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オメガじゃないオメガ
①
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秘書の仕事と、コストエンジニアとして関わっているブラジルLNGプラントに関わる業務が始まり、千尋の毎日は忙しくなったがとても充実している。
ブラジルLNGはKANOU初となる南米での大型プロジェクトだ。
プロジェクトチームは千尋を含む八人で構成され、光也が選りすぐった精鋭の技術者たちは人格的にも優れた者ばかりで、職種や年齢、性別に関係なく、皆すぐに打ち解けた。
「藤村さん、近いうちに親睦会をしようと話しているんですが、ご予定はいかがですか?」
「えっ! 私も参加していいんですか!?」
会議室の片付けを率先してしていたところ、プラントの基本設計に携わるプロセスエンジニアの男性アルファ社員に声をかけられ、誘われるのが初めての千尋は目を輝かせた。
「当然ですよ。俺たちチームなんですから。皆も藤村さんの話を聞きたがっていますよ。藤村さんの比較グラフ、過去データからの変遷が凄く見やすいって話しています。あれって対象によって見せ方を変えていますよね? そのあたりも聞きたいです」
「ありがとうございます! そう言っていただけて、凄く嬉しいです」
顔がほころぶ。光也のもとで仕事をする日々が重なるにつれ、自身への評価を素直に受け取り、素直な返答ができるようになってきている。
「日程の候補は出ていますか?」
「……」
社員との距離を少し縮める。彼は光也と同じくらい背が高いため、下から顔を見上げる姿勢での問いかけになった。
「あの……?」
「はっ! あ、すみません。えっと、えっとですね」
どうしたのか、社員はみるみる顔を赤くして息を詰めたかと思うと、どもりながら返事をする。
不思議に思いながら、千尋は挙げられたいくつかの日にちをスマートフォンのメモに入力した。
「わかりました。スケジュール確認後、すぐにお返事しますね」
「は、はい。待ってます! それと……藤村さん個人の連絡先って、お聞きできますか?」
社員はさらに頬を赤らめて千尋に身を寄せ、こっそりと聞いてきた。
(? 大丈夫かな、この人。声も小さくなって、風邪気味なのかな)
「ええ、大丈夫で」
「藤村君、通常業務に戻ってください」
アカウント交換をしようとした矢先、ずいぶんと鋭さのあるトーンで光也に呼ばれた。先に専務室へ戻ると言っていたのに、会議室に戻ってわざわざ声をかけてくるのは急ぎの用に違いない。
千尋は社員に「すみません、また今度」と頭を下げ、小走りに光也の元へ向かった。
「専務、急なご用があったのでは……」
指示されないと仕事ができないのは好ましくないが、執務室へ戻ってみても急な用件は見当たらず、光也に伺いを立てる。
「いえ、仕事は今のところ順序よく進んでいます。……が、戻りが遅いので気になっただけです」
「申しわけありません。会議室の片付けをしていました」
「私が向かった際、片付けは終わっていたようですが」
光也が苛立っているように感じるのは気のせいだろうか。仕事中の光也が余裕なく会話を重ねるのも、指でとんとん、デスクに音を立てるのも、これまで見たことがない。
「すみません。チームの方と話し込んでしまいまして。計画をスムーズに進めていくために、コミュニケーションも大事だと思ったので……」
(……あれ? もしかして今、叱られてるのかな)
申し開きをしながらふと思って、途端に胸がきゅん、と震えた。
(叱って、叱って。もっと強く)
♢♢♢
「仕事を放り出して話し込むとは、随分と緩い口ですね。これでは下の口はもっと緩いのでは?」
「そ、そんなことありません!」
「じゃあ見せてみなさい、さあ」
「あっ、専務っ……!」
専務は荒々しく秘書のスラックスを降ろし、双丘を鷲掴みにした。まだ明るい部屋の中で、秘部があらわになる。
「話したくても喘ぎ声しか出ないよう、下のお口から塞いであげましょう。しっかりお締めなさい」
「ああっ、そんなっ!」
ぐ、ぐぐっ……。
専務の猛りは秘書を一気に貫いて────
♢♢♢
「……君、藤村君」
「はっ! はい!」
いけない。また妄想劇場を繰り広げてしまった。
千尋は急いで残像を消し、顔を上げる。
「すみません。注意したわけではないんです。今のは気になさらないでください。余裕がなくて恥ずかしいです」
うつむいた千尋を見て落ち込ませたと思ったのだろう。光也はきまり悪そうに言った。
「余裕……。やはり時間を急ぐ件があったのでしょうか」
気づけない自分が恥ずかしい。
千尋が反省の憂いを込めた瞳でじっと見つめると、光也は小さく息を吐く。
恋愛関連に疎い千尋には、光也の穏やかでない気持ちは届かない。
「いいえ、本当に大丈夫ですから。それより今日は病院の予約の日です。成沢さんが送ってくださいますから、遅れないよう退社してくださいね」
「……はい」
今朝も光也は同じことを言った。元は光也が付き添うはずだったが、急な役員食事会が入って行けなくなったため、心配しているのだろう。
子供じゃないから一人で行けるのにと思いつつ、千尋も内心は不安で、光也に一緒に行ってほしいと思っていた。
────光也が予約したのは第二性専門クリニックの産科外来だった。
ブラジルLNGはKANOU初となる南米での大型プロジェクトだ。
プロジェクトチームは千尋を含む八人で構成され、光也が選りすぐった精鋭の技術者たちは人格的にも優れた者ばかりで、職種や年齢、性別に関係なく、皆すぐに打ち解けた。
「藤村さん、近いうちに親睦会をしようと話しているんですが、ご予定はいかがですか?」
「えっ! 私も参加していいんですか!?」
会議室の片付けを率先してしていたところ、プラントの基本設計に携わるプロセスエンジニアの男性アルファ社員に声をかけられ、誘われるのが初めての千尋は目を輝かせた。
「当然ですよ。俺たちチームなんですから。皆も藤村さんの話を聞きたがっていますよ。藤村さんの比較グラフ、過去データからの変遷が凄く見やすいって話しています。あれって対象によって見せ方を変えていますよね? そのあたりも聞きたいです」
「ありがとうございます! そう言っていただけて、凄く嬉しいです」
顔がほころぶ。光也のもとで仕事をする日々が重なるにつれ、自身への評価を素直に受け取り、素直な返答ができるようになってきている。
「日程の候補は出ていますか?」
「……」
社員との距離を少し縮める。彼は光也と同じくらい背が高いため、下から顔を見上げる姿勢での問いかけになった。
「あの……?」
「はっ! あ、すみません。えっと、えっとですね」
どうしたのか、社員はみるみる顔を赤くして息を詰めたかと思うと、どもりながら返事をする。
不思議に思いながら、千尋は挙げられたいくつかの日にちをスマートフォンのメモに入力した。
「わかりました。スケジュール確認後、すぐにお返事しますね」
「は、はい。待ってます! それと……藤村さん個人の連絡先って、お聞きできますか?」
社員はさらに頬を赤らめて千尋に身を寄せ、こっそりと聞いてきた。
(? 大丈夫かな、この人。声も小さくなって、風邪気味なのかな)
「ええ、大丈夫で」
「藤村君、通常業務に戻ってください」
アカウント交換をしようとした矢先、ずいぶんと鋭さのあるトーンで光也に呼ばれた。先に専務室へ戻ると言っていたのに、会議室に戻ってわざわざ声をかけてくるのは急ぎの用に違いない。
千尋は社員に「すみません、また今度」と頭を下げ、小走りに光也の元へ向かった。
「専務、急なご用があったのでは……」
指示されないと仕事ができないのは好ましくないが、執務室へ戻ってみても急な用件は見当たらず、光也に伺いを立てる。
「いえ、仕事は今のところ順序よく進んでいます。……が、戻りが遅いので気になっただけです」
「申しわけありません。会議室の片付けをしていました」
「私が向かった際、片付けは終わっていたようですが」
光也が苛立っているように感じるのは気のせいだろうか。仕事中の光也が余裕なく会話を重ねるのも、指でとんとん、デスクに音を立てるのも、これまで見たことがない。
「すみません。チームの方と話し込んでしまいまして。計画をスムーズに進めていくために、コミュニケーションも大事だと思ったので……」
(……あれ? もしかして今、叱られてるのかな)
申し開きをしながらふと思って、途端に胸がきゅん、と震えた。
(叱って、叱って。もっと強く)
♢♢♢
「仕事を放り出して話し込むとは、随分と緩い口ですね。これでは下の口はもっと緩いのでは?」
「そ、そんなことありません!」
「じゃあ見せてみなさい、さあ」
「あっ、専務っ……!」
専務は荒々しく秘書のスラックスを降ろし、双丘を鷲掴みにした。まだ明るい部屋の中で、秘部があらわになる。
「話したくても喘ぎ声しか出ないよう、下のお口から塞いであげましょう。しっかりお締めなさい」
「ああっ、そんなっ!」
ぐ、ぐぐっ……。
専務の猛りは秘書を一気に貫いて────
♢♢♢
「……君、藤村君」
「はっ! はい!」
いけない。また妄想劇場を繰り広げてしまった。
千尋は急いで残像を消し、顔を上げる。
「すみません。注意したわけではないんです。今のは気になさらないでください。余裕がなくて恥ずかしいです」
うつむいた千尋を見て落ち込ませたと思ったのだろう。光也はきまり悪そうに言った。
「余裕……。やはり時間を急ぐ件があったのでしょうか」
気づけない自分が恥ずかしい。
千尋が反省の憂いを込めた瞳でじっと見つめると、光也は小さく息を吐く。
恋愛関連に疎い千尋には、光也の穏やかでない気持ちは届かない。
「いいえ、本当に大丈夫ですから。それより今日は病院の予約の日です。成沢さんが送ってくださいますから、遅れないよう退社してくださいね」
「……はい」
今朝も光也は同じことを言った。元は光也が付き添うはずだったが、急な役員食事会が入って行けなくなったため、心配しているのだろう。
子供じゃないから一人で行けるのにと思いつつ、千尋も内心は不安で、光也に一緒に行ってほしいと思っていた。
────光也が予約したのは第二性専門クリニックの産科外来だった。
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