専務、その溺愛はハラスメントです ~アルファのエリート専務が溺愛してくるけど、僕はマゾだからいじめられたい~

カミヤルイ

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昏迷と混迷の間で

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***

「ここなら安心です。抑制剤はありますか?」
「あり……ません……」
「困りましたね。私は番がいるから持ち合わせてなくて……」

 その人は千尋を社屋地下の駐車場に連れてくると、ガーデニング会社の名が入った軽ワゴン車の後部座席に乗せてくれ、隣に座った。

 どうやらオメガ男性のようだが、誰なのか、信用していいのか。警戒しなくてはならないのに頭ががんがんして、思考を巡らすどころではなかった。
 だが感覚でわかる。この人は大丈夫だと本能が言っている。

「それなら家に戻った方がいいでしょう。送ります」
「だ……駄目です! 僕、帰れないんです!」

 彼の「帰ろう」の言葉に、千尋はやるべきことを思い出した。

「駄目なんです。絶対に今日やらないといけないことがあるんです」

 ペニスも後孔も心臓と同じリズムで脈打っているが、絶対に記録を持って帰らなければならない。
 千尋はシートから背を離し、スライドドアに手をかけて車から降りようとした。

「待ってください。話してみませんか? 何か手伝えるかもしれませんよ?」

 肩に手がかかる。辛い発情期の体に優しい声色と手のぬくもりが染みて、涙がひと筋こぼれてしまう。

「ね? 一人よりは二人の方が心強いですよ、きっと」

 彼の帽子のつばは顔の上半分を隠しているので、やはり顔ははっきりとわからない。けれど緩やかに弧を描く唇や声の穏やかさに導かれ、千尋はこくんとうなずいた。



「……なので、どうしても当時の社内の様子を撮影した監視カメラの映像がほしいんです」

 発情期の症状は冷めやらないが、同じオメガだからか、彼といると少し冷静になれる。
 千尋はここまで来た理由をかいつまみながらもきちんと伝えた。

「そう……。でも専務室の秘書とはいえ、一社員に監視カメラの映像は渡せないでしょうね。守衛はKANOUに委託された外部の会社ですし」
「でも、もう他に思い浮かばなくて。これしか僕にできることはないから、何が何でもお願いしようと思って来ました。僕はもう、うずくまってやり過ごすだけの自分に戻りたくないんです。僕は、自分の力でこの先の仕事を、未来を手に入れたい。僕を支えてくれる人に恥ずかしくない人間でいたいから、可能性のあることはやっておきたいんです」

 膝の上でぎゅっと手を握ったあと、彼に頭を下げた。

「だから、行きます。今なら症状も少しおさまっていますから」

 再度ドアに体を向け、ドアハンドルに手をかける。
 行くなら今しかない。助けてくれたこの人は会社に出入りしている業者だろうから、調べればお礼は後日できる。

「……それなら私が力になります」
「え?」

 彼はさっきと同じように千尋の肩に手を置き、引き止める。
 思わぬ申し出に驚いた千尋は、ドアに向けていた顔を彼に戻した。

「私は社の庭園管理をしているので、設備の方に少しばかり顔がきくんですよ」
「いや、顔がきくって、でも」

 戸惑いで眉根が寄った。
 ガーデニング会社こそ外部委託だ。千尋が行くよりも成功率が低いに決まっている。

「大丈夫。ただ、一時間くらいはかかるかもしれないから、君の迎えを呼んでおきます。それまでは車の中から出ては駄目ですよ? 絶対に」

 彼が初めて帽子のつばを上げて、念を押すような視線を向けてくる。その目は、美しい琥珀色をしていた。

「あなたは……!」

 千尋が彼にすがろうとすると、彼はふふ、と微笑んだ。

「安心して、僕は君の味方だよ……千尋君」

 そう言うと千尋をシートに倒し、頭を撫でて車から降りる。

 千尋は後を追おうと身体を起こし、窓に手をついた。だが、帽子を深くかぶり直しながら社屋地下入り口に向かう彼と入れ違いに、よく知るコスニのアルファ社員が二人出てきて、急いでシートに伏せて隠れた。

(あの人は……あの人は……)

 光也と同じ色の瞳と髪。光也の幼い頃を思い起こさせる儚げな美しさ。

「あの人は……うっ! ……ふ、は、ぁぁ……」

 ヒートの波が還ってきた。
 頭の中がくらくらとし、間欠的に押し寄せる疼きにめまいがして、目を開けていられなくなる。

 頭に光也を思い浮かべたからだろうか、あの筋張った大きな手で触れられると昂る秘所が、どうしようもなく焦れったい。今すぐに手を伸ばしたくなる。

(駄目、こんなところじゃ、駄目)

 必死で淫らな欲望を抑える。
 そうして、ジーンズのクロッチ部分が粗相をしたかのように濡れて、気が狂いそうに苦しくなってきた頃、車の窓を叩く音がしてドアが開いた。

 成沢が現れ、切迫した顔で千尋の名を呼んでいる。

(……やっぱりお迎えは、成沢さんだった)

 ほうっと安堵のため息をつく。
 成沢はすぐにペンニードル型の抑制剤を打ってくれた。

 波が引くように、熱と疼きが流れていく。ともに意識も薄れて行くのを感じながら、千尋はそっと目を閉じた。
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