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プロローグ

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 辛いことは眠って忘れる。

 中学生の頃からずっと好きだった人への気持ちを他人に暴かれ、その人から妖怪でも見るような視線を向けられて「キモい、死ねよ」と言われたことも。

 クラスメイトから同性への思慕をネタにされて、ひどい嫌がらせを受けたことも。

 騒ぎを知った教師が理想的な弁論をしながらも微妙な表情をしていたことも、連絡を受けた両親が沈黙して頭をかかえたことも。

 あれもこれも、辛いことは眠ってしまえば全部忘れられる。体に受けた無数の傷もそのうち癒えていく。
 ただ癒えようが癒えまいが、もうどうでもいいのだけれど。

***


 小野光瑠おのみつる、高校一年生は気が弱く受動的な性格だったが、初めて思い切ったことをやってみた。

 その①。
 午前中に、外出中の祖父母の家に行き、祖母の常用の睡眠剤を引き出しから抜き取った。二シート二十錠。ネットには睡眠剤を多用しても死に至らないと載っていたが、昏睡状態にはなるようだ。発見が遅れたら逝けるかもしれない。

 その②。
 昼前にホームセンターでドアロックを三つ買ってきて取り付けた。引きこもりになって、もう一か月と少し。すでに放置され気味だ。
 運ばれてくる朝食をいつまでも部屋に入れずに母親に不審がられても、こうすることで部屋に入ってくる時間が遅れるだろう。

「よし、準備できた。……さようなら皆さん、と」

 その③。
 逝けたときに備えて、遺書を書いた。気弱で悪意が苦手な光瑠は、誰のことも責めずに別れの言葉だけを書いた。
 それに、書いたって一時期話題になるだけで、すぐに風化するのを知っている。

 ペンをていねいにケースにしまうと、光瑠はパジャマに着替えた。
 夜もふけた二十三時。とうとうその④を実行するときがやってきたのだ。

 くすねた薬、全二十錠を口の奥に放り込み、ペットボトルを逆さに向けて水を流し入れる。

「ごくん、んく、うっくん」

 さすがに喉に引っかかった。水を足しながら呑み下すと、そう時間が経たずに頭の中に白いモヤがかかってきたので、ベッドに上がって毛布の中で身体を丸める。

「これで全部、忘れられる」

 光瑠は目を閉じ、深い眠りの底へと堕ちていった。
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