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番外編
ニコラのヒバリ③
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それから数日後。
僕は緊張しながら外出の支度をしていた。
シンプルなブラウスを着て、伸びっぱなしだった髪を櫛できちんと整え、最後にヒバリが付いたペンダントを首からかける。
このペンダントは、愛を交わしあった日にソンリュンさんが贈ってくれたものだ。
これを見たとき、僕はハッと息を呑んだ。エルフィーがクラウスとつがいになって以降、大事に身に着けていたものと同じだったからだ。
「これは、私の家で代々造っているものなのですよ。もちろんニコラさんに贈るものは、私がいちから造ったものです」
そう言ってから、東方のヒバリと、このペンダントの謂れを教えてくれた。
「つがい呼びの笛」だなんて、エルフィーが好みそうなお話だな……
そう懐かしく思いつつ、僕も胸のときめきを覚えながら、ヒバリの尾にそっと息を吹き込んだ。
――ピロロロロ。
その音は、「あの日」の記憶を呼び覚まさせた。
***
エルフィーとクラウスのつがい解消を試み、クラウスとつがおうとしたあの日。
僕はエルフィーの心が僕には戻らないことを悟るとともに、つがいが解消され、意識を混濁させてもなおエルフィーの名を呼び続けるクラウスを見て、心に迷いが生じた。
ここまできたのに、こんなことまでして辿り着いたのに、僕が手に入れられるものはなにもない。手に入るはずだった僕の欲しいものは、欠片も手に入れられない。
――欲しいもの。僕が本当に欲しかったのは、なんだったんだろう?
途端にわからなくなり、虚無感に襲われた。そして、大好きな兄さんと幼馴染を傷つけたことをひどく後悔した。僕のわがままで思い合うふたりを遠ざけ、それでも求め合ったふたりの絆を引き裂いた。
エルフィーは、僕を嫌いになる。寛容で、僕のどんなわがままも受けとめてきてくれたエルフィーも、とうとう僕を見放すに違いない。
「いや、いやだ。いやだ……」
僕はヒートで疼く体を抱きしめながら、一度は閉めたドアの内鍵を開けドアを開放した。
次に、試験台の上にある薬草瓶に手を伸ばした。
そのひとつに、ヒート抑制に即効性のある薬草エキスが入っていたのだ。
これでヒートを抑えて、クラウスの意識がしっかりしたら出ていってもらおう。そう思った。
だけど体が思いどおりに動かず、瓶を落として割ってしまった。
――なにもかもうまくいかない。やっぱり僕は駄目な子なんだ。僕には価値がない。こんな子だから、誰からも見放される……!
僕は割れた瓶の欠片を手に取って手首に当てた。価値のない僕なんて、いなくなればいい。
そのときクラウスが僕の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、もうよくわかっていなかった。
強制的にヒートを起こし、たくさんの薬草に蝕まれた僕の意識は混濁していたのだろう。
目の前が暗くなり、耳鳴りと頭痛がして、体のあちこちも痺れていた。
けれど、あるとき────
――ピロロ、ピロロ
小鳥が高く舞い上がり、誰かを呼んでいるような囀りが聞こえた。
それは僕への呼びかけではなかっただろう。それでも僕の混濁した頭に響き、仄かな光を生んだ。
まるで、夜の暗がりが徐々に薄れ、ほんのりと空が赤らむ夜明けのようだった。
そして気づくとクラウスに抱きかかえられていた。
そのときのこともほとんど覚えていない。でも凄く凄く切なくて、そして甘えたくて、僕は子どものように泣き喚き、やがて疲れて思考を閉ざした。
***
僕は緊張しながら外出の支度をしていた。
シンプルなブラウスを着て、伸びっぱなしだった髪を櫛できちんと整え、最後にヒバリが付いたペンダントを首からかける。
このペンダントは、愛を交わしあった日にソンリュンさんが贈ってくれたものだ。
これを見たとき、僕はハッと息を呑んだ。エルフィーがクラウスとつがいになって以降、大事に身に着けていたものと同じだったからだ。
「これは、私の家で代々造っているものなのですよ。もちろんニコラさんに贈るものは、私がいちから造ったものです」
そう言ってから、東方のヒバリと、このペンダントの謂れを教えてくれた。
「つがい呼びの笛」だなんて、エルフィーが好みそうなお話だな……
そう懐かしく思いつつ、僕も胸のときめきを覚えながら、ヒバリの尾にそっと息を吹き込んだ。
――ピロロロロ。
その音は、「あの日」の記憶を呼び覚まさせた。
***
エルフィーとクラウスのつがい解消を試み、クラウスとつがおうとしたあの日。
僕はエルフィーの心が僕には戻らないことを悟るとともに、つがいが解消され、意識を混濁させてもなおエルフィーの名を呼び続けるクラウスを見て、心に迷いが生じた。
ここまできたのに、こんなことまでして辿り着いたのに、僕が手に入れられるものはなにもない。手に入るはずだった僕の欲しいものは、欠片も手に入れられない。
――欲しいもの。僕が本当に欲しかったのは、なんだったんだろう?
途端にわからなくなり、虚無感に襲われた。そして、大好きな兄さんと幼馴染を傷つけたことをひどく後悔した。僕のわがままで思い合うふたりを遠ざけ、それでも求め合ったふたりの絆を引き裂いた。
エルフィーは、僕を嫌いになる。寛容で、僕のどんなわがままも受けとめてきてくれたエルフィーも、とうとう僕を見放すに違いない。
「いや、いやだ。いやだ……」
僕はヒートで疼く体を抱きしめながら、一度は閉めたドアの内鍵を開けドアを開放した。
次に、試験台の上にある薬草瓶に手を伸ばした。
そのひとつに、ヒート抑制に即効性のある薬草エキスが入っていたのだ。
これでヒートを抑えて、クラウスの意識がしっかりしたら出ていってもらおう。そう思った。
だけど体が思いどおりに動かず、瓶を落として割ってしまった。
――なにもかもうまくいかない。やっぱり僕は駄目な子なんだ。僕には価値がない。こんな子だから、誰からも見放される……!
僕は割れた瓶の欠片を手に取って手首に当てた。価値のない僕なんて、いなくなればいい。
そのときクラウスが僕の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、もうよくわかっていなかった。
強制的にヒートを起こし、たくさんの薬草に蝕まれた僕の意識は混濁していたのだろう。
目の前が暗くなり、耳鳴りと頭痛がして、体のあちこちも痺れていた。
けれど、あるとき────
――ピロロ、ピロロ
小鳥が高く舞い上がり、誰かを呼んでいるような囀りが聞こえた。
それは僕への呼びかけではなかっただろう。それでも僕の混濁した頭に響き、仄かな光を生んだ。
まるで、夜の暗がりが徐々に薄れ、ほんのりと空が赤らむ夜明けのようだった。
そして気づくとクラウスに抱きかかえられていた。
そのときのこともほとんど覚えていない。でも凄く凄く切なくて、そして甘えたくて、僕は子どものように泣き喚き、やがて疲れて思考を閉ざした。
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