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お願い、僕をいじめて

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 それより一週間後、病院から宅配便が届いた。

 夕食後のリビングルームで二人、並んで包みを開ける。中に入っていたのはスプレーボトルに入った液体と、チューブに入った粘りのあるローションだ。

 説明を見ると、液体は毎朝トワレのようにオメガの身に振りかけ、ローションは三日おきに後孔内に入れ、中の柔軟性を高めるために使う、と書いてあった。

「あ、すごい。ちょっとだけみっくんの匂いがする。なになに……効力は弱めてあるが、使用量は必ず守るように、か」

 ローションのキャップを開けてくんくんと匂いながら嬉しそうに話す千尋に対し、なんとも複雑な表情になる光也。
 光也的には採精室でのことを醜態だと思っているらしく、三日間千尋に謝り続けていたから、今も気にしているのだろう。

「飲み薬じゃなくてほっとした……」

 つぶやくように言う光也に千尋は笑う。

「みっくんのなら飲んでも全然いいんだけどね。……というわけで、少し話があるんだけど、いい?」

 ソファの上で正座になると、光也は「ん?」と首を傾げながら隣に座った。

 ホワイトのトップスキンレザーが張られたソファはウレタンチップと羽毛がふんだんに敷き詰められていて、雲の上をイメージさせる柔らかさだ。それなのに男らしい体躯の光也がすぐ隣で腰を下ろしても、千尋の身体を振動させない。

 光也の身のこなしがスマートなのはもちろんだが、こういった小さなことにまで、いつも細やかに気を遣っているのを千尋は知っている。

「みっくんが全方向に配慮がある人なのはわかってる。そして、特に僕をたくさん気遣ってくれてるってことも……でもそれって、僕が嫌な思いをしないようにって、自分を抑えてるよね?」
「何? 急に。好きな子にはいつも幸せな気持ちでいてほしいんだから、自分の思いよりも優先したくなるの、自然なことじゃない?」

 千尋は頬を撫でようとする光也の手を阻み、ソファの上で握った。

「ほら、それだよ! それでどうして自分だけ我慢するの?」
「我慢? 我慢してると思ったことなんて……」
「してるよ。病院で言ったよね。今日抑制剤を持っていないって。抑制剤を使わなかったあの日、確かにみっくんはいつもと違ってた。だから僕、先生に聞いたんだ」

 ずっと引っかかりはあった。光也は千尋を「運命の番」だと言ったのに、千尋が会社でヒートを起こした夜も、別荘でも、それからも。光也は一度も最後までしてない。
 初めは千尋の気持ちが固まるまで待つと言い、同居が始まってからは千尋が気を失ってしまうから中断している。

 だが運命の番というなら、その相手とベッドを共にして、ここまで理性を保てるものなのだろうか。
 千尋に魅力が少ないから、あるいは「運命の番」ではないからではないのだろうか。そんなふうにマイナスに思う時さえあった。

 けれど採精室での光也は強く発情し、性交に至っているわけではないのに我を忘れていた。あんな姿を見るのは初めてだった。

「みっくん、三か月前から抑制剤を欠かさず処方してもらっているんでしょう? 僕と会ってからはずっと、抑制剤の注射を打っていたんだね……」
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