専務、その溺愛はハラスメントです ~アルファのエリート専務が溺愛してくるけど、僕はマゾだからいじめられたい~

カミヤルイ

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昏迷と混迷の間で

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***

 いったい何度射精をしたのかわからない。
 翌々日の朝を迎える頃にはシーツも光也の服も、精液でどろどろになっていた。

「どうしよう。成沢さんが来る前に洗濯して……みっくんのスーツはクリーニングに出して……ああ、今日中に書類も仕上げないと」

 するべきことは多くあるのに頭が働かない。千尋は先にシャワーを浴びることにした。

 薄い下生えや太ももにも精液が乾いてこびりついている。水栓をひねって肌に湯飛沫を当てると、甘い痺れが走って身体がわななく。

(やり過ぎて敏感になってるんだ。今日こそやめておかなきゃ。そうだ……頭も働かないし、クリーニングに行くついでに散歩でもしよう)

 正常な発情期を迎えている自覚がない千尋は、光也からの言いつけを忘れ、外出準備を整えて外へ出た。

 冷たい冬の風は、ほんの少しだが体の火照りを冷ましてくれる。
 クリーニング店での手続きが終わると、そのまま真っすぐに往来に出て、行き先を決めずにウォーキングを続ける。頭の中に提出書類を浮かべ、文章を構築しようと思考を巡らせた。

(思い浮かばない……。最終チェックを怠ったことは書かなくていいと言われた。最初からシステムのバグがあって数値が混乱したのだと書くようにって。でも……書き換えを始めた日時の詳細もわからないから、まともな報告にならない)

 本当にそれでいいのだろうか。寛大な処置だと言われ、書類を出せば辞職は免れる。だが詳細のないお粗末な報告書を上げて、いつか社はそれを指摘してはこないのだろうか。

 今は光也の力に守られてはいるが、もし常務や光也の一番上の兄である副社長が新たな画策を仕掛けてくるようなことがあれば? 
 それだけで済まず、祖父である会長が光也の動向を確認し、千尋が邪魔だと判断するようなことがあれば? 今回の不正疑惑とそれに対するお粗末な始末書を理由に排除されるかもしれない。

「嫌だ……」

 唇を噛み、両手をぎゅっと握った。心を決めて会社の方向へと走り出す。
 体が重く足に力が入らないはずなのに、千尋は坂道を駆け上がり、いつ雨が降ったのかも知らない水たまりのある道路を跳ねるように走った。

(監査室に行って書類提出の期限の延長を申請して、その期間で調べられることを調べてみよう。僕のタイムカードと……それと案件に最後まで携わった社員の分も……それをもらうのにはどこへ?)

 容姿を崩して人付き合いを避けてきた「冴えないオメガ社員」だった千尋には協力者はいない。
 守衛室に行って事情を話し、せめて自分が定刻通りにコスニを出て行く様子、コスニに残っている社員がその案件のチームメンバーだったことがわかる画面を確認させてはもらえないだろうか。




「はあ、はあ、はあ……」

 KANOU東京本社前に到着した千尋は腰を折り、膝に手を当てて息を整える。

 勢いのままに走ってきたが、セーターにダッフルコートという出社には相応しくない出で立ちであり、千尋は自宅待機という名の謹慎を命じられている身だ。目立つことはできない。

 エントランスを守っている守衛は千尋の顔を「専務執務室秘書」と認識しているだろうから、休暇中だが忘れ物を取りに来たと言って社屋に入り、手続きをするからと伝えてまっすぐに守衛室に行こう。

 だが、エントランスに足を向けたと同時だった。
 ……ドクン!!

(えっ?)

 突然喉が詰まり、心臓が爆発するかのように跳ねた。
 鼓動が乱れ、全身が熱くなる。

(な……これって!?)

 千尋はその場でうずくまった。社屋前には数人の社員と客がいたが、さらにその中の数人の男が「ヒートだ」「オメガがヒートを起こしているぞ、避けろ!」と騒ぎ始める。

(ヒート……? どうして……でも、このままじゃ……)

 監査委員や副社長の耳に入ってしまう。そうなれば今度こそ終わりだ。もし逃げることができても、書類提出の期限までに証拠となる記録を揃えることができない。

 オメガだから。ヒートがあるから。ほしいときに来なくて、光也がいない今、一番来てほしくないときに来るなんて。

(やっぱり僕は欠陥オメガなのか……!)

 うずくまっているのさえ辛くなり、地面に倒れ込んだ。途端に誰かの手が千尋の腕を掴む。

(もう終わりだ)
 
 このまま社員に捕まり、役員の前に引きずられるのか。
 それとも、知らないアルファの餌食にされるのか。

「……こっちへ」

 しかし、千尋の腕を掴んだ者の声は冷静で、かつチェロのような優しい響きの声色をしていた。また、千尋を引きずるのではなく、庇うようにして身体を支えてくれる。

 オメガかベータだろうかと虚ろな目を動かすと、その人は作業服を着て、つばのついた帽子を目深にかぶっており、目元が隠れていて顔がよくわからなかった。
 見える範囲の肌は透けるように白く、帽子から出ている髪はヘーゼルブラウンで、肩くらいまで長さがあるのか、後ろでひとつに結んでいる。一見外国の女性のようにも見えるが、千尋をかかえる体は華奢でも男性のものだ。

「あなたは……?」
「それはあとで。先に安全な場所へ行きましょう」

 その人は足に力が入らない千尋の肩を支え寄り添いながら、会社の地下駐車場へと向かった。
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