないでしょう。花をまとめる大輪の責任として、私が毬也を預かります」
月華もこの希望が不興を買っていることはわかっているんだろう。あくまでも義務だと言わんばかりの冷ややかな声だ。
「大輪の願いだから聞き入れますが、くれぐれも間違いがないように。いいですね、月華?」
「あの! 私が気をつけます。私のせいで月華の評判が落ちないように、しっかりと努めさせていただきますので!」
思わず言うと、楼主様は眉をひそめた。なにを言っているんだ? という顔だ。
月華に言ったのにケダモノの僕が答えるなんて、厚かましいと思われたのだろうか。
ちらりと月華を見ると、眉を寄せて困ったような複雑な顔をしている。
やっぱり出過ぎた発言だったんだ……どうしよう。
「ご心配にはおよびません。では、疲れたのでもう行きます。行くぞ、毬也」
月華は小さく息を整えてから楼主様に言うと、僕を促して座敷を出ていく。急いで背中を追った。
月華の部屋に着くとすぐ、月華は僕の両手を握った。
「日向たち、喋ったんだって?」
すっかり大人になったのに、きまり悪そうな顔には子どもの頃の面影がある。ほっとして緊張が緩んだ。
「うん。全部教えてくれた」
「かっこ悪いから言うなって言っておいたのに……俺がもっと大人だったら他に方法があったかもしれないのに、たくさん嫌な思いさせたよな」
ごめんな、と抱きしめてくれる。
「謝らないで。僕、すごく嬉しいんだ。月華とまた一緒にいられる」
僕も月華の胸にぴたりと体を寄せ、頬ずりをした。
久しぶりの月華のぬくもりと匂い。懐かしい場所に帰ってきたときのように、心の奥から安心する。
「っつ……。毬也、俺、もう二度とお前と離れたくない。俺、お前のことが」
僕を抱きしめる腕に力が入り、切ない声で月華が言った。お芝居とはいえ僕を傷つけたと自分を責めて、謝り足りないんだろう。僕を兄弟のように大事に思ってくれているんだもの。すぐに返事をしてあげなくちゃ。
「僕もだよ! 僕だって月華を家族みたいに思ってるからこれからもずっと一緒にいたい。僕、橘さんや楼主様にご納得いただけるよう、世話役をしっかりとやってみせるからね!」
僕が世話役になったことを「やはり間違いでした」と楼主様に言われないように頑張って、月華を安心させるんだ。
「あ、いや、そうじゃなくて、その……」
どうしたのか、座敷で見せたのと同じような困り顔をしている。
「月華? 心配だろうけど、月華が僕を守ってくれるなら僕も月華を守るから、そう不安にならないで?」
「不安なんじゃなくて……いや、今はまだいいか……」
今はまだいい? なにがだろう。
不思議に思って見上げていると、月華は衣装棚に行って桃色の着物を出し、僕に差し出した。蕾の着物だ。
「花から蕾に戻るのは不名誉だと思うけど、蕾なら客に手出しされない。着ていてくれないか?」
「そこまで考えてくれてるの?」
「……誰にも抱かせたくないから」
「え? なに? なんて言ったの?」
月華が声をくぐもらせたので聞こえなかった。何度か聞き返したけど、月華は尻尾をパタパタと振って、「秘密」と笑うだけだった。
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全23話、5万文字内の一週間の短期連載になります。よろしくお願いいたします。
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