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本編
さまざまな真実③
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ラボに向かいかけた足を止める。
ご令嬢は従者に一歩下がるように言うと、扇子で口元を隠しながら俺の耳に顔を近づけた。
「プロムの夜、私たち、一晩を過ごしたの」
「え……」
「ふふふ。彼、あなたと約束をしていたみたいだけど、私が将来の話がしたいとお誘いしたら、二つ返事で頷いてくれて。勿論お父様の公認よ。彼は私の家に来て、お父様とお母様も含めてこれからのことを話したわ……そして夜は、一晩中起きて熱い口付けを交わしたの。婚前の交渉はよくないと私を大事に抱きしめてくれて、とても幸せだった」
彼女はうっとりしながらも、最後は勝ち誇ったような目で俺を見て、扇子をパチン!と畳んだ。
「だから、もう二度とフェリックスには近づかないでちょうだい! わかったわね?」
最後にそう言い捨てて、従者を呼びつけて道を進む。俺は去っていく彼女の背中を呆然と見た。
フェリックス……だからあの日、来なかったんだ。先に約束していた俺よりも、アルファの伯爵令嬢の誘いを受けて。
でも、少しもショックじゃなかった。ああ、そうだったんだ、と事実に納得するだけで、悲しさは少しもない。あの日、俺の元に来たのがフェリックスじゃなくて良かったと、むしろそう思える。
あの日俺の元に来てくれたのはクラウスだ。クラウスはフェリックスが伯爵令嬢の返事に即決断したのを見ていたんだろう。そして、俺のことはどうするんだと憤ってくれたんだ。そのことが嬉しい。
ただ、フェリックスが行ってしまったあとのことはクラウスは知らないから、彼がご令嬢と婚約話が進んでいることを知らず、まだ俺とフェリックスがお付き合いをする可能性もあると思っているし、俺の気持ちを優先しようとしてくれている。
早く伝えたい。俺がフェリックスを選ぶことはないんだと。
「でも、変だな……じゃあなぜフェリックスは俺に交際を申し込むんだ……?」
彼女が勘違いをしている? いや、伯爵家に行き、挨拶をして泊まりもしたんだろう? 勘違いで済むわけがない。
「わかんない……でも、どっちにせよ俺は断るんだ。今はそれよりニコラだ」
フェリックスのことはもうどうでもよかった。彼のことを考えるのも、彼のことを話していて過ぎた時間も勿体ない。
俺は再びラボへの道を急いだ。
始業前のラボに門番はいない。でもエントランスの両開きのドアの片面が開け放たれている。ニコラが気もそぞろに入って行ったんだろう。
階段を何段か飛ばして駆け上がり、磨かれた廊下の床をキュッキュッと鳴らしながら二階奥の研究室に走った。
ドアが閉まっている。ドアノブを回すとドアノブは回転するけど、扉は開かない。内鍵をかけているんだ。
「ニコラ! ニコラ、いるんだろう! 開けて!」
ドンドンドン!
ドアを力任せに叩く。それでも返事はない。
「ニコラってば! 今は家に帰ろう! これ以上身体に負担をかけるな! ニコラ!」
もうどれくらい叩いて叫んでいるのか、そしてニコラはいつからここにいるのか……俺の手が赤くなって痛みを覚えてきた頃、スタッフがやってき始めた音がして、父様も急ぎ足でやってきた。
「エルフィー、ニコラがここにいるのか? ニコラ、開けなさい! いったいなにをやっているんだ! ニコラ!」
父様もドアを叩くけど、返答はない。
「父様。ニコラ、もしかしたらモディルやエフェクスを使っているかもしれなくて、危険なんだ」
きっとニコラは知られたくないだろうけど、事は緊急を要する。はやく毒薬離脱の魔法をかけないと。
「なんだと!? ……誰か、ドアを破ってくれ!」
とは言っても、オメガばかりのラボのスタッフにそんな怪力はいない。集まったスタッフは、数人でドアに体当たりをしてみようかと口にし出した。
「俺も一緒にやる!」
意気込んで言ったときだった。
「私に任せなさい!」
高い大きな声が廊下に響いた。この声は……。
ご令嬢は従者に一歩下がるように言うと、扇子で口元を隠しながら俺の耳に顔を近づけた。
「プロムの夜、私たち、一晩を過ごしたの」
「え……」
「ふふふ。彼、あなたと約束をしていたみたいだけど、私が将来の話がしたいとお誘いしたら、二つ返事で頷いてくれて。勿論お父様の公認よ。彼は私の家に来て、お父様とお母様も含めてこれからのことを話したわ……そして夜は、一晩中起きて熱い口付けを交わしたの。婚前の交渉はよくないと私を大事に抱きしめてくれて、とても幸せだった」
彼女はうっとりしながらも、最後は勝ち誇ったような目で俺を見て、扇子をパチン!と畳んだ。
「だから、もう二度とフェリックスには近づかないでちょうだい! わかったわね?」
最後にそう言い捨てて、従者を呼びつけて道を進む。俺は去っていく彼女の背中を呆然と見た。
フェリックス……だからあの日、来なかったんだ。先に約束していた俺よりも、アルファの伯爵令嬢の誘いを受けて。
でも、少しもショックじゃなかった。ああ、そうだったんだ、と事実に納得するだけで、悲しさは少しもない。あの日、俺の元に来たのがフェリックスじゃなくて良かったと、むしろそう思える。
あの日俺の元に来てくれたのはクラウスだ。クラウスはフェリックスが伯爵令嬢の返事に即決断したのを見ていたんだろう。そして、俺のことはどうするんだと憤ってくれたんだ。そのことが嬉しい。
ただ、フェリックスが行ってしまったあとのことはクラウスは知らないから、彼がご令嬢と婚約話が進んでいることを知らず、まだ俺とフェリックスがお付き合いをする可能性もあると思っているし、俺の気持ちを優先しようとしてくれている。
早く伝えたい。俺がフェリックスを選ぶことはないんだと。
「でも、変だな……じゃあなぜフェリックスは俺に交際を申し込むんだ……?」
彼女が勘違いをしている? いや、伯爵家に行き、挨拶をして泊まりもしたんだろう? 勘違いで済むわけがない。
「わかんない……でも、どっちにせよ俺は断るんだ。今はそれよりニコラだ」
フェリックスのことはもうどうでもよかった。彼のことを考えるのも、彼のことを話していて過ぎた時間も勿体ない。
俺は再びラボへの道を急いだ。
始業前のラボに門番はいない。でもエントランスの両開きのドアの片面が開け放たれている。ニコラが気もそぞろに入って行ったんだろう。
階段を何段か飛ばして駆け上がり、磨かれた廊下の床をキュッキュッと鳴らしながら二階奥の研究室に走った。
ドアが閉まっている。ドアノブを回すとドアノブは回転するけど、扉は開かない。内鍵をかけているんだ。
「ニコラ! ニコラ、いるんだろう! 開けて!」
ドンドンドン!
ドアを力任せに叩く。それでも返事はない。
「ニコラってば! 今は家に帰ろう! これ以上身体に負担をかけるな! ニコラ!」
もうどれくらい叩いて叫んでいるのか、そしてニコラはいつからここにいるのか……俺の手が赤くなって痛みを覚えてきた頃、スタッフがやってき始めた音がして、父様も急ぎ足でやってきた。
「エルフィー、ニコラがここにいるのか? ニコラ、開けなさい! いったいなにをやっているんだ! ニコラ!」
父様もドアを叩くけど、返答はない。
「父様。ニコラ、もしかしたらモディルやエフェクスを使っているかもしれなくて、危険なんだ」
きっとニコラは知られたくないだろうけど、事は緊急を要する。はやく毒薬離脱の魔法をかけないと。
「なんだと!? ……誰か、ドアを破ってくれ!」
とは言っても、オメガばかりのラボのスタッフにそんな怪力はいない。集まったスタッフは、数人でドアに体当たりをしてみようかと口にし出した。
「俺も一緒にやる!」
意気込んで言ったときだった。
「私に任せなさい!」
高い大きな声が廊下に響いた。この声は……。
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