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本編

これは叶わない恋だ②

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「……クラウス!」

 執務室に入るとすぐ、クラウスの名を嬉しそうに呼ぶニコラの姿が目に飛び込んできて、顔と背中に力が入った。
 でも俺の瞳と同じ、ニコラのエメラルドの瞳には、クラウスしか映っていない。俺の焦りには気づいていなさそうだ。

「やあ、ニコラ。久しぶりだな。変わりないか?」
「……うん! うん! クラウスも、任務お疲れ様。僕、とてもとても心配していたよ。無事に帰還してくれてよかった!」

 ニコラは胸の前で手を組み、瞳をきらきらと輝かせている。
 鈍い俺から見てもわかるのに、クラウスにはニコラの漏れ出る思いが見えないんだろうか。

 ああ、わかってないんだ……クラウスは「ありがとう」とだけニコラに言うとすぐ、父様の席の前に移り、挨拶をした。まずは義理の息子になる者としての挨拶と、慶事の発表が遅れる事への謝罪。

 それから、昨日夫人や俺にも語ったカロルーナ地区の悲惨な状況を短く話し、モンテカルスト公爵家後嗣こうしとしても、薬品の錬成をお願いすると頭を下げていた。

 ニコラはクラウスに気にかけてもらえなかったのが寂しそうな反面、嬉しそうでもある。
 つがい解消薬に目処が立ってないから、婚約発表や結婚式が延びたことに安堵しているようだった。



「エルフィー、お疲れ様」
「ありがとう、ニコラ」

 お昼の休憩のときに、ニコラがお茶を入れ直して持って来てくれた。
 病気の治療薬は比較的簡単な魔法で錬成できる。でも予防薬は「病気」じゃないから特殊な魔法が必要になって、ある一定の魔力がないと作ることはできないし、使う魔力が大きくなるから、あとの疲労が大きいんだ。

「ね……エルフィー」
「ん?」
「クラウス、少し雰囲気が変わったね」
「え、そ、そうかな? 俺はよくわかんないな。比較するほど以前を知らないから!」

 声、上ずってないかな? 本当は、クラウスの変化を一番に感じているのは多分俺だ。

 つがいになってから、隠していた愛情を前面に出してきたクラウスだけど、今思えばフェリックスを真似ていたこともあり、どこか上ずっていたと自分でも言った。でも昨日、気持ちを俺に話して……伝わって、安心したんだって。
 昨日二人でまどろみから身体を起こしたあとから、明らかに余裕感が漂っている。

 馬車の中でやり取りしていたみたいに「好きじゃない」って言っても笑ってんの。……変なの。ドキドキして胸が苦しくなるから、やめて欲しい。胸がきゅうぅぅとして泣きたいときみたいになって、苦しいから。

 ……あ、俺……。

 これが恋をしていることか、と唐突に気づく。ニコラが言ってた苦しさって、これのことなんだ。
 
 クラウスが、好き……。胸、いたい……。

「エルフィーってば!」
「……はっ! なに? なんだっけ」

 いけない。自分の世界に入り込んじゃってた。

「よっぽど疲れたの? ねぇ、クラウスの話だよ。なんだか丸くなったって言うか。前から僕の前ではそうだったけど、ね」
「あ……そ、そっか、そうなんだ。ごめん。俺さ、ほら、二人が話してるところに一緒にいたわけじゃないから細かいことはわかんなくて」

 ニコラの言い方に小さな棘を感じて、笑って誤魔化す。

「ほら、カロルーナの現況を見て、思うところもあるんじゃないかな」

 これも本当だ。昨日身体を綺麗にしたあと、気まずくなくいられたのは、クラウスが真面目な顔でカロルーナの状況を変えたいと話していたからだ。
 
 俺たちは自分たちの王都での守られた生活に感謝しながら、だからこそ今、同じ国の民のためにできることを、一生懸命にやろうと誓い合った。

「それで丸くなるの?」
「責務を感じで大人になる、みたいな」
「そう、なのかなぁ……でも、責務といえば」

 ニコラが隣に腰掛けた。

。兄さんの責任は忘れてないよね。つがい解消薬の錬成は続けてくれるよね?」 
「えっ」

 もちろんそのつもりだったけど、予防薬の予定数の錬成が終わるまではしばらく休むつもりでいた。
 気力体力的にどちらも中途半端になってしまうからだ……今は予防薬に力を入れたい。

「あの、ニコラ……もちろん忘れてないよ? でも薬の到着を待ってる人たちがいるんだ。だからまずはそれを作って」
「う……」

 俺が言い切る前に、ニコラの瞳からぽろりと涙がこぼれた。
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