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本編
つがい解消薬の行方③
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薬をかけられる……!
「……う、ううっ……駄目、駄目……」
「…………?」
身を縮めて目を閉じるも、薬液は垂れて来なかった。熱さも痛みもない。
片目を細く開けて見てみると、ニコラは開けた蓋を閉じ直して、ぎゅっと握りしめている
ニコラ……! 躊躇してくれた。今のうちに取り上げなきゃ!
「ニコラ、それを貸して? こんな危ないこと、ニコラはできないの、わかってる。な?」
そうだ。ニコラは発作的に喚いたり暴れたりするけど、意思を持って人を傷つけようなんて思わない子だ。大丈夫。落ち着かせるんだ。
「俺はニコラを裏切ったりしないよ? いつもニコラを一番に考えてる。ニコラが幸せじゃないと、俺も幸せになれない」
実際は裏切ってしまっている。それでも双子の弟の幸せを願ってきたのは本当のことだ。自分だけクラウスと幸せになろうとも思っていない。
俺は必死で足に力を入れて立ち上がり、ニコラの手に手を重ねて、一緒に薬草瓶を持った。
「嘘だ、嘘だ。エルフィーは僕を裏切ってる」
恨みがましい目つきで睨んでくる。でも、交互にすがるような瞳にもなる。
「嘘じゃない。幼い頃から何度も言ってるじゃないか。憶えてるだろ?」
「う……うぅ~~。エルフィー……」
苦悶の表情と共に、ニコラの手の力が緩む。この調子だ。ゆっくりゆっくりと言葉をかけて、落ち着かせるんだ。
「ニコラ。大好きだよ。俺のたった一人の弟」
「……じゃあ、クラウスは? クラウスのことはどう思ってるの!?」
クラウスのことを思うと気が昂るんだろう。ニコラの手にまた力が入る。薬草瓶はまだ取り上げられない。
「俺は……」
さっきも言いかけたことだ。もう本当の気持ちを言ってしまいたい。言った方がいいのもわかってる。でもやっぱり今は駄目だ。どうしてここまで錯乱するのかわからないけど、この様子では酷い場合はニコラは自分を傷つけてしまうかもしれない。父様と母様に協力をお願いして、家族が揃っている場でニコラが衝動的な行動をしないように、注意を払う必要がある。
「俺は……」
深呼吸をする。クラウスのことを心から好きになっている俺は、もう心を偽りたくなかった。
クラウスがここにいなくても、「クラウスが好きだ」と胸を張って言いたかった。
好きだよ。クラウス。
大好きだよ。
お前が遠征から戻ったら、必ず伝えるから。
もう一度息を吸った。ニコラは俺の返事を待ち、俺の目を見つめながら薬草瓶を持つ手を震わせている。
「……俺は、クラウスを好きじゃない。これからも……好きには、ならない」
辛い。どうして今までこんな言葉をクラウス本人に向けていられたんだろう。今日を最後に、もう二度と言いたくない。
「本当? エルフィーは、クラウスを好きじゃやない? クラウスとは、つがいを解消してくれる?」
ああ、でも、効果はあった。ニコラの手の力が緩んでいく。もうあと一押しで瓶を奪える。
「本当だよ? 俺はクラウスを好きじゃない。つがいも……解消する」
「う……」
……手が緩んだ! ニコラの手が完全に薬草瓶から離れた!
と、思ったそのときだった。
ニコラは朦朧としながら二・三歩よろめいて後ずさると、切られた大木のように、突然に頭から床に倒れていく。
頭を打ってしまう。助けなきゃ!
「ニコラ!」
「ニコラ!」
急いで手を伸ばしたと同時、共にニコラを呼ぶ声がして、開け放したままだったドアから黄金色の瞳の黒い体躯が駆けこんできた。
黒豹かと見まがうそれは、騎士団の漆黒の外套を身にまとったクラウスだった────
「……う、ううっ……駄目、駄目……」
「…………?」
身を縮めて目を閉じるも、薬液は垂れて来なかった。熱さも痛みもない。
片目を細く開けて見てみると、ニコラは開けた蓋を閉じ直して、ぎゅっと握りしめている
ニコラ……! 躊躇してくれた。今のうちに取り上げなきゃ!
「ニコラ、それを貸して? こんな危ないこと、ニコラはできないの、わかってる。な?」
そうだ。ニコラは発作的に喚いたり暴れたりするけど、意思を持って人を傷つけようなんて思わない子だ。大丈夫。落ち着かせるんだ。
「俺はニコラを裏切ったりしないよ? いつもニコラを一番に考えてる。ニコラが幸せじゃないと、俺も幸せになれない」
実際は裏切ってしまっている。それでも双子の弟の幸せを願ってきたのは本当のことだ。自分だけクラウスと幸せになろうとも思っていない。
俺は必死で足に力を入れて立ち上がり、ニコラの手に手を重ねて、一緒に薬草瓶を持った。
「嘘だ、嘘だ。エルフィーは僕を裏切ってる」
恨みがましい目つきで睨んでくる。でも、交互にすがるような瞳にもなる。
「嘘じゃない。幼い頃から何度も言ってるじゃないか。憶えてるだろ?」
「う……うぅ~~。エルフィー……」
苦悶の表情と共に、ニコラの手の力が緩む。この調子だ。ゆっくりゆっくりと言葉をかけて、落ち着かせるんだ。
「ニコラ。大好きだよ。俺のたった一人の弟」
「……じゃあ、クラウスは? クラウスのことはどう思ってるの!?」
クラウスのことを思うと気が昂るんだろう。ニコラの手にまた力が入る。薬草瓶はまだ取り上げられない。
「俺は……」
さっきも言いかけたことだ。もう本当の気持ちを言ってしまいたい。言った方がいいのもわかってる。でもやっぱり今は駄目だ。どうしてここまで錯乱するのかわからないけど、この様子では酷い場合はニコラは自分を傷つけてしまうかもしれない。父様と母様に協力をお願いして、家族が揃っている場でニコラが衝動的な行動をしないように、注意を払う必要がある。
「俺は……」
深呼吸をする。クラウスのことを心から好きになっている俺は、もう心を偽りたくなかった。
クラウスがここにいなくても、「クラウスが好きだ」と胸を張って言いたかった。
好きだよ。クラウス。
大好きだよ。
お前が遠征から戻ったら、必ず伝えるから。
もう一度息を吸った。ニコラは俺の返事を待ち、俺の目を見つめながら薬草瓶を持つ手を震わせている。
「……俺は、クラウスを好きじゃない。これからも……好きには、ならない」
辛い。どうして今までこんな言葉をクラウス本人に向けていられたんだろう。今日を最後に、もう二度と言いたくない。
「本当? エルフィーは、クラウスを好きじゃやない? クラウスとは、つがいを解消してくれる?」
ああ、でも、効果はあった。ニコラの手の力が緩んでいく。もうあと一押しで瓶を奪える。
「本当だよ? 俺はクラウスを好きじゃない。つがいも……解消する」
「う……」
……手が緩んだ! ニコラの手が完全に薬草瓶から離れた!
と、思ったそのときだった。
ニコラは朦朧としながら二・三歩よろめいて後ずさると、切られた大木のように、突然に頭から床に倒れていく。
頭を打ってしまう。助けなきゃ!
「ニコラ!」
「ニコラ!」
急いで手を伸ばしたと同時、共にニコラを呼ぶ声がして、開け放したままだったドアから黄金色の瞳の黒い体躯が駆けこんできた。
黒豹かと見まがうそれは、騎士団の漆黒の外套を身にまとったクラウスだった────
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