上 下
89 / 92
番外編

番外編Ⅱの③

しおりを挟む
 そうして後日。 
 千尋と光也は「CLUBマゾ」に赴いた。 

 普通SMクラブは事務所以外の店舗を持たず、予約が入ったら決まったホテルでプレイをするのだが、このクラブは廃業になった西洋風ホテルを買い上げ、館内でプレイできるのが売りだった。

 二重になったエントラスを抜けると品のいいロビーと受付が見えてきて、ここがSMクラブだろうかと一瞬思うが、両壁にはしっかりとキャストの写真やSMプレイのポスターが飾られている。

 四つん這いになった背に女王様が据わっているもの。お尻にムチを打たれているもの。キスマークや蝋責め痕が残った裸体を革紐で縛られている過激なものまで。

 千尋は革紐で縛られているM男のポスターを見て懐かしげに目を細めた。
 キャストにここまでをされる勇気はなかったが、いつかこのポスターのように虐められてみたいと憧れていたものだ。

(今はもう、みっくんがたくさん痕をつけてくれるもんね……あとは、早く咬まれたいな)

 ふっと光也を見上げると、いたたまれない表情をしてポスターを見ていたが、千尋と目を合わすと笑みをこぼしてくれる。
 きっと伝わっているのだろう。そっとうなじを撫ででくれた。

(あ~~みっくん、大好き!)
(俺もだよ、千尋)

 心で会話できた気がした。

「藤村様。お久しぶりです。今日はカップルプランということでお聞きしております! モトがルームで待機しておりますのでどうぞ」

 受付に声をかけられ、基本料金は前払いでモトのプレイルームに進む。

「カップルプランって……?」

 光也が小声で訊いてくる。ほんの少し焦っているようだ。

「だって、挨拶だけでは入れないし、ふたりで入るなんて、それこそこのプランじゃないと駄目だから。本当にするわけじゃないから安心して」
「まあそうだろうけど」

 光也が納得したところでノックをして扉を開いた。

「……藤村さん!」

 赤いボンテージに、仮面をつけた小柄なキャストの明るい声がした。
 光也は「いかにもサドキャスト」なキャストを想像していたようで「え? この人?」と呆けた声を出した。

 装いはサドキャストだが背は千尋よりもまだ少し低く、華奢だ。すぐにオメガだとわか
る。
 光也がホッと息を吐いたので、安心したのだろうと思った。

「みっくん。彼がモトさんだよ。こう見えて、プレイのときには迫真に迫る演技で希望を叶えてくれるんだ」
「みっくんさん、初めまして。モトです。こんな見た目ですが、プレイは基本目隠しですから、絶対にご満足頂ける時間を提供しますよ。みっくんさんはMですか? それとも、藤村さんを一緒にお仕置きするSの方ですか?」
「違います。今日は千尋がお世話になったで伺いました。ね、千尋?」

 「みっくんさん」と呼ばれたときから明らかに作り笑顔の光也に、ぐぐぐ、と抱き寄せられた。たとえこれが仕事のオメガにでも、もう千尋の身体を触らせないという気概が伝わる。

「そう、そうです。モトさん、これ。今までありがとうございました」

 千尋は花束をモトに差し出した。

 モトはプレイがないのは残念だと言いながらも花束を受取り、その後千尋の近況を聞いてくれる。
 部屋に椅子らしい椅子がなく、千尋はベッドでモトと並び、光也は股のところが凹になった椅子に座るのがとても心地悪そうだったが、座る部分が尖った木馬よりはよかっただろう。

「そう、藤村さんが幸せに向かって行ってるって知って、安心しました。良かったね。藤村さん」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、お店よりも、恋人が理解してプレイしてくれるのが一番ですし、僕も嬉しいです。みっくんさんは優しそうな雰囲気ですけど、プレイのときは結構激しくされるのですか?」

 モトに問われて、千尋と光也は目を合わせて黙ってしまう。

「最近は、その、必要に迫られて……あると言えばあるんですけど、その、プレイと言うわけじゃなくて」

 千尋がもごもご言うと、光也がきりっと答える。

「俺は千尋に痛い思いをさせたくありません。優しく甘やかして、それで感じてほしいので」
「はあ、なるほど。まあ、Мじゃない人にMになれというのも拷問ですからね……でも、必要に迫られて、というのはどういうことで?」

 問われて、発情期が正常に来て、番を結べる体作りをしていることも伝えた。
 そうこうしているうちに時間が残り五分ほどになり、千尋と光也はもう一度はなむけの言葉とお礼を伝える。

「じゃあモトさん、お元気で」
「ええ、藤村さんも。ああ、そうだ、みっくんさん」

 部屋を出ようとすると、モトが光也を呼び止め、なにかを耳打ちした。
 光也は「え?」と驚いた顔をしたが、モトが身振り手振りでなにかを説明するのを頷いて聞き、最後に「ありがとうございます」と微笑む。

 千尋が「なあに?」と聞いても、愉しそうに笑うだけで答えはなかった。
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...