専務、その溺愛はハラスメントです ~アルファのエリート専務が溺愛してくるけど、僕はマゾだからいじめられたい~

カミヤルイ

文字の大きさ
上 下
41 / 92
見えない鎖がほどけるとき

しおりを挟む
 別荘から東京までは車で二時間弱。十時前には光也の自宅に到着し、着替えをしてから社に向かうことになった。

 千尋も、借りている部屋へ行く。
 クローゼットを開ければ、光也が千尋のために揃えた洋服に、専務室異動初日に着たスーツ、同じ日に注文された三着の仕立てスーツもハンガーにかかっている。

 どのスーツを着るか以外にもうひとつ、別のことで迷っているとドアのノック音が鳴った。

「藤村君、十時半には出ようと思いますので」
「はい! 了解しました」

 言ってから、一瞬考えるを置き、急いでドアを開ける。ここより奥の部屋が光也の寝室だから、おそらく彼は階下に降りがてら声をかけにきたのだろう。

「専務!」

 すでに階段に足を下ろそうと進んでいた横顔に声をかける。光也はすぐに足を止めた。

「どうかしました?」
「あの……」

 たった一週間だが、軟禁状態の中でも千尋が暮らしやすいように整えられた部屋、揃えられた数々の品。光也の気遣いに溢れたそれらを大切にしたい。そして……伝えたい。

「遊園地で、購入していただいた品物のお支払いの話をしたのですが……」
「ああ……その話はもう解決したと思っていたんですが」

 光也は千尋のそばまで戻り、プレゼントと思うのは難しいでしょうか、と残念そうに言った。

「違います! そうじゃなくて」

 別荘の洗面室から出たときはあんなに伝えたくて仕方がなかったのに、場所とタイミングが少し変わっただけで躊躇してしまう。千尋は人づき合いの経験も少なければ、恋愛の経験もない。それに今、スーツを着て前髪を後ろに流しているのは「専務」だ。

「専務、五分、いや三分。私に時間をください。十時二十五分には出るよう整えますので」
「? もちろん大丈夫ですが、何か問題が?」
「……みっくん!」

 意を決した第一声は思ったよりも大きく、慌てて口を塞ぐが、光也は凛とした表情を崩して目尻と口元に弧を描いた。

「何? 千尋」

 距離を一歩詰められる。専務ではない、幼馴染の顔がすぐそばに来る。

 心臓が、トク、と弾んだ。

 この人は、どうしてこんなに瞳が優しいのだろう。どうしてこんなにまぶしいのだろう。

 自分も、光也にとってそうでありたい。

「もらったもの、全部大事だから、この家に置いておいてもいい? それで、僕もそのままこの家に置いてほしい」

 短い言葉なのに喉が渇いてくる。千尋は一旦空気を飲み込んだ。
 それから。

「……みっくんが、好き、だから」

 言った途端に頭が真っ白になる。

(言った。言ってしまった。でも、言えた!)

 緊張が解けて、口元がへにゃぁと緩んでしまった。でも、情けない顔は見られずに済んだ。瞬間で抱きしめられたから。

「あーーすごい破壊力。まずい、壁崩壊、堤防決壊。このままベッドに運びたい」
「へぁっ!?」
「千尋、今すぐ番おう」
「は、ちょ、みっくん、みっくん……ひゃっ!」

 力のこもった抱擁の苦しさに、光也の腕をぱたぱた叩いていたら不意に身体が浮いた。

(またお姫様抱っこ……!)

「近いから千尋の部屋でいい?」
「! 待って、待って、また冗談ばっかり!」

 足をバタバタさせてみるが、当然もろともしない光也は千尋のこめかみに唇を落とす。部屋はもうすぐそこだ。

「みっく……専務! 五分経過しました! 仕事の準備に入りましょう!」

 光也の手がドアノブにかかると同時。目を三角にして言うと、光也の動きが止まった。

「藤村秘書はやはり真面目な方ですね」
「当然です。公私混同はしま……したけど、もうしません」
「これは、私も心しておかないと。仕事中に君に見惚れるだけでお叱りを受けそうです」
「見惚っ……専務、それはハラスメントです。絶対に禁止です!」

 そう、これは溺愛という名のハラスメントだ、と思いながら、千尋は首を振る。

「気をつけます。でも……あと二分、秘書にブレイクタイムを要求します」
「二分?」

 瞳を見返すと、琥珀色の中にキラキラと星が光って見えた。でも、すぐに暗転する。

「んっ……」

 唇が重なった。
 頭を強く固定され、息が止まりそうなほどに絡まってくる肉厚な舌に翻弄されながら、千尋は思った。

(強引なの、好き……)

 祖父の鎖はほどけても、マゾ気質はほどけそうにない。
 二分だけではなくもっとしてほしいと、光也の首に手を回してしまう千尋なのだった。
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

処理中です...