63 / 92
昏迷と混迷の間で
①
しおりを挟む
年明け。
ブラジルLNGプロジェクト班は現地での会合を三週間後に控えていた。
もちろん準備は万端で、リモートでブラジル側との調整もほぼ済んでいるから、実質的には建設着手前の最後の実地確認と、現地スタッフとの親睦が目的だ。
そんな中、千尋と光也はというと、減感作療法を開始した日からこの二か月、三日おきの孔の拡張と週末ごとの疑似性交は欠かしていなかった。
お守り代わりのようなものだが、ハンドカフスとコックリングの効果もあるようで、千尋が意識を保っていられる時間は各段に伸びている。
「先生、どうですか?」
今日は千尋の検診日だ。光也と二人、揃って病院に来ている。
「ええ。性ホルモンの数値が、低いなりにもバランスがよくなってきていますね。それに、こちらも」
医師が示したエコー検査のプリント画像には、初回検査日にはなかった直腸の先────子宮に当たる部分に膨らみが見られる。
医師が言うには光也の親指大くらいはあるとのことで、二人は互いの顔を見て顔をほころばせた。
「減感作療法の効果がよく出ていますね。叶さんがハイアルファであることが負担でもあると申しましたが、逆にハイアルファであることで、オメガのホルモン生成を促す力も大きいのかもしれませんね。これは我々にも朗報です。今日もフレグランスとローションを出しておきますので、続けて頑張ってくださいね」
「はい……!」
二人の顔は、医師以上にほころんだ。
その後、スーツケースを持っていない千尋のために二人で百貨店に行き、他にも滞在のために必要なものを揃えた。
外はまだ冬の冷たい風が吹き、葉を落とした濃い茶色の木々は寒そうに揺れていたが、千尋の気持ちは暖かく満たされている。
嘆き悲しんだ日が嘘のように、すべてがいい方向に向かっている気がした。
────だが。
プロジェクトチームがブラジルへの出発を二日後に控えた朝、光也に社内監査委員からの電話が入ったことで風向きが変わる。
通話を終えた光也は、午前のスケジュールを調整するようにと指示を残し、すぐに専務室を出てしまった。
光也が専務に就任してからすぐに、独自で社内調査をしていることは知っているが、監査委員からの電話ならその関係だろうか。それにしても随分と険しい表情をしていた。
ブラジル行きが目前に迫っているので、光也の手をわずらわせるものでないとよいが……と思いながら、千尋は念のために一四時までのスケジュールを調整した。
調整配分は正解で、光也が戻ってきたのは一三時を過ぎたころだった。顔色が優れない光也に休息を勧めたが、大事な話があるとソファに促された。
「これが今朝、取引等監視委員会のメールアドレスに届きました」
緊迫した表情で対面に座る光也が出したのは、社内メールを印刷したものだ。
「告発。現専務執務室秘書、元コストエンジニアリング部第二課コストエンジニア藤村千尋氏の不正見積もりについて……」
件名を小さく口に出して読み上げていた千尋だが、目を見開いて声を詰まらせた。
恐ろしい勢いで心臓が跳ね、スーツの胸元が揺れるほど拍動する。
ブラジルLNGプロジェクト班は現地での会合を三週間後に控えていた。
もちろん準備は万端で、リモートでブラジル側との調整もほぼ済んでいるから、実質的には建設着手前の最後の実地確認と、現地スタッフとの親睦が目的だ。
そんな中、千尋と光也はというと、減感作療法を開始した日からこの二か月、三日おきの孔の拡張と週末ごとの疑似性交は欠かしていなかった。
お守り代わりのようなものだが、ハンドカフスとコックリングの効果もあるようで、千尋が意識を保っていられる時間は各段に伸びている。
「先生、どうですか?」
今日は千尋の検診日だ。光也と二人、揃って病院に来ている。
「ええ。性ホルモンの数値が、低いなりにもバランスがよくなってきていますね。それに、こちらも」
医師が示したエコー検査のプリント画像には、初回検査日にはなかった直腸の先────子宮に当たる部分に膨らみが見られる。
医師が言うには光也の親指大くらいはあるとのことで、二人は互いの顔を見て顔をほころばせた。
「減感作療法の効果がよく出ていますね。叶さんがハイアルファであることが負担でもあると申しましたが、逆にハイアルファであることで、オメガのホルモン生成を促す力も大きいのかもしれませんね。これは我々にも朗報です。今日もフレグランスとローションを出しておきますので、続けて頑張ってくださいね」
「はい……!」
二人の顔は、医師以上にほころんだ。
その後、スーツケースを持っていない千尋のために二人で百貨店に行き、他にも滞在のために必要なものを揃えた。
外はまだ冬の冷たい風が吹き、葉を落とした濃い茶色の木々は寒そうに揺れていたが、千尋の気持ちは暖かく満たされている。
嘆き悲しんだ日が嘘のように、すべてがいい方向に向かっている気がした。
────だが。
プロジェクトチームがブラジルへの出発を二日後に控えた朝、光也に社内監査委員からの電話が入ったことで風向きが変わる。
通話を終えた光也は、午前のスケジュールを調整するようにと指示を残し、すぐに専務室を出てしまった。
光也が専務に就任してからすぐに、独自で社内調査をしていることは知っているが、監査委員からの電話ならその関係だろうか。それにしても随分と険しい表情をしていた。
ブラジル行きが目前に迫っているので、光也の手をわずらわせるものでないとよいが……と思いながら、千尋は念のために一四時までのスケジュールを調整した。
調整配分は正解で、光也が戻ってきたのは一三時を過ぎたころだった。顔色が優れない光也に休息を勧めたが、大事な話があるとソファに促された。
「これが今朝、取引等監視委員会のメールアドレスに届きました」
緊迫した表情で対面に座る光也が出したのは、社内メールを印刷したものだ。
「告発。現専務執務室秘書、元コストエンジニアリング部第二課コストエンジニア藤村千尋氏の不正見積もりについて……」
件名を小さく口に出して読み上げていた千尋だが、目を見開いて声を詰まらせた。
恐ろしい勢いで心臓が跳ね、スーツの胸元が揺れるほど拍動する。
27
お気に入りに追加
1,163
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる