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昏迷と混迷の間で
③
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「俺には一切の介入を禁ずる、と副社長を含む上役から言われた。あの案件の提出は千尋の異動日だが、その日を含んだそれ以前の件は、俺の管轄外だとね。社長は公平に見ているが、俺にはブラジルプロジェクトを優先するようにと」
ブラジルと聞いて初めて、千尋は肩をびくりとさせた。
(もしかして、もしかして……)
「専務、私は、ブラジルへは」
「……今日から監査委員で五日間のヒアリングが行われる。応じなければ、千尋は解雇処分の対象になると……俺個人への怨恨で千尋を窮地に立たせるなんて、俺の落ち度だ。あいつら、絶対に許さない」
絶望感に襲われる。心血を注いできたブラジルプロジェクトから外され、解雇をほのめかされている。心臓がバクバクして胸が張り裂けそうだ。
だが、光也の怒りが再燃しているのを感じて、千尋は震える手をぎゅ、と握った。
「専務に責任はありません。今回このタイミングだっただけで、茂部課長は僕をいいように利用し続けたでしょうから、遅かれ早かれこうなっていたと思います。大丈夫、僕は後ろめたいことはしていません。ヒアリング、行ってきます」
光也にはブラジルプロジェクトに集中して成功させてほしいし、千尋もこのままでは終わりたくない。
言われるがままだった過去の自分に、もう戻りたくない。
悔しさを闘志に変え、千尋は専務室を出て監査室に向かった。
(とはいえ……課長は元々、不正の目的があってオメガの僕に送信をさせたんだろうから、覆すのは困難かもしれない)
おそらくヒアリングは形式的なものになるだろう。アルファ至上主義の会社の中で、オメガ社員にかけられた疑惑を払拭するための機会が設けられるとは考えにくい。
光也をこの件から完全排除するのも、光也が本気を出せば真実が明白となり、アルファの常務と茂部を処罰せざるを得なくなるからに違いない。
予想は的中し、第一回ヒアリングは千尋への一方的な質疑のみだった。
本来KANOUほどの大企業であれば、社内不正に対して第三者委員会が設置されるところだが、今回の件は一般社員へは知られていない。
会社としてはこのまま余計な波風を立てず、労力・費用ともかけずにあくまでもオメガ社員一個人のミスとして処理する方針で、結局顧問弁護士さえも加えない、社内の監査委員数人による社内調査チームが組まれただけのことだった。
ブラジルと聞いて初めて、千尋は肩をびくりとさせた。
(もしかして、もしかして……)
「専務、私は、ブラジルへは」
「……今日から監査委員で五日間のヒアリングが行われる。応じなければ、千尋は解雇処分の対象になると……俺個人への怨恨で千尋を窮地に立たせるなんて、俺の落ち度だ。あいつら、絶対に許さない」
絶望感に襲われる。心血を注いできたブラジルプロジェクトから外され、解雇をほのめかされている。心臓がバクバクして胸が張り裂けそうだ。
だが、光也の怒りが再燃しているのを感じて、千尋は震える手をぎゅ、と握った。
「専務に責任はありません。今回このタイミングだっただけで、茂部課長は僕をいいように利用し続けたでしょうから、遅かれ早かれこうなっていたと思います。大丈夫、僕は後ろめたいことはしていません。ヒアリング、行ってきます」
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言われるがままだった過去の自分に、もう戻りたくない。
悔しさを闘志に変え、千尋は専務室を出て監査室に向かった。
(とはいえ……課長は元々、不正の目的があってオメガの僕に送信をさせたんだろうから、覆すのは困難かもしれない)
おそらくヒアリングは形式的なものになるだろう。アルファ至上主義の会社の中で、オメガ社員にかけられた疑惑を払拭するための機会が設けられるとは考えにくい。
光也をこの件から完全排除するのも、光也が本気を出せば真実が明白となり、アルファの常務と茂部を処罰せざるを得なくなるからに違いない。
予想は的中し、第一回ヒアリングは千尋への一方的な質疑のみだった。
本来KANOUほどの大企業であれば、社内不正に対して第三者委員会が設置されるところだが、今回の件は一般社員へは知られていない。
会社としてはこのまま余計な波風を立てず、労力・費用ともかけずにあくまでもオメガ社員一個人のミスとして処理する方針で、結局顧問弁護士さえも加えない、社内の監査委員数人による社内調査チームが組まれただけのことだった。
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