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夜明け
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「光瑠!」
「光瑠!」
声がふたり分になる。
「……お父さん、お母さん……?」
声がする上方に顔を向けて瞳を左右に動かすが、両親の姿は見えない。それでも声はどんどん大きくなる。
「光瑠、目を開けてちょうだい!」
「しっかりしろ、光瑠」
切実な声は、両親の心配と愛情を伝えた。
光瑠は身体を起こし、声のする方に意識を集中させる。
「呼ばれてんじゃん。光瑠。おまえ、現実の世界でも独りじゃねーよ」
髪に手を入れられて、頭を撫でられた。
視線をキヨラに戻して、息が止まりそうになる。
「キヨラ、身体が透けてる……!」
「ああ、間に合わなかったな。夜明けだ」
「夜明け……!?」
暗かった夢の中の空間に、いつの間にか薄明かりが差している。筋のようだったそれは円錐形に広がり、またたく間にカーテンのように全体に広がっていった。
「キヨラ、早く僕の精を!」
急がなければ、光を受けたキヨラの身体がどんどん透けていく。
「いや、もう間に合わない」
「そんな……」
けれど確かに、光瑠の身体は反応を止めていた。これでは精気を渡せない。
急いで自分の下腹から目線を上げると、キヨラの身体は完全に透けていた。
「あ、ああ……キヨラ………!」
手を伸ばすも、掴める腕がもうない。
「生きろよ、ミツル。二度と死にたいなんて思うな」
顔の斜め半分だけが実体として残ったキヨラは、それでもふんわりと微笑むと、光瑠の左胸にそっとキスをして、やがて全ての姿を消した。
それが光瑠が見た、キヨラの最期だった。
***
「光瑠、無理しなくていいんだぞ。辛かったら行かなくていいし、途中で帰ってきてもいいんだ」
「大丈夫。お父さんとお母さんっていう強い味方がいるし、僕は間違ったことをしているわけじゃないもの」
「そうね。胸を張って行ってきなさい。なにか言ってくる人がいたら、お母さん、フライパン持って駆けつけるから!」
「あは。お母さんが悪者になっちゃうよ。大丈夫、ひとりでも立ち向かえるよ。じゃあ、行ってきます!」
光瑠は今日、二か月弱ぶりに学校へ行く。
睡眠剤を多用した翌朝、病院に運ばれ、処置を受けて夢の中から戻ってきた。
やはり、朝食がいつまでも部屋の中に入らないのを不審に思った両親が、必死でドアロックを外して、昏睡状態の光瑠を発見して救急車を呼んだそうだ。
翌々日には退院をして、帰宅すると両親に強く抱きしめられた。
両親は、戸惑いでどうしたらいいかわからないまま悩んで行動しなかったことを詫びてくれた。
光瑠の感情を完全には理解してやれないが、否定することはないと正直に話してもくれ、これから先、どうしたいかを訊いてくれた。
そして光瑠は選んだ。普通の生活を当たり前に生きることを。
夢の中で、光瑠はしっかりと言えた。「生きたい」「死にたくない」と。
だからきっと言える。されたくないこと、したいこと。今まで他人には言えなかった自分の思いを。
実際にそれが受け入れられるわけでもなく、学校に行けばまたイジられるだろうし偏見の目を向けられるだろう。だから本当は少し怖いけれど、大丈夫。
「キヨラがここにいるもの」
生きていることを示してトクトクとリズムを刻む心臓の部分に、制服の上から触れる。
目覚めたとき、嫌がらせで受けた傷と共に、首や鎖骨の付近に印された痕は消えていたけれど、心臓のある左胸の肌に、二重ハートのような痣が付いていた。
あれから二週間が過ぎた今でも、これだけは消えずに残っている。
ここは最後にキヨラのキスを受けたところだ。
きっとこれは、キヨラとの契約の印だと、光瑠は信じている。
「生きろ」というキヨラとの契約だ。
あれは夢じゃなかった。キヨラは消滅してしまったけれど、光瑠の心の中でずっと生き続ける。
「よし。大丈夫、大丈夫……」
玄関先で目を閉じ、ふうっと息を吐いた。手を胸から下ろし、道路へ足を踏み出そうと顔を上げる。
「はぁ~い! なに神妙な顔しちゃってんの?」
「へっ」
その直後、目の前に人の顔が現れた。
「光瑠!」
声がふたり分になる。
「……お父さん、お母さん……?」
声がする上方に顔を向けて瞳を左右に動かすが、両親の姿は見えない。それでも声はどんどん大きくなる。
「光瑠、目を開けてちょうだい!」
「しっかりしろ、光瑠」
切実な声は、両親の心配と愛情を伝えた。
光瑠は身体を起こし、声のする方に意識を集中させる。
「呼ばれてんじゃん。光瑠。おまえ、現実の世界でも独りじゃねーよ」
髪に手を入れられて、頭を撫でられた。
視線をキヨラに戻して、息が止まりそうになる。
「キヨラ、身体が透けてる……!」
「ああ、間に合わなかったな。夜明けだ」
「夜明け……!?」
暗かった夢の中の空間に、いつの間にか薄明かりが差している。筋のようだったそれは円錐形に広がり、またたく間にカーテンのように全体に広がっていった。
「キヨラ、早く僕の精を!」
急がなければ、光を受けたキヨラの身体がどんどん透けていく。
「いや、もう間に合わない」
「そんな……」
けれど確かに、光瑠の身体は反応を止めていた。これでは精気を渡せない。
急いで自分の下腹から目線を上げると、キヨラの身体は完全に透けていた。
「あ、ああ……キヨラ………!」
手を伸ばすも、掴める腕がもうない。
「生きろよ、ミツル。二度と死にたいなんて思うな」
顔の斜め半分だけが実体として残ったキヨラは、それでもふんわりと微笑むと、光瑠の左胸にそっとキスをして、やがて全ての姿を消した。
それが光瑠が見た、キヨラの最期だった。
***
「光瑠、無理しなくていいんだぞ。辛かったら行かなくていいし、途中で帰ってきてもいいんだ」
「大丈夫。お父さんとお母さんっていう強い味方がいるし、僕は間違ったことをしているわけじゃないもの」
「そうね。胸を張って行ってきなさい。なにか言ってくる人がいたら、お母さん、フライパン持って駆けつけるから!」
「あは。お母さんが悪者になっちゃうよ。大丈夫、ひとりでも立ち向かえるよ。じゃあ、行ってきます!」
光瑠は今日、二か月弱ぶりに学校へ行く。
睡眠剤を多用した翌朝、病院に運ばれ、処置を受けて夢の中から戻ってきた。
やはり、朝食がいつまでも部屋の中に入らないのを不審に思った両親が、必死でドアロックを外して、昏睡状態の光瑠を発見して救急車を呼んだそうだ。
翌々日には退院をして、帰宅すると両親に強く抱きしめられた。
両親は、戸惑いでどうしたらいいかわからないまま悩んで行動しなかったことを詫びてくれた。
光瑠の感情を完全には理解してやれないが、否定することはないと正直に話してもくれ、これから先、どうしたいかを訊いてくれた。
そして光瑠は選んだ。普通の生活を当たり前に生きることを。
夢の中で、光瑠はしっかりと言えた。「生きたい」「死にたくない」と。
だからきっと言える。されたくないこと、したいこと。今まで他人には言えなかった自分の思いを。
実際にそれが受け入れられるわけでもなく、学校に行けばまたイジられるだろうし偏見の目を向けられるだろう。だから本当は少し怖いけれど、大丈夫。
「キヨラがここにいるもの」
生きていることを示してトクトクとリズムを刻む心臓の部分に、制服の上から触れる。
目覚めたとき、嫌がらせで受けた傷と共に、首や鎖骨の付近に印された痕は消えていたけれど、心臓のある左胸の肌に、二重ハートのような痣が付いていた。
あれから二週間が過ぎた今でも、これだけは消えずに残っている。
ここは最後にキヨラのキスを受けたところだ。
きっとこれは、キヨラとの契約の印だと、光瑠は信じている。
「生きろ」というキヨラとの契約だ。
あれは夢じゃなかった。キヨラは消滅してしまったけれど、光瑠の心の中でずっと生き続ける。
「よし。大丈夫、大丈夫……」
玄関先で目を閉じ、ふうっと息を吐いた。手を胸から下ろし、道路へ足を踏み出そうと顔を上げる。
「はぁ~い! なに神妙な顔しちゃってんの?」
「へっ」
その直後、目の前に人の顔が現れた。
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