生きたい夢魔君と、逝きたいミツル君

カミヤルイ

文字の大きさ
上 下
8 / 9

夜明け

しおりを挟む
「光瑠!」
「光瑠!」

 声がふたり分になる。

「……お父さん、お母さん……?」

 声がする上方に顔を向けて瞳を左右に動かすが、両親の姿は見えない。それでも声はどんどん大きくなる。

「光瑠、目を開けてちょうだい!」
「しっかりしろ、光瑠」

 切実な声は、両親の心配と愛情を伝えた。
 光瑠は身体を起こし、声のする方に意識を集中させる。

「呼ばれてんじゃん。光瑠。おまえ、現実の世界でも独りじゃねーよ」

 髪に手を入れられて、頭を撫でられた。
 視線をキヨラに戻して、息が止まりそうになる。

「キヨラ、身体が透けてる……!」
「ああ、間に合わなかったな。夜明けだ」
「夜明け……!?」

 暗かった夢の中の空間に、いつの間にか薄明かりが差している。筋のようだったそれは円錐えんすい形に広がり、またたく間にカーテンのように全体に広がっていった。

「キヨラ、早く僕の精を!」 

 急がなければ、光を受けたキヨラの身体がどんどん透けていく。

「いや、もう間に合わない」
「そんな……」

 けれど確かに、光瑠の身体は反応を止めていた。これでは精気を渡せない。

 急いで自分の下腹から目線を上げると、キヨラの身体は完全に透けていた。

「あ、ああ……キヨラ………!」

 手を伸ばすも、掴める腕がもうない。

「生きろよ、ミツル。二度と死にたいなんて思うな」

 顔の斜め半分だけが実体として残ったキヨラは、それでもふんわりと微笑むと、光瑠の左胸にそっとキスをして、やがて全ての姿を消した。

 それが光瑠が見た、キヨラの最期だった。




***


「光瑠、無理しなくていいんだぞ。辛かったら行かなくていいし、途中で帰ってきてもいいんだ」
「大丈夫。お父さんとお母さんっていう強い味方がいるし、僕は間違ったことをしているわけじゃないもの」
「そうね。胸を張って行ってきなさい。なにか言ってくる人がいたら、お母さん、フライパン持って駆けつけるから!」
「あは。お母さんが悪者になっちゃうよ。大丈夫、ひとりでも立ち向かえるよ。じゃあ、行ってきます!」

 光瑠は今日、二か月弱ぶりに学校へ行く。

 睡眠剤を多用した翌朝、病院に運ばれ、処置を受けて夢の中から戻ってきた。 
 やはり、朝食がいつまでも部屋の中に入らないのを不審に思った両親が、必死でドアロックを外して、昏睡状態の光瑠を発見して救急車を呼んだそうだ。

 翌々日には退院をして、帰宅すると両親に強く抱きしめられた。
 両親は、戸惑いでどうしたらいいかわからないまま悩んで行動しなかったことを詫びてくれた。 
 光瑠の感情を完全には理解してやれないが、否定することはないと正直に話してもくれ、これから先、どうしたいかを訊いてくれた。

 そして光瑠は選んだ。普通の生活を当たり前に生きることを。

 夢の中で、光瑠はしっかりと言えた。「生きたい」「死にたくない」と。
 だからきっと言える。されたくないこと、したいこと。今まで他人には言えなかった自分の思いを。

 実際にそれが受け入れられるわけでもなく、学校に行けばまたイジられるだろうし偏見の目を向けられるだろう。だから本当は少し怖いけれど、大丈夫。

「キヨラがここにいるもの」

 生きていることを示してトクトクとリズムを刻む心臓の部分に、制服の上から触れる。

 目覚めたとき、嫌がらせで受けた傷と共に、首や鎖骨の付近にしるされた痕は消えていたけれど、心臓のある左胸の肌に、二重ハートのような痣が付いていた。
 あれから二週間が過ぎた今でも、これだけは消えずに残っている。

 ここは最後にキヨラのキスを受けたところだ。
 きっとこれは、キヨラとの契約の印だと、光瑠は信じている。
「生きろ」というキヨラとの契約だ。

 あれは夢じゃなかった。キヨラは消滅してしまったけれど、光瑠の心の中でずっと生き続ける。

「よし。大丈夫、大丈夫……」

 玄関先で目を閉じ、ふうっと息を吐いた。手を胸から下ろし、道路へ足を踏み出そうと顔を上げる。

「はぁ~い! なに神妙な顔しちゃってんの?」
「へっ」

 その直後、目の前に人の顔が現れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

僕の罪と君の記憶

深山恐竜
BL
 ——僕は17歳で初恋に落ちた。  そしてその恋は叶った。僕と恋人の和也は幸せな時間を過ごしていたが、ある日和也から別れ話を切り出される。話し合いも十分にできないまま、和也は交通事故で頭を打ち記憶を失ってしまった。  もともと和也はノンケであった。僕は恋仲になることで和也の人生を狂わせてしまったと負い目を抱いていた。別れ話をしていたこともあり、僕は記憶を失った和也に自分たちの関係を伝えなかった。  記憶を失い別人のようになってしまった和也。僕はそのまま和也との関係を断ち切ることにしたのだが……。

恭介&圭吾シリーズ

芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

処理中です...