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本編
クラウスの帰還③
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「クラウス、お茶を入れたよ。ガーデンテラスで一緒に飲もう!」
「ああ、ありがとう」
クラウスが穏やかに微笑み、肩を並べてテラスに出る。
だけどその相手は俺じゃない。クラウスが微笑みかけているのは、ニコラだ。
「エルフィー、エルフィーもおいでよ! ねえ、クラウス。エルフィーが一緒でもいいでしょう?」
「あ、ああ……」
ニコラは満面の笑みでクラウスの腕に抱きつき、片手を上げて俺に手を振るけど、クラウスは戸惑いの表情を浮かべ、すい、と俺から目をそらしてしまう。これは、あの日見た夢の続きじゃなくて、現実だ。
「俺、今は欲しくないからいいや……」
俺は静かに首を振って、離宮の方向へ身体を向けた。背の後ろで、クラウスに明るく話しかけるニコラの声が聞こえる。すごく辛くて、無意識に耳を塞いだ。
クラウスが戻ってから四日が過ぎている。重責ある任務から離れ、家で過ごすのがやっぱり良かったのか、クラウスの記憶はほぼ補完されていた。だけど俺とニコラのことを思い出してくれない。
俺とつがい関係にあることは、帰還初日に夫人が説明してくれている。でもあのときのクラウスは、大きなショックを受けていた。
────あのとき……。
「俺に、つがい、ですか? なぜ……俺はアカデミーを卒業し、騎士団に属したばかりですよね? いったいいつのことなのでしょう。結婚も、婚約さえも済ませていないのに、番の契約を結んだとは……まさか、俺が君に不手際を働いたのだろうか」
以前も「さまざまな順序を飛ばしてしまった。できることなら初めからやり直したい」と悔いていたクラウス。それと同じようなことを言い、顔を青くした。
違うよクラウス。悔いて欲しいんじゃない。思い出してほしいだけなんだ。
「違うんだ。クラウスは悪くない。俺が……」
言いかけると、夫人の手が肩に置かれた。
「その先はクラウスがあなたを思い出してからにしましょう。焦るだろうけど、ゆっくり、ね……?」
……そうだよな、俺のことをなにも思い出せていないんだ。番になっていることにも大きな衝撃を受けているのに、整理できないまま次々と情報を入れても新たな混乱を起こさせるだけだ。
まだ帰って来たばかりだもの。一緒に過ごせばきっと思い出してくれる。
でもクラウスは、今でも混乱と衝撃を受けたままで、俺がそばに寄ると身体を強張らせ、目をそらしてしまう。まるでアカデミーにいたときみたいだ。
ううん、それ以上に酷い状況かもしれない。
「すまない。心の整理が付かないんだ。それに君といると、かすかなフェロモンを感じる。それが今の俺には苦しいばかりで、心と身体が引き裂かれそうになる。申しわけないが少しの間、距離を置かせてほしい」
と、はっきりと言われてしまった。
アカデミーの頃は俺への愛情の裏返しで避けられていた。でも今は、俺に愛情を感じられないどころか強い拒否感を持っている。
心が俺をつがいだと認定しないのに、フェロモンには反応してしまうのが、真面目なクラウスには耐えがたいんだろう。
そして、クラウスはニコラだと平気みたいで、家にいる間のほとんどをニコラと過ごしている。気がつけばいつも一緒で、楽しそうに談笑して……おかげでニコラは前のような明るさを取り戻しているけど、反対に俺の心は荒んでいく。
嫌だ、ニコラに優しい顔で微笑みかけないで。ニコラにその逞しい腕を預けないで。クラウス、俺だけを見て……!
俺は醜い。今になり、ニコラの発作が酷く強くなっていた理由がわかる。
これは嫉妬だ。
嫉妬は人の心をかき乱し、心を醜くする。ニコラが俺に憎悪を持つようになったのも当然だ。
だって、こんなに辛い。好きな人が俺を少しも見てくれない、辛い、辛い、辛い。苦しいよ……!
ねえクラウス、どうして俺を思い出してくれないの? 少しの間ってどれくらい? いつになれば俺と向き合ってくれる? せめて話がしたいよ。
「あ」
不意に気づいて、離宮の扉を目前にして足を止める。
……話を……きちんと話せなくても、俺がクラウスを好きだと思う気持ちだけでも伝えちゃ駄目かな?
事故つがいになった本当の経緯は、記憶が戻ったらちゃんと話す。でも気持ちだけは……。
そうだ、俺が悪かったからだとか、今まで繰り返した話はきっとあとでも間に合う。今は俺がクラウスを思う気持ちを伝えて、お前と番になれたことがとても嬉しいから、どうか番になったことを心苦しく思わないでと話そう。
そして、今度は俺がクラウスを待つ。
クラウスが俺の心がクラウスに向くのを待つって言ってくれたから、次はお前が俺を思い出してくれるまで、好きだと言い続けて待つよ!
今までごめんな。好きだと言ってくれたのに、俺は好きじゃないなんて言い続けてた。でも俺、ニコラにも伝えたから。もうためらわない。
ニコラがそこにいたっていい。俺はクラウスが好きだと、嘘偽りない気持ちを伝えるんだ。
思い込んだら一直線なのは、俺の欠点でもあり多分長所。
くるりと向きを変えて、ガーデンテラスへ一目散に向かった。
「ああ、ありがとう」
クラウスが穏やかに微笑み、肩を並べてテラスに出る。
だけどその相手は俺じゃない。クラウスが微笑みかけているのは、ニコラだ。
「エルフィー、エルフィーもおいでよ! ねえ、クラウス。エルフィーが一緒でもいいでしょう?」
「あ、ああ……」
ニコラは満面の笑みでクラウスの腕に抱きつき、片手を上げて俺に手を振るけど、クラウスは戸惑いの表情を浮かべ、すい、と俺から目をそらしてしまう。これは、あの日見た夢の続きじゃなくて、現実だ。
「俺、今は欲しくないからいいや……」
俺は静かに首を振って、離宮の方向へ身体を向けた。背の後ろで、クラウスに明るく話しかけるニコラの声が聞こえる。すごく辛くて、無意識に耳を塞いだ。
クラウスが戻ってから四日が過ぎている。重責ある任務から離れ、家で過ごすのがやっぱり良かったのか、クラウスの記憶はほぼ補完されていた。だけど俺とニコラのことを思い出してくれない。
俺とつがい関係にあることは、帰還初日に夫人が説明してくれている。でもあのときのクラウスは、大きなショックを受けていた。
────あのとき……。
「俺に、つがい、ですか? なぜ……俺はアカデミーを卒業し、騎士団に属したばかりですよね? いったいいつのことなのでしょう。結婚も、婚約さえも済ませていないのに、番の契約を結んだとは……まさか、俺が君に不手際を働いたのだろうか」
以前も「さまざまな順序を飛ばしてしまった。できることなら初めからやり直したい」と悔いていたクラウス。それと同じようなことを言い、顔を青くした。
違うよクラウス。悔いて欲しいんじゃない。思い出してほしいだけなんだ。
「違うんだ。クラウスは悪くない。俺が……」
言いかけると、夫人の手が肩に置かれた。
「その先はクラウスがあなたを思い出してからにしましょう。焦るだろうけど、ゆっくり、ね……?」
……そうだよな、俺のことをなにも思い出せていないんだ。番になっていることにも大きな衝撃を受けているのに、整理できないまま次々と情報を入れても新たな混乱を起こさせるだけだ。
まだ帰って来たばかりだもの。一緒に過ごせばきっと思い出してくれる。
でもクラウスは、今でも混乱と衝撃を受けたままで、俺がそばに寄ると身体を強張らせ、目をそらしてしまう。まるでアカデミーにいたときみたいだ。
ううん、それ以上に酷い状況かもしれない。
「すまない。心の整理が付かないんだ。それに君といると、かすかなフェロモンを感じる。それが今の俺には苦しいばかりで、心と身体が引き裂かれそうになる。申しわけないが少しの間、距離を置かせてほしい」
と、はっきりと言われてしまった。
アカデミーの頃は俺への愛情の裏返しで避けられていた。でも今は、俺に愛情を感じられないどころか強い拒否感を持っている。
心が俺をつがいだと認定しないのに、フェロモンには反応してしまうのが、真面目なクラウスには耐えがたいんだろう。
そして、クラウスはニコラだと平気みたいで、家にいる間のほとんどをニコラと過ごしている。気がつけばいつも一緒で、楽しそうに談笑して……おかげでニコラは前のような明るさを取り戻しているけど、反対に俺の心は荒んでいく。
嫌だ、ニコラに優しい顔で微笑みかけないで。ニコラにその逞しい腕を預けないで。クラウス、俺だけを見て……!
俺は醜い。今になり、ニコラの発作が酷く強くなっていた理由がわかる。
これは嫉妬だ。
嫉妬は人の心をかき乱し、心を醜くする。ニコラが俺に憎悪を持つようになったのも当然だ。
だって、こんなに辛い。好きな人が俺を少しも見てくれない、辛い、辛い、辛い。苦しいよ……!
ねえクラウス、どうして俺を思い出してくれないの? 少しの間ってどれくらい? いつになれば俺と向き合ってくれる? せめて話がしたいよ。
「あ」
不意に気づいて、離宮の扉を目前にして足を止める。
……話を……きちんと話せなくても、俺がクラウスを好きだと思う気持ちだけでも伝えちゃ駄目かな?
事故つがいになった本当の経緯は、記憶が戻ったらちゃんと話す。でも気持ちだけは……。
そうだ、俺が悪かったからだとか、今まで繰り返した話はきっとあとでも間に合う。今は俺がクラウスを思う気持ちを伝えて、お前と番になれたことがとても嬉しいから、どうか番になったことを心苦しく思わないでと話そう。
そして、今度は俺がクラウスを待つ。
クラウスが俺の心がクラウスに向くのを待つって言ってくれたから、次はお前が俺を思い出してくれるまで、好きだと言い続けて待つよ!
今までごめんな。好きだと言ってくれたのに、俺は好きじゃないなんて言い続けてた。でも俺、ニコラにも伝えたから。もうためらわない。
ニコラがそこにいたっていい。俺はクラウスが好きだと、嘘偽りない気持ちを伝えるんだ。
思い込んだら一直線なのは、俺の欠点でもあり多分長所。
くるりと向きを変えて、ガーデンテラスへ一目散に向かった。
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