専務、その溺愛はハラスメントです ~アルファのエリート専務が溺愛してくるけど、僕はマゾだからいじめられたい~

カミヤルイ

文字の大きさ
上 下
30 / 92
おとぎ話の時間

しおりを挟む
「……専務、行きましょう」

 千尋は顔を上げ、光也の手を自分の手で下ろして切り出した。
 突然だったためか、光也はぴんとこない様子で首をかしげる。 

「もう帰りましょう。十分楽しませていただきました。私には過ぎる時間を、本当にありがとうございました」

 難しく感じていた"ありがとう"がスムーズに言えたと気づくと、次からの「台詞」もスムーズだった。

「おかげさまで、今後の活力になりました。明日から秘書として専務のお力になれるよう、気持ちを引き締めて職務に当たりますね」

(そうだ、僕は部下だから、上司に依存していたら仕事にならない。立場をわきまえないと)

  おとぎ話のお姫様も日付が変われば夢から醒めていたが、彼女は元々アルファのお姫様だった。だから幸せになれたのだ。
 だが千尋は違う。千尋はどうしたって「卑しいオメガ」なのだ。

「……あ、そうそう。異動の日に用意していただいたスーツと美容室代! お支払いしないといけませんね。それから、泊めていただいていた間の服や日用品代も。分割払いの給料天引きって、お願いできますか?」

 千尋が馬鹿明るくそう言ったとき、光也はようやく声を出した。

「藤村君、なんの話をしているんですか?」

 困惑と、少しの憤りが混ざった低い声だった。それを覆うように、千尋はさらに明るく、おどけて続ける。

 幼い頃から加虐されていると、身に受けるマイナスの感情をかわすためにヘラヘラとしてしまうことがある。かえってそれが相手の神経を逆撫でするとわかっているのに、なぜだか繰り返してしまう。

「ですから、一括支払いでは私には難しいというお話です。あまりの着心地のよさに、ネットで服のタグを検索したんですが、どれも高価で驚きました。秘書もよいものを身に着けるよう言われていましたが、まさかここまでとは驚きましたよ。あとは……今日かかった代金もお支払します。ヘリコプターってどれくらいかかる」
「千尋、君は」

 べらべらと続ける言葉の途中、下の名前で呼ばれ、手首を取られた。

「いたっ」

 強い力にゾクッとくる。異動になった日以来なかった、久しぶりの感覚だ。

 こんなことに反応するなんて、やっぱりどうしようもないマゾヒストオメガだな、と笑えてしまいそうになったが、取られた手首から光也に視線を戻して、上がりかけた口角の動きが止まる。

「君は、なぜ俺が君にそうしたか、なぜ、今日俺が君と過ごしたのか、わかっているはずなのにそう言うのか」

 敬語を解いた光也は、怒りではなく強い哀しみの色を瞳に乗せていた。

「専、務……」

 蔑みの目なら慣れている。
 中途半端でなく、思いきり汚いものを見るような目で見てくれたら、わずかな期待さえ持たずに生きていける。

 憐れみの目は嫌いだ。
 自分が可哀想な人間だと言われているようで、現実を突きつけられて踏ん張れなくなる。

 でも、哀しい目はわからない。
 咎めるでもなく卑しめるでもなく、同情でもない目。
 千尋の性別や環境など、外装に対して向けられているのではないのはわかるが、今まで一度も向けられたことがない視線だ。

「……出るよ」

 光也に手首を引かれ、夢のような時間を過ごした遊園地から出る。
 光也の歩幅が千尋のものとは違うから、千尋は小走りにならざるを得なかった。
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...